監禁14日目。私の知らない間に、私は。
私の名前は中条瑠奈。
私と男の監禁生活は、どちらがどちらを拘束しているのかよくわからなくなってきた。もちろん、ここは男のマンションであり、知らない間に私をここに連れ込んだのは男の方なのだけど……。
私の足首につけられた鎖は、リビングの柱に繋がれていたのだが、それは今、男の足首に繋がれるようになった。鎖の長さは変わらず、男は常に私といるので、実質私に影響はない。
むしろこれで不便になったのは男の方だ。
鎖の鍵は男が持っているため、私の着替えやお風呂のたびにわざわざ外すのは今まで通りだ。
そして、男の方もまた、鎖をいちいち外してはリビングの柱に繋ぎ直し、それから着替えやら何やらをしているようなのだ。ようだ、というのは、男はそれを、私に不便がないよう、寝ている間に済ますからだ。
そして男は、今までは私の部屋の隣、自分の部屋で寝ていたのを、リビングで寝るようになった。
というのは多分……リビングから私の部屋とトイレまで鎖が届くように鎖の長さを調整してあったのが、男の部屋からだとリビングに行けなかったり、逆に私に行ってほしくない部屋に行けてしまったりするからなのだろう。
そんなことするくらいなら、鎖を元のように柱に繋げばいいのにと思うけど、男はその不自由さえも甘んじて受けている感じがする。
まあ、私を監禁する時点でそもそも男の首は色々絞まっているのだけど……。
この一週間、男が仕事の関係で自分の部屋に行きたい時や、玄関まで荷物を取りに行く時は、私がわざわざ男の鎖が届く範囲の近くまでついていっていた。
なんだかどっちがどっちに繋がれているのかよくわからない――というのは、この奇妙なやり取りからきていた。
「今日も会社の会議なんだ、はあ……」
どうやら、毎週金曜日は会議らしい。男は私を抱きしめ、髪を指で梳くように撫でる。そして、私達の足元の鎖を見た。
「……鎖、少しの間だけリビングに繋いでもいい?」
「……私、自分の部屋で待ってる。そうしたら、このままでも仕事してる部屋に届くよね?」
「ルナちゃん……」
「会議、二時間くらいだよね、大丈夫」
男はきゅっと私の手を握った。
「……大好き、ルナちゃん。すぐ戻るからね」
男が自分の部屋に入って、それから、しばらくしてぼそぼそという話し声が聞こえてきた。ネットで会話してるんだろう。
私はそれを聞きながら、そっと音を立てないように、ゆっくり慎重に部屋を出た。
……今なら、見れなかった部屋を確認できる。
このマンションは3LDKだ。私が今まで入ったことのある部屋は、リビング、リビングに繋がるダイニングキッチン、私の部屋に、トイレと洗面所とお風呂。
入ったことのない部屋は、今、男のいる部屋と、もう一つ、男も入ったところを見たことのない部屋。
男の部屋の前まで来る。ドアの隙間から、そっと中を覗いた。鎖を挟むせいでドアが完全に閉まらないから、音を立てることなく中の様子をうかがえる。
「ですから……そのモジュールは……はい、……パッケージで対応できるかと……」
男は、よくコールセンターの人が使うような、マイクがくっついたヘッドホンをして、パソコンに向かって話していた。会話の内容はよくわからないが仕事の話をしているのは確かだ。これなら気付かれないだろう。
私はまず、玄関の扉を確かめた。上下の鍵のツマミとチェーンロックに加え、番号を入力するナンバーロック。この番号は私にはわからないが、6桁から8桁くらいは入力していたように思う。闇雲に押して空くはずもないので、試すなんてことはしない。
次に、一番玄関に近い他の部屋を見る。
緊張で汗をかいているのがわかる。私は震えながら、ドアのノブに手をかけた。
鍵がかかっているかもしれないという心配はあったが、案外あっさり開いた。
そして――部屋の中にあったのは、大量の段ボールと、そして、見覚えのある家具だった。
「……え、これ……私の、部屋のもの……?」
私が一人暮らししていたアパートの荷物が、全て一部屋に押し込められていた。段ボールは大手引っ越し業者のもので、ガムテープで封をされたまま、部屋の中に積み上げられている。
そして、一番手前に置かれた鞄とコートを見つけた。それは、私がいつも通勤の時に使っていたものだった。
「これ……」
頭を押さえる。私にはここに連れてこられた時の記憶がない。だが、会社を出て電車に乗り……家の最寄り駅で降りた、ような気はする。
鞄の中を探った。化粧ポーチに財布。社員証。家の鍵はなくなっていて、キーホルダーだけになっていた。
「…………携帯、」
中にあったはずの、私のスマートフォンを探す。鞄の中にはなかったけれど、部屋を探すとすぐに見つかった。
電源は切られていた。真っ黒な画面のそれを持つ手が震える。
……これで、電話をかければ、助けを呼べる?
