第十二話
ベルフェノル公爵邸から馬車で十分ほどの場所に、神聖グラシア帝国の皇城はあった。
アモンとサタナキアと一緒に初めて城を訪れた私は、一目見て歓声を上げた。
「素敵。リアルシンデレラ城だわ・・・!」
乙女なら一度は憧れる、ドイツのノイシュヴァンシュタイン城のような西洋風の白亜の城が目の前にそびえ立っていた。
この国の権力と豊かさを内外に知らしめるには充分な華やかさと威容を備えている。
ちなみに、同じ城でも魔界の魔宮殿は中世のオスマン帝国を思わせるアラビアンナイト風のお城なので大分趣きは違う。
ああ、写真があったらバシバシ撮るのになぁ。
そして、家で留守番をしてくれているベルゼブブやアスタロトに見せるのだ。
うーん残念、と城を見上げながら思っていると、入城の手続きを済ませたアモンが戻って来た。
「無事、終わった?」
「もちろん。ただ、ボクが来た事がばれちゃって、すぐにヘイカに会うよう言われちゃった」
「ヘイカって、皇帝のこと?」
「そお。カナ様、お城見学の前にオッサンの顔見に行く事になっちゃうけどいーい?」
「いいよ」
ということで、皇城に入った私達はまず皇帝に会うべく謁見の間へと向かった。
謁見の間へは城の正入り口から入って、正面にのびた一本の大理石の廊下を行く。
真っ直ぐ歩くだけなのだが、これがまた広くて長いのだ。
やっと辿り着いてもすぐに会えるはずもなく、手前にある控え室にまず通された。
「王様、アモンに何の用だろうね?」
「おそらく、悪魔討伐の件でしょう」
そういえば、昨日バルハンもそんな事言っていたよね。
国が大変な時なのに、帝国一の術師がいなくてどーするって。
「アモンって有名な術師なの?」
「有名?うーん、確かに子供に擬態していた時から神童とは呼ばれてましたけどねぇ。悪魔が神童だなんてぞっとする話ですが」
聞くとアモンは幼い頃からその明晰さと並外れた魔力の強さから、歴代最年少で『学院』に入学し、在学中は誰にも首席の座を譲らず卒業した。
まぁ、中身がン千歳の悪魔なわけだから完全なるインチキなんだけど、その事実を知る人間がいるはずもない。
周囲の誰もが、この優秀すぎる青年が『学院』を卒業したら国の要職につく事を疑いもしなかったらしいのだけど、当の本人は現在にいたるまでプーのまま遊び呆けているというわけだ。
しかしその実力は昔から知れ渡っているので、悪魔討伐の為に呼ばれるのは当然と言えば当然である。
私からして見れば、悪魔の為に悪魔を呼ぶなんて皮肉な話だな、という感想しかない。
皇帝のお呼びがかかるまで暇な私は、外の景色を眺めようと窓を開けた。
すると、鎧をつけた兵士らしき男達の勇ましいかけ声が聞こえてきた。
軍事訓練の真っ最中らしい。
結構離れてるのに、剣が激しくぶつかり合う音まで聞こえてくる。
さすが帝国自慢の兵士達だ、ただの訓練とは思えない白熱した空気が伝わって来る。
なんともなしにその様子を眺めていると、一人の男の姿が目に止まった。
なんで、その男に目が止まったんだろう。
男の剣技が明らかに他の兵士より卓越しているからか。
それとも、獅子のような赤金色の髪を持つ、精悍な容姿に引かれたんだろうか。
よく分からない感覚に首を傾げる。
いずれにせよ、目立つ男だ。魔力も強い。
その男をジッと見つめていると、まさかそれに気付いたわけでもないだろうが、男の視線がこちらを向いた。
「・・・」
あー、何か凄い見られてます。
遠いので細かい容姿までは分からないはずだけど。
何となく目を外すタイミングを逃して、お互い見つめ合ってたら急に身体が浮いた。
「アモン」
「カナちゃま、あんまり他の男を熱い視線で見てたらボク妬いちゃうよ」
目を細め、わりかし真剣な声でアモンが言う。
抱っこされた私は、間近にあるその秀麗な顔をマジマジと見た。
「・・・ふぅん。熱い視線に見えたんだ?確かに興味はある。あの男の人の名前、知ってる?」
そう聞くと、アモンはプクッと顔を膨らませて私を窓から遠ざけた。コラコラ。
「カナちゃまはボクよりもあの男がいいんだ。興味があるだなんて言っちゃって、それってもしや恋!?ヒドイ、カナちゃまはボクの悪魔心を弄んでゴミのように捨てるんだ・・・!」
悪魔心って何?
