第十一話
朝、目を覚ますと寝室の扉の前に胡坐かいて座ったまま微動だにしない武士がいた。
「・・・サーナ、おはよう」
「おはようございます、カナ様。無断で寝所に入りましたこと、お許し下さい」
「それは別にいいけど・・・何かあったの?」
寝転がったまま会話をするのも失礼なので、起き上がってベッドの縁に腰掛けた。
サタナキアも立ち上がって、臣下の礼をとる。
「居間が少々騒がしい故、寝所の内側で護衛をしておりました」
「騒がしい?別に静かだけど・・・あ、防音してあるのか。誰か来てるの?」
「は、この屋敷の侍女頭とやらが来ておりまして、フルーレティとベレッタが対応中です」
「侍女頭?何の用かな?」
「エリン・ベルフェノルがカナ様を朝食に招いているらしく呼びに来たようです」
・・・。
私は窓の外を見た。
カーテンが引かれているが、日は大分明るい。
朝食の時間はとっくに過ぎてるような・・・。
「えっと、私を呼びに来たんだよね?いつ頃?」
「二、三時間ほど前に」
えーっ、そんなに待たせてるのっ?
起こしてくれればいいのに。
そう言うと、サタナキアは「カナ様の眠りを妨げることなど出来ませぬ。ましてや、たかが人間ごときのせいで」と答えた。
あー、そういえば魔界では自堕落に生活してたな。
起きたい時に起きて、寝たい時に寝て。
誰も咎めないのをいい事にダラダラダラダラと・・・むしろ、周りが私に合わせて動いてくれていた。
しかし、人間界でそれをやっちゃあただのズボラ女だよね・・・。
私は慌てて立ち上がって、寝室の扉を開けた。
そして、すぐに開けた事を後悔した。
「・・・ッタ殿!何故すぐに取り次いで下さらないのですかっ?」
「ですから、何度も申し上げておりますように我が主は只今お休み中です」
「では、起きて頂いたら良いではないですかっ」
「何故?」
「何故って・・・この屋敷の女主人であるエリン様がずっとお待ちしているんですよ!」
「特にお約束もされてないのに、呼び出されても困ります。お待ちになられるのはそちらの勝手でしょう?」
「な、なんと、無礼な!」
あう、声かけづらい。
ベレッタと言い合っている年配の女性が侍女頭さんだと思うけど、その背後には更に三人の侍女が控えている・・・私、このままじゃこの屋敷の使用人全員に悪い印象残しそう。
「べ、ベレッタ・・・」
恐る恐る声をかけると、居間にいた全員がこちらを振り返った。
「カナ様、おはようございます。よく眠れましたか?」
「おかげ様で・・・」
心なしか侍女頭さん達の私を見る目が冷たい。
これはズボラ女だと認識されたのは確実だな。
「すいません、寝坊してしまったようで・・・すぐに準備します」
「お早くお願いします。エリン様がお待ちですので」
「はい・・・」
すごすごと引き下がって仕度を始める。
早く私を連れ出したい侍女頭さんが仕度を手伝おうとしたのだが、フルーレティとベレッタににべもなく断られてまた険悪な雰囲気が漂う。
この空気から逃げたい私は、いつもの倍は早く仕度を済ませて食堂に向かった。
はー、明日からは早起きしよう。
食堂に着くと、エリンがテーブルに座って待っていた。
朝食はすでに終わり、食後の紅茶を楽しんでいます、といった空気だ。
「おはようございます」
「あら、おはよう。ようやく起きてきたのねぇ。あまりにも遅いけれどこれが平民の方の起きる時間なのね、びっくりしたわ」
早速、言葉のパンチを繰り出してくる公爵夫人。
今日も嫌みが冴え渡ってますね。
「すいません、昨夜はレイヴァン様が部屋に来て中々寝かせてくれなかったものですから・・・」
これは本当である。
昨夜、私の部屋に居座ったアモンと結構遅くまでカードゲームをして遊んだのだ。
