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暢気小娘と全身甲冑のマイペース生活記  作者: へび
第二章 常識のドレスを纏う
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奪ったなら奪われる覚悟もあるだろう

 ロキシーの足で森の中を走ること暫く。少し行った所から、私の鼻にあまり嗅ぎたくない臭いが届いてきた。血の臭いだ。鼻血を出した時に口の中に感じるあの鉄臭い味と臭いが、緑生い茂るすがすがしい空気を汚染しているのだ。

 その臭いの元を辿った先にあったのは、赤い髪。ここ数日ですっかり覚えてしまったルイーダさんの暗い赤色だ。けど、見覚えのある高さにはなかった。地面に近かった。

 近づいてみると、彼女は座り込んでいた。彼女の目の前にはこの鉄の臭いの元が散らばっている(・・・・・・・)

「あ……ああ……」

 呆然としたルイーダさんの声を聞くのは体の部位をあちこちに飛ばした物言わぬ肉塊達。あちらに一つ、こちらに一つと散らばったそれらのいくつかには、まるで気の狂ったバースデーケーキのように大量に棘が刺さっている。

 ルイーダさんの手の中を見てみれば、そこには物言わぬ肉塊の一つがあった。手の中という狭い空間に在れるのは、それが両手で抱えられるほど小さいからに他ならない。

 それは、一つの生首だった。

 つい三時間前まで、朗らかに笑っていた人間の生首が、彼女の手の中にあった。

 その顔は激痛と恐怖で引きつっていた。見開かれた眼には虫がたかり始めており、ルイーダさんは、まるでそれがまだ生きている肉体であるかのようにおぼつかない手つきで必死に虫を払っていた。

「やめて! やめて! これ、かれ、は」

「ルイーダさん」

「やめてぇ!」

 妙齢の女性が、イヤイヤ期の幼子のように生首を抱えて叫んでいる。その混乱っぷりを見て私の中の動揺が引いていく。今この瞬間自分がしっかりしなけれはどうするんだという叱咤の声が己の中から沸き上がり、私はそれに素直に叱られた。けれど彼女の中にはその声はないのだろう。全ての声が悲鳴と嗚咽に変わっているのだろう。それは致し方なきことだ。

 彼女の状態は狂乱状態とか発狂状態と表現するのが相応しい状態だ。クトゥルフ神話TRPGの嗜みにある人間なら、こう表現するかな? 死体を見つけたので<アイディア>――ロール成功。これが自分の知人、しかもついさっきまで見ていた仲間だと気付く。その事実に<SAN値>チェック――失敗。正気度喪失レベルを測るダイスロール――五以上の喪失判定。一時的発狂、って。

 私? 私はホラ、この人達知人だけど、そもそも墓場から蘇ってきた人間だから。正気度喪失は人間じゃないものには起こらない。ちょっと前にロキシーの言葉に少し動揺しかけたけど、逆に言えば動揺しかけただけで終わってしまった。たぶん、私はもう正気度が関係する領域から抜け出した存在なんだと思う。

 それに、野生動物に切り刻まれて囓られた死体とか、たぶん列車でぐちゃぐちゃになってあちこちに飛び散った私の体と似たり寄ったりの状況だ。自分の肉体の類似品を見ていると思えばそこまで怯える理由もない。もし動揺してたら自分のこと考える度に心臓止まってしまうしね。

 こんな状況で心臓を一々止めていられるほど私は暇でも暢気でもない。それをよく理解しているからこそ、私は努めて平坦な声をかけつつ、ルイーダさんの肩に手を置いた。

「ルイーダさん。行きましょう。それと、血の匂いで他の獣が寄ってきますから、それ……いや、ジックートさんは一度ここに置いて行きましょう」

「い、いや、残せな……」

「じゃあ、頭だけ。彼らは冒険者です。他のマンティコアがいるかもしれませんし、ここは一度早急に撤退してギルドに報告し判断を仰ぐべきです」

 敢えてぐいぐい行く。淡々と言ってみる。だってここで彼女に寄り添って混乱したり狂乱状態になったとしても何も得られないからだ。


 今すべきことはなんだ? 残った命を安全かつ確実に助け出すことだ。

 今すべきではないことはなんだ? むやみやたらと目の前のものに固執して、要らぬトラブルを呼び込むことだ。


 私は前者を希求する。ルイーダさんは後者に固執する。だから彼女は私の手を拒絶し、テコでも動きたくないというように体を丸めた。であればもう、実力行使しかあるまいて。

 ため息を吐きながら、私はじいっと私と彼女のやりとりを見守っているロキシーに声をかけた。

「ロキシー、頭だけ確保できる?」

「できる。抱えてるのは、どうする?」

「ルイーダさんもちあげればついてくるのでノーカンで」

「わかった」

 答えると同時にロキシーが目にも留まらぬ早さで動く。体の前面が棘だらけになっている元ヨンシーさんの首と、右目に棘が突き刺さり、体の左半分がギザギザの切り口になっているアイルングさんの首を手刀で切って確保した。

 ちょろりと溢れた血を軽く振り払って異空間に仕舞い込む。遺体損壊とか言ってる場合じゃないから、そういう問題には目を瞑ろう。遺体を増やすよりも遺体を壊す方がまだマシだからね。

「失礼」

 ロキシーの、血を払って乾いた手が崩れ落ちたままのルイーダさんに伸びる。そのまま体を持ち上げると彼は肩の上に米俵でも乗せるようにしてルイーダさんを担ぎ上げた。

「ひ、きゃっ!」

 長いローブの裾から白い足が見える。なまめかしい白さなのはいつも丈の長いものを着ているから日に当たらない故だろう。滑らかなのは女子力故だろうか。ランクの高い冒険者チームの魔術師様なんだから当然かもしれない。

