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追憶、その2。僕は君のために生きてきた。


 裕一(ゆういち)は、宝條(ほうじょう)家のリビングにいた。


 ルナの後をつけたので、家は分かっていた。どうやら、親は昼間留守らしい。家につくと、迷わず郵便受けから鍵を取り出していたのだからそうなのだろう。


(……まだ、小学校の低学年の子を、鍵っ子にするか?)


 裕一はルナの両親に不信感を覚える。そもそも、だ。当時、5歳ほどのルナが、毎日児童館に来て、裕一と本を読んでいたことを思い出す。

 今にして思えば、あれはおかしい。ルナの親は、毎日小さなルナを児童館に預けていたことになるが、カルチャースクールは曜日や週ごとに催し物が違い、その全てにルナの親が通っていたとは考えにくい。


 自らも大人に見捨てられた裕一が、ルナの親を疑うのは早かった。

 その日は一旦家に帰って準備をした裕一は、翌日またルナの家に来ると、こっそり侵入した。鍵の位置は盗み見ていたので、入るのは簡単だった。


 その結果、散らかったリビングに、散乱した女物の服や鞄、ゴミ箱の大量のレシートから、ルナの母親が普段昼間に、買い物ばかりしていることが判明した。


「……。何だよこれ」


 思わず裕一は吐き捨てる。裕一の母親は、少なくとも家事はきちんとこなすし、兄に対しては教育熱心なよい母親をしている。


 一通り家庭の様子を調べたら、また元の通り鍵をかけて、物陰からルナが帰るのを待って見守った。ルナは今日も寂しそうな顔で、一人家に入っていく。


 裕一がそのまま夜まで監視していると、やっと、母親らしい女が車で帰ってきた。大量のデパートの買い物袋を提げており、裕一は苛立つ。

 さらに待てば、随分遅くなってから父親が帰宅する。それから、家の外まで聞こえるほどの大声で怒鳴り合っていた。


 子供の泣き声は聞こえないが――裕一は爪が食い込むほど強く拳を握りしめていた。




 ――あの子以外の全てが、憎かった。




 しかし、裕一には何の力もなく――ルナは虐待されているわけでもないのだ――ただ、ルナを見守り、ルナを取り巻く状況を常に盗み見ることしかできなかった。

 彼のことは誰一人気にかけていなかったのがここで幸いした。学校を頻繁にサボっても誰一人気にすることはない。


 ルナの父は妻を、金遣いが荒いことや家事を放棄することに対して、責め続け、妻はヒステリックに金切り声で怒鳴り返す。毎晩夜遅くにそういった状況が続き、ほどなくして、ルナの両親は離婚し、ルナは母方に引き取られた。


 裕一としては、あの買い物依存性の女に引き取らせるより、まだ父親の方がマトモなのではないかとも感じたが、すぐにどっちもどっちだと思い直す。

 真に娘を心配するのであれば、毎晩ああも遅くは帰ってこない。

 裕一は電信柱の陰でイヤホンを外した。ルナは母方の祖母宅に引っ越すという。明日、また家に入って、盗聴機の回収と、ルナの引っ越し先を調べておかなくては。


 自分にとってたった一人、愛情らしきもので繋がった、大切なルナ。そのルナから笑顔を奪い、泣かせた世界が憎い。

 そして、ルナのことを守りたいのに、何一つできない自分自身もまた、憎かった。


 お姫様(ルナ)を、助ける王子様になるには、裕一はあまりに無力だった。




 せめて、自分だけは。身を切るような思いで、裕一は、ずっとルナを見守っていた。


 加木(かぎ)の家は出た。出来損ないの不要な息子は、いない方がいいだろうと言えば、とっくに不良として裕一を見捨てていた両親は、あっさりと了承した。

 バイトをしながら通うため、高校は定時制を選んだが、空いた時間は全てルナを見守ることに使った。


 小学校の帰り道で、中学の下校途中でルナを見ていた。ルナが高校に通い始めれば、同じ電車に乗るようにした。休みの日に出かけると知れば、必ず後ろからついて見ていた。

 ルナが何か好きなものを見て、少し、ほんの少しでもその表情が綻べば、それだけで裕一の心は温かくなる。


 しかし、裕一の望みも空しく、ルナの表情は次第に乏しくなり、そして光を失っていく。

 彼女が何かを望むことは、少しずつ、減っていった。


「私は大丈夫です」

「特に欲しいものはないです」


 それは、肩身の狭い思いをしている、ルナの処世術だったのだろう。

 だけど、裕一はそれが本当じゃないと知っている。


 あの子は、お姫様だ。

 満ち足りて幸せになるべき子だ。


 ――いつか必ず。僕が迎えに行く。




 高校を出た裕一は、システム系の会社に入社した。

 手に職をつけようと、工学系の高校を選んでいたこともあったが、独学で学んだプログラミングが役に立った形である。どうやら一つのことに集中することが得意な裕一には向いていたようで、アプリ開発をし、実績を積んではより給料のいい会社に転職するということを繰り返した。