すっかり拗ねたアモンはいじけまくって中々口を割ろうとしない。
まったくもう。
「恋でも鯉でもないっつうの。アモンが一番だよ。ホラ、機嫌直して」
「・・・もう一声」
おい、図々しいな。
期待の籠もった目で見つめられ、私は心の中でため息をついた。
「アモン、好きだよ」
ついでに抱きついてやると、サービスしすぎたのかすっかり興奮したアモンにぎゅうっと抱き締められてしまった。
「ボクもカナちゃま大好き!」
ぐぇ、苦しいっ。
背骨がへし折られそうな力で締め付けられ、息も出来ない。
手足をばたつかせて離れようとするも、アモンの拘束は弛みもしなかった。
ちょっ、ギブギブっ!
「いい加減にしろ」
ドカッ
サタナキアの拳がアモンの側頭部を直撃した。
さすがにぐらついたアモンから私をすかさず奪い、丁重に床に降ろす。
「けほっ・・・サーナ、ありがとう」
咳き込む私の背中をサタナキアが撫で擦る。
「大丈夫ですか?カナ様、この阿呆をあんまり甘やかすとつけ上がるだけですよ」
「うん、今度から気を付ける。危うく窒息死させられるとこだった」
サタナキアの痛烈な一撃を食らったはずのアモンは軽く頭を押さえつつも、すぐに復活した。
「サーナちゃんっ、暴力反対!スゴい痛かったんだからネ!」
「痛くて当たり前だ。頭を吹き飛ばすつもりで殴ったんだからな。大体、今のカナ様は殆んど人間と変わらぬ状態なのだぞ。それをお前の馬鹿力で・・・」
「うっ、だってカナちゃまが初めてボクの事スキーって言ってくれたから嬉しくて・・・カナちゃま、ゴメンなさい。痛かった?」
アモンが壊れやすい宝物を触れるかのように、私の頭を撫でる。
あれ、珍しく反省しているみたい。
ショボンと垂れた耳が見えてきそうだ。
さっき甘やかさないと反省したばかりなのに、ついヨシヨシして上げたくなる可愛さだった。
きゅーん、と子犬のような目で見つめてくるアモンを撫で繰り回したくて手をウズウズさせてると。
「カナ様、ここは耐えて下さい。犬の躾は最初が肝心ですから」
「わ、わかってる。・・・ゴホン。それでアモン、さっきの男の人は誰なの?」
気を取り直して聞くと、今度はアモンも素直に答えてくれた。
「帝国の第二皇子キマリス・グラシアです。通称『奴隷皇子』」
「奴隷皇子?」
「母親の身分が奴隷なんです。五人いる皇子の中じゃあ、一番母親の身分が低い。だから、陰で貴族達にはそう呼ばれてます」
母親の身分が低いと、例え皇子でも高貴な生まれの貴族方々には蔑視されるのだろうか。
選民思想が相当根深い国だ。
他国を侵略し、そして勝利してきた歴史があるのだからそうなるのも仕方ない事かもしれない。
ましてや貴族はその選民意識の塊だ。
「けれど、キマリスは兵士達には信頼されてますね。『獅子将軍』と」
半分奴隷の血を引くキマリスは早々と皇位継承争いから離脱し、軍に入った。
すると、元々素質があったのかめきめきと頭角を表し、今では二十四と言う若さで将軍の地位に就いたのだとか。
「とまあ、ボクが知っているはこれぐらいですかね。あまり宮廷には顔を出さないもので、皆が知っていることぐらいしか分かりませんが」
「充分だよ、ありがとう」
私自身、何故キマリスに興味があるのか分かってないのだ。
ふと偶然に目が合っただけかもしれないし。
そんな事を考えていると、控え室の扉がノックされて開いた。
ベルフェノル家のブラムのような格好をした男の人が、アモンに謁見の間に来るよう告げる。
いよいよ皇帝のご尊顔とやらが拝めるのね。
どんな人かなーと想像しながら控え室を出ようとすると、呼びに来た男の人に行く手を阻まれた。
「レイヴァン様、陛下に呼ばれたのは貴方様お一人だけだとお伺いしておりますが、この方々は?」
あ、やっぱり簡単には会えないのか。
そりゃそうよねーと、ちょっと落胆しているとアモンが私達の説明をしだした。
「この子はボクの婚約者。で、そっちはボクが雇った護衛。大丈夫、怪しい者じゃないよ」
「しかし・・・」
「入城する時に所持品検査も受けたよ?てか、この子も一緒じゃなきゃつまんないから帰るけど」
たたみかけるアモンに男は困った顔で私とサタナキアを見る。
「・・・では、婚約者の方だけ。護衛の方は魔力が強すぎます。今回はご遠慮下さい」
武器が無くても魔力で皇帝を害する事は出来る。
男はそれを警戒したのだろう。
逆に私は魔力ゼロ、加えて非力そうな見た目から害は無さそう、もしくは何か良からぬ事をしでかしてもすぐに取り押さえることが出来ると判断した、といったところだろうか。
とりあえず、私は一緒に来ていいという事なので控え室を出る。
心配そうに私を見送るサタナキアに一つ頷いて、私はアモンと謁見の間に向かった。




