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おっさんの暴走。
魔術学校へ帰ってからのエドガーの行動は早かった。
深夜にもかかわらず、ちょうど今年4歳になる娘をもつ魔法生物学の教授をたたき起こし、教授の娘と同じくらいの女の子には何が必要なのか、寝ぼける教授の頭をドつきながら箇条書きにして提出させた。
いつもであれば、娘がいかに可愛いか自慢してくる彼などまったく興味なかったのだが、リカには何が必要なのかすら知らない今のエドガーには心強い救世主に思えた。
翌日にはそのリストを元にファンシーな雑貨屋に自ら出向き、しかめっ面してピンクのネグリジェを選んでいるという一歩間違えれば犯罪者まがいの行動をする40代の強面のオッサンが目撃された。
唯一の救いは、それを学生達に見られていなかったという事だ。
あらかた買い終え、エドガーは王都を歩いていた。
買った物はすべてマリエッタの家に送り、必要なものがあればマリエッタが教えてくれる事になっていた。
しかし、彼はなにか物足りなかった。
今まで誰かのために何かを買ったことなどなかったエドガーは、リカにまだまだ何かを買い与えてやりたい衝動を抑え切れなかった。
数十年たまりにたまった物欲を放出したような衝動買いにも彼の預金はびくともしない。
なんだ、一体何がいいんだ?
そう頭の中でぐるぐる考えながら眉間に皺をよせ目を血走らせながら、可愛らしい物を置いてある店をまわるエドガーに、近くの親子が、
「ママー。」
「しッ 見ちゃいけません!」
なんて事をしていたとは彼も気がつかなかった。
その途中、目をとめたのは装飾品を扱う店の、ショーウィンドウだった。
そこにあったのは可愛らしいウサギのぬいぐるみ。
珍しい黒い毛並みに宝石の瞳、なによりエドガーの目を引いたのは両耳の根元についたリボンと青い宝石の耳飾だった。
リカも髪を二つにくくれば、ちょうどあのウサギのように愛らしいだろう。
エドガーの頭の中に、ツインテールのリカがぽやんと出てきて、ショーウィンドのウサギがリカにしか見えなくなってきた。
そうだ、髪飾りを送ろう。
そう思い立つや、その店のドアをぶち破る勢いで開けると、カウンターにいる店主に掴みかかった。
「ぎゃッ!!」
「そこに飾ってあるウサギがしている飾りと同じ髪飾りが欲しい。」
「は、はィ!?」
店主は強面の偉丈夫の腕から逃げ出すと、すぐさま商品が飾ってある窓へ駆け寄った。
その飾りはぱっと見は質素な青い石の飾りだが、一般人には手が届かない高純度のものを使っているため、貴族がつけるには質素すぎるし庶民が買うには高すぎるので、売れ残っていたものなのだ。
そんな自分の作品がようやく売れた嬉しさもあって、つい店主はその客に聞いてしまう。
「お嬢様への贈り物ですか?」
「おじょッ!?私に娘はいない!!」
それとなく聞いただけなのに、ものすごいうろたえ様に店主がびびる。
気がついて、あわてて取り繕うが、エドガーの耳は真っ赤だった。
「はは…。それは失礼を…。是非見ていただきたいものがあるんですよ。
いやね、この石には兄弟石がいてね。
いまならお安くしときますよう。」
そう言って店主が持ってきたのは先ほどの髪飾りと同じ石をはめ込んだ銀色の腕輪だった。
一匹の蛇が自らの尾をくわえ込んで輪を作っている。
その瞳に青い宝石が輝いていた。
「…もらおう。ああ、こっちは着けていく。」
「はい、まいどありがとうございます。おや旦那、もしかして」
目ざとく店主の目が、エドガーの腕に既にはまっていた飾り気の無い銀の腕輪をとらえた。
それは魔術学校の卒業生であればみなつけているもので、外せないように溶接されている。
これに魔力を流すと、綺麗なエメラルドグリーンの文様が浮かび上がり、文様の内容によって階級を識別したりもできる。
それに蛇が並ぶことで、蛇の腕輪は何かの呪術の道具のように見えることだろう。
それをすぐさまローブの中へ隠し、懐から金貨の入った小袋をカウンターに置いた
「…金はこれで足りるか?」
「十分ですよう旦那。いま、おつりを用意しますんで。」
「いや、また寄らせてもらう。それまでにいくつか小さい子供用の髪飾りを用意しておいてくれ。」
「へい、かしこまりました。」
店主の挨拶を背に受けながら、エドガーは魔術学校へと帰っていった。
数日後、マリエッタの家には大量の荷物が届けられ、リカが目を回しそうになっていたなど知る由も無い。