オマケ。ヤンデレのデレデレ。
完結につき2話を同時更新していますので、最新話から飛んできた方はご注意ください。
お砂糖多めでお送りします。
■結婚十五年目。真夜中のケーキ。
裕奈は、ゴミ箱に捨てられたケーキの箱を見つけた。
「……ずるい!」
中学生になる裕奈は甘いものが大好きだ。そのことは両親もよく知っている。
なのに、私に内緒でこっそりケーキを食べてるなんて……! 私も食べたかった……!
ゴミ箱を見ると、どうやら食べられたケーキは一個分らしい。さて、このケーキを食べたのは、お父さんか、お母さんか。
最初に思い浮かぶのはお母さんだ。裕奈と同じで甘いものが大好きな母が、こっそりとケーキを……と想像したところで、裕奈はちがうな、と思い直す。
お母さんなら、美味しいケーキを買ってきたら、必ず裕奈を呼んでくれると思う。こっそり裕奈が寝てる間にケーキを食べたりしないだろう。
となるとお父さん?
裕奈の記憶では、そこまで父自身が甘いものが好きだった印象がない。確かによくお菓子を買ってきてはくれるけど、それはお母さんや私が食べるから、という感じで、わざわざ夜中に食べるほどの甘党ではないような……。
どちらにしてもしっくりこなかった裕奈は、まあいいか、とこの件を深く考えるのをやめた。
「……裕奈、寝てる?」
「そうみたい」
娘の部屋の電気が消えていることを確認し、瑠奈は頷いた。裕一はこっそり共犯者めいたいたずらな笑みを浮かべると、冷蔵庫から小さなケーキを持ってきて、ベッドに座る。
瑠奈は少し顔を赤くしながら隣に座った。
「だめ、こっち」
「……うん」
夫に促され、瑠奈は裕一の膝の上に横向きに座る。そして、口を開いた。
柔らかいスポンジとクリームが、夫の手で口まで運ばれる。その味は、蜜に浸したように甘い。
「ん……ルナちゃん、美味しい?」
「うん」
「……僕にもちょうだい」
「はい」
甘い甘い、ケーキの食べさせあい。
結婚前からの密かな楽しみは、恥ずかしいので娘にバレないように気を遣ってはいる――そのせいでケーキを食べる時間が深夜になってきたというのが、瑠奈的には罪悪感がすごいのだが――この砂糖漬けの甘いやりとりは、どうしてもやめられないのだった。
■同棲25日目。ぷにぷに。
着替えの最中、ふと、瑠奈は、自分の脇腹をつまんでみた。
ふよっとした肉の感触があった。
(太った……よね?)
……だよね。
このマンションに来てからというもの、外に出ることはなく、彼から美味しい食事とスイーツを食べさせられていたら、まあ、普通に太る。
彼のくれた服はふわふわしたシルエットの服ばかりなので、キツいということはなかったが、このままでは駄目だ。
このまま太ったならば、太ったから新しい服買って、なんて言うはめに……それは恥ずかしいし、第一、毎日べたべた抱き合っているのだから、そのうち絶対彼に気付かれる。
ダイエットしよう……!
瑠奈は決意した。
「ダイエット? そんなの必要ないよ」
大変な勇気をもって、ちょっと食事の量を減らしたいと言った瑠奈に、彼はあっさり言った。
「え、えっと……」
「ルナちゃん、軽いと思うよ? もっと食べてもいいのに」
「うん……」
裕一の言葉は本心だった。瑠奈の体重は、お姫様抱っこで毎日ちゃんと把握しているので間違いはない。
もっとふっくらして全然オッケーだ。好きなものをたくさん食べてニコニコ笑っていてほしいなあ、くらいにしか思っていない。
とはいえ、瑠奈としては、このふにふにが見過ごせない。裕一にバレないようにどうにかダイエットできないものか……と考え、ひらめいた。
お風呂でストレッチしよう!