 でも、何か、冒険者の足というには違和感があるような気がする。むむむ? と首を傾げそうになる。

 だがそんなことをしている暇はない。故に私は降って湧いた疑問を一度ぽんとその辺りに放り投げ、片方の肩にルイーダさんを乗せるロキシーの、空いた方の肩に正面から手を掛けた。

「よいしょっと」

「はい」

 小さく言うと同時に尻の下に手が差し込まれ、ぐいと上に持ち上げられる。そのままわさわさ動き、私はロキシーの肩に座って兜を抱える体勢になった。色々と試行錯誤した結果、この体勢が私が楽かつロキシーがうれしい体勢だという結論に達した故である。

 正直なところ、ロキシーにとってこれは動きにくいんじゃないのかと思うのだけど、兜の後から伸びる鶏冠がまるで尻尾のようにわっさわっさと楽しげに揺れているので相当に嬉しいらしい。

 赤い尻尾が揺れる様を数秒見つめ、愛い奴め、などと心の中で呟いた後、私はロキシーに頷いた。

「では、お願い」

「うん」

 首肯を放つと同時にロキシーの足に力がこもる。体を僅かに撓ませた後、彼は地面にクレーターを刻みつつ、空に跳び上がった。きっと跳び上がると同時に不可視の魔法をかけていなかったら見張り台の人間が大騒ぎしただろう。

 もちろん、そんな間抜けなことはしない。ロキシーは空を走って極めて穏当かつ隠密に森を抜けた後、地面に降り土埃を上げながら猛スピードで駆け抜けキルレットの街壁に辿り着いた。

 街に辿り着くと同時にシャツの中に手を突っ込む。掴んだ革紐をひっぱり上げると、その先に革紐にくくりつけて首から下げていた冒険者カードが出てきた。真新しい銅色煌めくそれを、大きな鎧が走ってくる光景に何事かと眼を向いた兵士に向かい掲げて叫ぶ。

「マンティコアが出ました! 人的被害あり! 被害者は三名です!」

 冒険者登録をした時に、危ない魔物を見かけたらとにかく生きて帰ってきて街の人間に警告しろと言われていたのだ。口を酸っぱくして言い聞かせられたことを実行する時は今だ。というわけで有らん限りの大声で告げると、この位置からでも兵士達の顔色が変わるのがわかった。

「な、に――」

「おい! あの女! 生首持ってるぞ!」

「ぎゃああああ!!!」

 誰かが震えるルイーダさんの腕の中のものを見て悲鳴を上げた。それが買取検査所の待ち行列に伝播し、パニックが広がる。慌てて兵士達が落ち着けようとして、けれど人の混乱が伝播したのか馬たちもいななき暴れ出す。数秒で阿鼻叫喚に陥ったそれを横目に私はロキシーから飛び降り、駆けてくる彼を背に、こちらに向かってくる兵士の一人に手を出した。

 持っていたのはマンティコアの棘の一本だ。もちろん分厚い皮の布に包んでいる。証拠品として一個だけ確保してきたものである。狼少女とか思われたくはないからね。

「マンティコアの棘です」

「本物か……?」

「少なくとも猛毒の品であることは示せます。えいっ」

 疑問に答えるために屈んで地面に生えている草の一本に棘を刺す。見る間に白煙を上げてどろりと溶けたそれを見て、兵士の兜の奥の瞳が見開かれた。すぐに踵を返して報告に向かう。


 ……えっ? マンティコアはもうロキシーが討伐しただろう、って?

 いやいや。確かに一匹は倒したけど、言い換えると、一匹しか倒してないんですよ。


「……」

 ばたばた走っていく兵士の背を見て、そのどこか幼さや未熟さを感じる背を見て、思い出すのはヨンシーさん。それと、彼の亡骸に刺さっていた、大量の棘。

 ロキシーの倒したマンティコアの尻尾には、それがマンティコアであることを示すように棘がたくさんついていた。でもヨンシーさんの亡骸にも刺さっていた。仮に彼らが私達と別れた直後……つまり、私達がマンティコアと戦う三時間前に襲われていたとしても、新しい棘が生えるほどの時間はないはずだ。

 これが示すのは、ヨンシーさん達を襲ったマンティコア(と思われる毒棘を持つ生き物)と、ヨンシーが倒した棘満載のマンティコアは別物だということ。てことは、まだあの森に、マンティコアと思われる生物は、いると思われるわけでして。

「これが魔物が増えているってことなのね……」

 あんまりいいことじゃあない。というか、悪いことだ。あまり感慨のようなものを抱かないとしても、ここ数日ともにいた人間を殺されたというのは不快極まりない。

創造主(メイカー)

「なあに?」

 眉間に皺を寄せていると、ロキシーがちょんちょんと肩をつついてきた。振り返り、見上げる。見上げた先にあるスリットの奥が暗い兜は自分の肩に載っているものを示しながら言った。

「彼女、置いてきた方が、いいと思う」

「あ、そうだね」

「それからやろう」

「そうだね、やろう」

 何を、って? そりゃもちろん敵討ちだ。

 ギブアンドテイクの関係だったとはいえ、どこか気を許しきれぬ緊張感のある関係だったとはいえ、彼らは私の『師匠』だった人達だ。少なくとも、私は彼らを(・・・)師と仰ぐと決めた。ルイーダさんだけじゃなくて、『青空の牙』の人達を師匠とすると、この私が決めたのだ。

 その『師匠』の教授を邪魔された。私の計画を、邪魔し、奪い、乱した奴がいる。

 そんなものを野放しにするなど業腹だ。


 私の計画を邪魔する者。私の計画に協力してくれた人を、殺した者。

 それを私は許しはしない。

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