もちろん、サタナキア達もいたので色っぽい雰囲気になるはずもなく、友達同士のお泊まり会といったノリである。
しかし、男が女の部屋に夜遅くまで滞在したと聞けば何かあると思うのが普通だ。
まあ、私も誤解を招くように言ったんだけどさ。
「そのような幼げな顔をして、なんとまぁ・・・それに素直なのは良い事ですけれど、あけすけに物を言うのはねぇ。これも生まれが違うせいかしら」
あけすけに物を言うことに関しては、アンタのウソ息子に負けますけどね。
そう言ってやりたかったが、今自分はその息子に恋する乙女なので自重した。
嫌みに嫌みを返しては話が終わらない事を悟り、大人しく席につく。
運ばれて来たパンとスープは美味しかった。
目の前に私のテーブルマナーを細かくチェックする姑がいなかったら、もっと美味しかっただろう。
「カナさんは昨日、私の夫の話をどう思いまして?」
「えっと、お義母様がお義父様に堂々と浮気されてる話ですね?男としてサイテーだと思い」
ガチャンッ、とエリンのカップが割れそうな勢いで受け皿に置かれた。
しまった、禁句だったか。
若干強張っている笑顔でエリンは私の発言を無視した。
「皇女殿下との縁談の話ですわ、カナさんはどう考えているのかしら?」
「どういう意味でしょう?」
「皇家との縁談を断ればベルフェノル家の心証は悪くなりますわ。ひいてはレイヴァンのこれからにも悪影響を及ぼすことになる。カナさん、レイのことを考えればご自分がとるべき行動が分かるでしょう?」
言外に身を引けと言ってくるエリン。
手法を「レイヴァンの為」戦法に変えたのは恋する乙女になら有効だっただろう。
しかし、残念ながら恋する乙女の中身は魔王である。
「お義母様は本当にベルフェノル家やレイヴァン様の事を思ってそうおっしゃっているのかしら」
「もちろんですわ、何を言って・・・」
怪訝そうにこちらを見るエリンに向かって、クスッと笑う。
それが小馬鹿にしたように見えたのだろう、エリンはカッと顔を怒りに染めて立ち上がった。
「貴女とは何を話しても無駄なようですわね」
そう吐き捨てて、エリンは食堂を出て行った。
それを見計らっていたかのように、エリンが出ていった扉とは反対側の扉からアモンがピョコンと顔をだした。
「カナちゃま〜?お話終わった?」
そう言いながらニコニコと私の元へ歩いてくる。
「来てたならすぐに入ってきてよ。アンタの母親と修羅場ったじゃない」
「いや〜中々白熱してたので、声をかけづらくて」
ウソ臭い。どうせ面白がって見物していたのだろう。
こっちはアンタのせいでしなくてもいい嫁姑問題に直面しているというのに、いい気なものである。
「カナ様、ハハウエがあんまり煩わしいようでしたら、静かにさせますけど?」
「どう静かにさせるかは聞かないどくけど、必要ないわ」
煩わしいのは確かなんだけどね。
けど、いちいち目くじら立てるほどじゃないし、むしろ目くじら立ててるのは向こうだし。
結局のところ、噛まれても痛くない相手なのでほっといても構わないのだ。
「それより、今日の予定はどうする?」
「カナ様が行きたい所でしたらどこでも。王都観光に行きましょうか?」
「それもいいけど、お城見学したいな。運が良ければ神子に会えるかも。あ、私は城に入れるのかな」
もちろん、アモンは問題ないだろうけど私は貴族じゃない。
簡単には入城出来ないだろう。
そう思って聞くと、「ボクの婚約者だから大丈夫」と言われた。
・・・それって城にも私を婚約者だと紹介するってこと?
確か、皇家から縁談が来てるって言ってたよね。
・・・。
なんか、新たな火種を巻くことになる気がするんだけど、気のせいかしら。
何はともあれ、そんな嫌な予感がしつつも今日はお城に行く事に決定したのだった。