「っ、……は、はあ、はあ」
息が荒くなり、苦しくなる。
――無理だ。助けを求められる相手なんていない。
――警察にかけるに決まってるじゃないか。
――でも、ここの住所もわからないのに?
――住所なんか言わなくても、まずは自分が誘拐されたことを伝えるのが先じゃないか。
――でも、男にバレたら?
「うっ……」
目の前がぐにゃぐにゃと歪む。
私は震えながら、スマホを元の場所に置く。そのまま、ぜえぜえと息をしながら、部屋を出て、座り込んだ。
ドア、閉めなきゃ……! バレる……!
力の入らない手でどうにかドアを押す。元の通りにドアを閉め、そのまま床を這うようにして、部屋に戻る。
おかしい、私は、何をやっているの?
ここから逃げ出すチャンスだったのに、なのに、違う、そんなことしたら駄目だ、逃げようとなんかしたら、そんなこと男に知られたら、そしたら、そしたら、私は、
――彼に、×××××。
彼の仕事が終わるまでなんて、もう待てなかった。私は彼の部屋の前まで来て、そのドアを叩いた。ノックしたはずが、力が入らなくて、情けないほど音が出ない。
ヘッドホンをして話している彼は気付かない、私は自分の足の鎖を手繰り寄せる。
金属の輪が彼の足を引っ張る。
彼が、こちらを振り向いた。
■
『加木さん、どうかしました?』
「すみません……通信の調子が悪いみたいで、一旦切ります!」
男は有無を言わせず会社との通信を切った。そして、部屋を出ようとすると、それより早く瑠奈が部屋に飛び込んできた。
「ルナちゃん――」
「いや、捨てないでっ、ずっとここに居させて!」
ほんの30分前まで、落ち着いた様子だったはずの彼女が、ひどく取り乱していた。戸惑いながらも、愛する人への答えは決まっている。
「もちろんだよ、ルナちゃん、大丈夫。愛してる。ずっと離さない。大好きだよ、ルナちゃん、ルナちゃん……」
強く抱きしめながら名前を呼び続けると、次第に瑠奈は落ち着いてきて、呼吸が穏やかになっていった。
「……っ、うっ……は……ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。大丈夫だからね……」
頭を撫で、自分の胸に瑠奈の顔をうずめさせながら、男はそっとリビングの方に移動しようとした。
だが、瑠奈は男のシャツを掴んで首を振った。
「ここで一緒にいたい」
「ルナちゃん、待って、僕も一緒に行くから、リビングに……」
「仕事の邪魔しないから、パソコンのカメラに写らないようにするからっ……」
子供のように駄々をこねて自分を求める瑠奈に、男は天にも昇る気持ちだったが、同時にひどく困りもした。
「ルナちゃん、大丈夫だから……」
「何で、何で?」
瑠奈はまた不安そうに自分を見上げる。そして、顔を上げた瞬間、彼女の目が、男の後ろにあるものに向けられ――驚きで丸くなる。
「っ、ルナちゃん、見ないでっ……!」
「……なんで」
男は慌てて瑠奈の目を覆って隠そうとしたが、瑠奈の目は、すでに男の部屋の壁と天井を見回していた。
「どうして、こんな……これ、って……」
「……、待ってルナちゃん、僕は」
男は不安と恐怖で震えながら、必死に言葉を探す。
頭の中にあったのは、好きな人に嫌われる絶望だった。
男の部屋には、大量の――壁と天井を埋め尽くすように、瑠奈の写真が、貼られている。それは、つい最近のものだけじゃない。古いものから新しいものまで、子供と呼べる年齢の頃からの、大量の写真。
そのどれもが、こちらを向いていない。
すべて、瑠奈が知らない間に撮ったものだ。
気持ち悪いと拒絶されることを、恐れた。
だけど――
「僕は、ただ……ただ、君が好きだったんだ……」