 裕一の開発したアプリは膨大な収益を上げている。遠隔操作でスマートフォンにアプリをインストールできるソフトは、その存在が問題視されながらも、かなりの利用者数がある。一応は、なくしたスマホに遠隔操作で保護ソフトを入れるためのものとしているが、恐らくは非合法な目的にばかり使われているだろう。

 他にも携帯のシャッター音をミュートにできるアプリも開発した。最初は盗撮を助長していると非難されたが、すぐに広まった。裕一自身が使っていたものであることは言うまでもない。

 裕一が金を稼ぐために作ったのは、そういうものばかりだ。


 他人との関わりは絶って、金を稼ぐことと、ルナを愛することに集中した。

 年月は流れ、ルナは大人の女性となった。裕一の中にある、ルナへの特別な感情に、だいぶ前から恋愛感情が混ざり始めたのは分かっている。

 彼女を見るたびに、その姿をいつでも眺めていたくて撮った写真の量は、裕一の中の想いと比例して増え続ける。


 夜、一人でいる時は決まって壁の写真を見た。


「ルナちゃん……」


 君がいるから、どんな汚い手を使ってでも生きてこられた。

 君が僕の存在を肯定してくれた。


 都心を一望できるマンションを買った。高い場所は解放感はあるが、見下ろせばゴミゴミした街だと思う。ここはいつか絵本の中で見たお城には足りないだろうか。

 愛している。愛しているよ。もうすぐ、もうすぐだから。




 ルナが会社から帰るルートは完璧に把握している。

 自分と同じく高卒で、会社の事務員として就職したルナが、安い給料で毎日クタクタになるまで働き、好きなことや好きなものを我慢しながら、ずっと一人で生活していることを知っている。……ルナには、家族も、友人も、恋人もいない。彼女自身が人間関係を作ろうとしない。裕一と同じだ。


 裕一は息を吐き、緊張を鎮めようと深呼吸した。


 ……ルナは、僕のことも、拒絶するだろう。だからまずは君を捕まえる。そして、僕だけは違うということを、僕だけは君を愛しているということを、教える。

 僕は君のためにここまで来た。今の僕なら、君の好きなものを望まれるだけ、いくらでも与えられる。もう何も不自由はさせない。そこにいてくれればいいから。

 君はお姫様だから。


 足音と気配を消して、ルナに近付く。二十年近く、ただ遠くから見守るだけだった。だけど今日は、今日は違う。


「迎えに来たよ」


 君を愛している。


 裕一はルナの首を軽く絞めて気絶させ、抱きかかえて車に乗せた。そしてすぐに走り出す。


 君を愛している。愛している。愛している。君のためだ。愛している。愛している。


「ルナちゃん、愛してるから……」


 繰り返しながら、ハンドルを握る手の震えが止まらなかった。

 裕一はルナに危害を加えるつもりは一切ない。だけど、これは、れっきとした犯罪であることは、裕一も自覚していた。不法侵入や盗撮、盗聴は数えきれないほど繰り返してきたが、こうして直接的な行動に出たのは初めてだった。


 だが、もう後には引き返せない。


 ■


 彼の部屋の三方の壁と、天井を埋め尽くすように貼ってあったのは、大量の写真――すべて、私の写真だ。


 写真は最近のものから、古いものでは小学生か中学生くらいのものまで。真正面から撮られた写真はなく、ほとんどが物陰から横顔を撮られている。

 私の人生のほとんどを説明するかのようなそれらの写真に、私は言葉を失う。


「これ、って……」

「……っ、……僕は、ただ……ただ、君が好きだったんだ……」


 彼は頭を抱えて、絞り出すように言った。


「そんな、だって……いつから……?」

「…………」


 答えはなく、彼は崩れるように床に座り込む。鎖が音を立てて跳ねた。こんな時に、変かもしれないけれど、私は初めて……彼の頭のてっぺんを見たな、と思った。彼のことを見下ろしたのは、初めてだ。

 彼が、私のことを一方的に詳しく知っていたことは理解していた。だから、ある程度、ストーキングされていたのだろうとは予想がついていた――だけど、まさか、そんな。


 こんな長い時間――ずっとだったなんて。

 体が震える。だけど、だけど、それは。


「……しい」

「ルナちゃん……?」

「嬉しい……」


 私も彼の正面に座った。そして、彼の首に腕を回して、彼の頬に頬擦りする。彼が息を飲む音が聞こえた。


「……本当に? 本当に私のこと好き?」

「好き、だよ」

「ずっと?」

「ずっと……」

「愛してくれる?」

「……愛してる!」


 彼は私を抱きしめ返す。私も嬉しくて、もっと強く抱き着いた。

 私の名前を呼んで。好きって、愛してるって、もっと言って。


 彼がずっとずっと、こんなに前から、本当に私のことが好きだったんなら。彼なら――彼なら、私のこと、本当に最後まで、捨てないで一緒にいてくれるかもしれない。

 彼だけは、私を。


「ルナちゃん、僕は……、こんな、人間なんだよ」

「ううん。嬉しい。私のこと好きでしてくれるなら……」


 もっと縛ってくれてもいい。それだけ愛してくれているなら。それがあなたの愛情なら。


「ずっとずっと、一緒にいるね」


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