お風呂なら彼も見ていないし、汗もかくから効果も高そうだ。
――ということで、その日から瑠奈はお風呂でストレッチとマッサージを念入りにすることにした。ただ、今のところ明確な効果は出ていない。
「……というか、なんでこっちが大きくならないのかなあ」
ささやかな胸を触りつつ、瑠奈はため息をついた。
その頃裕一は――リビングでドライヤーとタオルをスタンバイし、瑠奈がお風呂から出てくるのを待っていた。お風呂上がりの瑠奈の髪をタオルドライし、丁寧にドライヤーをかけ、とかしてあげるという楽しみのためだ。
今日は長風呂だなあ。新しいアロマオイル、気に入ってくれたのかな? でも、遅いなあ。寂しいなあ。
でも、一緒に入ろうだなんて、嫌われたら怖いから言えないけど……。
ヤンデレにも、微妙な女心はわからないのであった。
■結婚十九年目。ネクタイが結びたい。
家庭というのは閉鎖的な空間である。
ゆえに、自分の家庭の常識が、世間の他の家庭からみたら非常識ということが往々にある。
裕奈は何となく、そのことに気付いていた。
例えば、父親がサラリーマンでありながらほぼ家で仕事ができるというのは、一般的なことではないというのは小学生の時に知った。
また、裕奈は「おじさん・おばさん」「おじいさん・おばあさん」というものが、単に年齢を重ねた人を呼ぶ呼び方ではなく、特に親の兄弟や親、伯父伯母や祖父母と呼ばれる存在を差す言葉としても使われることを、裕奈は中学生くらいまで知らなかった。かなり長く勘違いしたままだったのは、裕奈に親戚付き合いというものの経験がないからだ。
「裕一さん、ご飯できたよ」
母に呼ばれて、仕事部屋から出てきた父が、ネクタイを緩めながら食卓につく。仕事が忙しい時期らしく、家でずっと仕事をしていることも少なくない。まあ、これは裕奈にとって見慣れた光景なのだが、高校生になり、最近、あることに気付いた。
お父さん、在宅勤務でネクタイしてるの、変じゃない? と。
「はい、じゃ、今日はこれ」
「うん」
愛する妻にネクタイを結んでもらいながら、裕一は朝の幸せを噛みしめる。時々瑠奈が可愛すぎて、整えてもらったワイシャツに皺がつくくらい抱きしめてしまうのだが、それはそれ。
新婚当初、月一の出勤日が憂鬱だった裕一に、なんかこういうの、夫婦っぽいね、と瑠奈が照れながらネクタイを結んでくれたのが嬉しくて、毎朝のスキンシップに取り入れて以来、ずーっと続いている。
「そういえば裕奈に聞かれたの、なんでお父さん家でわざわざネクタイしてるのって」
「……何て答えたの?」
さすがに朝から何かにかこつけてイチャイチャしたいからだ、とは答えられない。瑠奈は少し顔を赤くして答えた。
「……お父さんネクタイ似合うからって答えたけど」
この理由を聞いた裕奈は、のろけか! と両親に呆れつつも一応納得したのだが――娘が真の理由に気付くのは、もう少し先のことになる。
■結婚二年目。溢れるほどの愛を。
膨らんだお腹を撫でながら、瑠奈は夫に寄りかかっていた。
「あ、また動いた」
「僕はまだわからないな」
なんだか悔しい、と、裕一は妻のお腹を撫でる。二人の子供は女の子らしい。
女の子かあ、小さいときのルナちゃんにそっくりに違いない、可愛いだろうなあ、と生まれてくるのを楽しみにする反面――裕一は怖くもなる。
目の前の幸福が眩しすぎて、ふと目を伏せると、自分が子供だった時の記憶がちらつく。
だけど、そんな時、決まって彼女は手を握ってくれる。
「……。」
「……大丈夫、きっと」
「……うん」
代わりに、瑠奈が泣きそうな時は、裕一が抱き締めて頭を撫でる。
子供ができた時、二人で話し合ってひとつのことを決めた。
子供にはたくさんの愛情を注ごうと。
間違っても、自分が生まれてきたことを疑わないように、望まれて生まれてきたことを、考えなくてもわかるように。
私達は、少し壊れている。
欠けたガラスの器には、どれだけ水を注いでもすぐに流れ出してしまうように、私達の心は、愛を伝えられてもすぐ空っぽになってしまう。
でも、それなら、お互いに愛してあげるだけ。朝も夜も、共にある限り溢れるほど愛を注ぎ続ければいい。
こんな自分を、あなたはわかってくれるから。
「君に会えてよかった」
「……うん」
生まれてきてくれて、ありがとう。
願わくばこの子にも、そんな奇跡があるように。




