第26話『債権回収のフェーズへ移行します』
静まり返った大広間に、私の冷徹な声が響き渡った。
床に這いつくばり、恐怖で失禁しかけているアルフォンス元殿下と、気を失ったままのミリア様。かつての婚約者と、その「真実の愛」の成れの果てを、私は感情の欠片もない瞳で見つめた。
「さて、陛下の御慈悲により即座の処刑は免れましたが、ここからは業務の時間です。セバス、最終的な『債務確定報告書』を」
「はっ。こちらに」
セバスが恭しく差し出した一束の書類。それは、私が帝国へ転職する際に持参した、グランゼール王国の全負債を現時点の金利で再計算した、いわば「死の宣告書」である。
「アルフォンス元殿下。貴方の署名と王印が記された契約書に基づき、本日この時をもって、グランゼール王国が我がアウグスト帝国に対して負っている負債、金貨一億六千五百九十万枚の『即時一括返済』を正式に要求します」
「い、一括……!? ま、待て、そんなの無理に決まっているだろう! 先ほども言ったが、国に戻って税を……」
「却下します。現在の貴国のキャッシュフロー(現金収支)は完全にマイナスです。暴動により徴税システムは崩壊し、主要な輸出資源である魔石鉱山の採掘権も、すでに我が家が差し押さえています。貴方に『返済能力』など一ミリも残っていません」
私は計算機(魔導具)を一度だけカチャリと鳴らした。
「有能な経営者として、回収の見込みのない債権を放置することは許されません。よって、契約条項第十八条『債務不履行時における担保権の即時行使』を発動します。貴方がたに支払う意思と能力がない以上、私は『現物』で回収させていただきます」
「げ、現物……? 何を奪うつもりだ、エルゼ……!」
「すべてです」
私はポインターで、空中の魔導プロジェクターに映し出されたグランゼール王国の地図を指した。
「まず、王都を含む王族の直轄領。および、過去十年にわたり我が家が投資し、管理してきた運河、街道、魔導灯網の全権益。これらを時価評価し、負債の一部に充当します。……これで、金貨八千万枚分の相殺です」
「な……城も、街も、お前のものにするというのか!?」
「いいえ。アウグスト帝国の、です。私はあくまで帝国の利益を守るために動いていますから」
私は続けざまに、地図の残りの部分を真っ赤に塗りつぶした。
「残りの八千五百九十万枚については、王族が所有する全財産、宝物庫の美術品、および王家の名前が刻まれたあらゆる名誉権を没収します。……それでも足りない分については、グランゼール王国の『主権』そのものを担保として執行させていただきます」
私の言葉に、大広間にいた他国の使節団から激しいどよめきが上がった。
主権を担保にする。それは事実上の国家解体、および帝国への併合を意味するからだ。
「き、貴様ぁ……! そんなことが許されると思っているのか! 我がグランゼール王国は、五百年続く歴史ある……」
「歴史など、帳簿の上では一シリングの価値もありません。経営に失敗した企業が倒産し、資産を売却されるのは当然の帰結です。五百年も存続してこの程度の内部留保しかなかったことこそ、経営陣(王族)の無能さを証明していますね」
私は冷たく言い放つと、指示棒をアルフォンスの鼻先に突きつけた。
「貴方はもう王太子ではありません。資産価値のない、ただの『人的資源(不良在庫)』です。……ですが、私は無駄を嫌います。どんなゴミにも、それなりの使い道を見出すのが有能な経営者です」
「ご、ゴミ……?」
「はい。貴方とミリア様、および無能を晒した王族一同には、帝国が管理する『債務者専用労働施設』へと入所していただきます。あそこでは、一日の労働につき金貨一シリングを負債から差し引くシステムになっています」
私は計算機を猛烈な勢いで叩き始めた。
「金貨一億六千五百九十万枚。利息を抜きにして、貴方一人が完済するには……およそ、四十五万年ほど真面目に働いていただく計算になりますね。素晴らしい。子々孫々に至るまで、帝国のための永続的な労働力として貢献していただけそうです」
「よ、四十五万年……!? 馬鹿な! 人間の寿命をなんだと思っている!」
「ご安心ください。ルカ殿下が開発した、魔力による生命維持装置(強制稼働システム)を使えば、死ぬ直前まで効率的に働かせてあげられますよ。労働は最大の喜びであると、その身に叩き込んで差し上げます」
私の隣で、ルカ殿下が「へへっ、いいぜ! エルゼが望むなら、どんなにボロボロになっても心臓だけは動かし続けてやるよ。魔力の無駄遣いにならない程度にな!」と、爽やかな笑顔で恐ろしいことを付け加えた。
「ひぃっ……! いやだ、いやだぁぁっ!!」
絶望的な「返済スケジュール」を突きつけられ、アルフォンスはついに発狂したように叫び、床を掻きむしった。
しかし、私の「取り立て」はまだ終わらない。
「セバス、執行官を呼んでください。これより、アルフォンス元殿下が身につけている『王家の指輪』および、その上質な夜会服の回収を行います。それらもすべて、担保の一部ですから」
「かしこまりました、お嬢様」
近衛騎士たちが、暴れるアルフォンスを力ずくで押さえつけ、指輪を引き抜き、上着を剥ぎ取っていく。
先ほど皇帝陛下への不敬を働いた際よりも、今の「法に基づいた無慈悲な剥奪」の方が、彼にとっては遥かに屈辱的だったに違いない。
結局、かつての王太子は、薄汚れた肌着一枚の姿で、大広間の冷たい大理石に転がされた。
その隣では、同じく着飾っていたドレスを剥がされたミリアが、震えながら蹲っている。
「これで、現時点での『債権回収のフェーズ』は第一段階終了です」
私はバインダーを閉じ、満足げに頷いた。
国を一つ買い叩き、無能なトップを永久の労働力へと変える。これ以上の「ざまぁ」であり、かつ「最高の決算」があるだろうか。
「見事だ、エルゼ。……だが、少し働きすぎではないか? こんなゴミの分別作業に、君の貴重な頭脳をこれ以上使わせたくない」
レオンハルト陛下が、私の腰に手を添え、労うように囁いた。
その黄金の瞳は、足元で泣き叫ぶ敗北者たちには一瞥もくれず、ただ私だけを、独占欲に満ちた熱い視線で見つめている。
「お疲れ、エルゼ。こいつらの『引っ越し(移送)』は僕に任せてよ。絶対に逃げ出せないように、地面に縫い付けてでも運んでやるからさ」
ルカ殿下も、獲物を仕留めた猟犬のような満足げな顔で私を覗き込む。
(ふむ。債権回収という最もストレスのかかる業務を完璧に遂行し、さらにトップ二人の強力なバックアップを得られる。アウグスト帝国という会社は、本当に、何度でも言いますが最高の環境ですね!)
私は二人の最高権力者からの過剰なまでの庇護(福利厚生)を、当然の「役員待遇」として受け取り、誇らしげに胸を張った。
こうして、グランゼール王国という「不採算企業」は、帝国財務卿エルゼの手によって、一シリングの無駄もなく、完璧に解体・吸収されたのである。
しかし、追い詰められたネズミは、時として予測不能な暴走を起こす。
絶望に染まったアルフォンスの瞳の奥に、まだかすかな「愚か者の火」が灯っていることに、この時の私はまだ気づいていなかった。
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次回お楽しみに。




