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氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜  作者: ぱすた屋さん


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第25話『皇帝の逆鱗』



 大広間の床には、ルカ殿下の圧倒的な魔力圧に当てられ、完全に白目を剥いて気絶した自称聖女ミリアが転がっていた。


「ひ、ひぃぃっ……! ば、化け物め……っ!」


 その光景を間近で見せつけられたアルフォンスは、ついに完全に腰を抜かし、無様に後ずさった。

 頼みの綱であった「聖女の奇跡」も「女の涙」も、この帝国では一ミクロンの価値も持たない。武力(魔力)でも論理(数字)でも完膚なきまでに叩きのめされ、彼に残された手札は、もはや何一つなかった。


 しかし、己の非を認める知能すら持ち合わせていない愚者は、絶望の淵に立たされてなお、致命的な「選択ミス」を犯す生き物である。


「お、お待ちください、レオンハルト皇帝陛下!!」


 アルフォンスは震える声で叫び、床に這いつくばったまま、玉座の前に立つ黒衣の皇帝を見上げた。

 彼の中の浅はかな計算が、最後の悪あがきを導き出したのだ。ルカやエルゼのような「頭のおかしい連中」ではなく、同じ一国のトップである皇帝にならば、為政者同士の『政治的な取引』が通じるはずだ、と。


「へ、陛下! 同じ王族として、為政者として、私の言い分を聞いていただきたい! そこのエルゼという女は、確かに頭は回りますが、女としての可愛気も血の通った温かさも一切ない、冷血な『道具』に過ぎません!」


 その言葉が発せられた瞬間。

 私の背後に立っていたレオンハルト陛下の気配が、ピタリと、不自然なほど完全に停止した。


「……ほう?」

 地を這うような、ひどく静かな声が響く。


 アルフォンスは陛下の反応を「興味を持った」と勘違いし、さらに早口で捲し立てた。


「あの女は自分の計算のために、平気で国や婚約者を切り捨てる毒婦です! ですが、事務処理の能力だけは多少使える! ですから陛下、こうしましょう! 私の元婚約者であるあの女を、皇帝陛下の『愛妾』でも『奴隷』でも好きにして構いません! 権利はすべて帝国に譲渡いたします!」


 アルフォンスは卑屈な笑みを浮かべ、両手を擦り合わせた。


「ですから……その『譲渡代金』として、我が国が抱えている一億六千万枚の借金を、すべて帳消しにしていただけないでしょうか!? 中古の女一人としては破格の値段ですが、大帝国である貴国ならば痛くも痒くもないはずです! これで互いに損のない、素晴らしい取引——」


 ——カツン。


 アルフォンスの言葉は、レオンハルト陛下がヒールを鳴らして一歩前に出た音によって、強制的に遮断された。


 静かだった。

 ルカ殿下が怒り狂って魔力を暴走させていた時とは違う。音も、光も、熱もない。

 ただ、空間そのものが『死』に塗り潰されていくような、絶対的な重圧プレッシャー

 呼吸の仕方すら忘れそうになるほどの、静かで、底知れぬ漆黒の殺意が、皇帝の全身から立ち昇っていた。


「……取引、だと?」


 レオンハルト陛下は、コツン、コツンと革靴の音を響かせながら、床に這うアルフォンスの目の前まで歩み寄った。

 見下ろす黄金の瞳には、一切の感情が抜け落ちている。それは人を見る目ではない。ただの汚物を、どのように処理するかを考えるだけの、無機質な視線だった。


「エルゼを、私の愛しい伴侶を『道具』と呼んだな。あまつさえ、あの女を愛妾として差し出す代わりに、借金を帳消しにしろと……そう言ったか?」


「は、はい……! そ、その通りです! あの女の頭脳があれば、帝国にとっても決して悪い話では——」


「……この男の口を、今すぐ縫い合わせろ。その汚い舌が二度と動かぬように」


 陛下の冷酷な命令が下った瞬間。

 音もなく影から現れた暗部(近衛騎士)たちが、アルフォンスの両腕を背後にねじり上げ、床に強引に押さえつけた。

 一人の暗部が、氷のように冷たい短剣を、アルフォンスの口元に突きつける。


「ひっ!? ぎゃ、やめ……っ! 陛下、なぜ! 私は合理的な取引を……っ!」


「合理的?」

 レオンハルト陛下は、アルフォンスの頭を革靴の底で軽く踏みつけ、低く、呪いのような声で囁いた。


「この世のすべての金貨を集めようが、大陸中の宝石をかき集めようが、彼女の銀髪の一房、その美しい瞳の瞬き一つの価値にも届かない。……それを、たかが小国のちっぽけな負債ごときで買い叩こうとしたこと。それが第一の罪だ」


「あ、あぐ……っ!」


「そして第二の罪。……何より万死に値する最大の罪は、彼女の『価値』を一切理解せず、十年間も彼女の心をすり減らし、孤独な冷血女などと蔑んだ、貴様のその救いようのない愚かさだ」


 レオンハルト陛下の足に込められる力が、ゆっくりと増していく。

 ミシリ、とアルフォンスの額が床の大理石に押し付けられ、嫌な音が鳴った。


「彼女は道具ではない。私の帝国の、いや、私の人生を照らす唯一の『光』だ。その光を泥で汚そうとした貴様の存在を、私は魂の欠片すら残さずこの世から消し去らねば、気が済まない」


 一切の怒鳴り声はない。ただ静かに、事実を述べるように紡がれる、皇帝の逆鱗。

 大広間にいる帝国貴族たちでさえ、あまりの恐怖にガタガタと震え、誰も声を発することができなかった。ルカ殿下も、「兄上の本気の殺気……久しぶりに見た」と少し顔を引きつらせている。


 しかし。

 この大広間でたった一人、私だけが、この状況を全く別のベクトルで受け止めていた。


(……素晴らしい!! なんという完璧なまでの『自社ブランドの防衛(コンプライアンス遵守)』!!)


 私は内心で、レオンハルト陛下の対応にスタンディングオベーションを送っていた。


(自社のトップ役員(私)を『道具』や『愛妾』などという侮蔑的な言葉で値踏みしてくる他社の無能な使者に対し、社長自らが一切の妥協なく激怒し、徹底的に知的財産権(私の尊厳)を守り抜く姿勢を見せつける! これぞまさにトップの鑑! 社員を大切にする超ホワイト企業(アウグスト帝国)の理念が、隅々にまで浸透している証拠です!)


 「この世のすべての金貨より価値がある」というセリフも、要するに「お前のような三流企業とは、自社の時価総額(私のスキル)の桁が違うのだ」という、比喩表現を用いた強烈なマウント(牽制)に他ならない。


「陛下」


 私はコツンとヒールを鳴らして歩み寄り、アルフォンスを踏みつけているレオンハルト陛下の腕に、そっと手を添えた。


「その辺りになさってください。社長トップが自ら、そのような汚物に手を下す必要はありません」


「……エルゼ。君は、こいつを許すというのか?」

 陛下が、微かな苛立ちと不満を滲ませた黄金の瞳で私を振り返る。


「許す? とんでもない」


 私は氷のような無表情のまま、足元で震えるアルフォンスを冷たく見下ろした。


「ここで口を縫い合わせて殺してしまっては、一億六千五百九十万枚の負債の『返済義務』が曖昧になってしまいます。死んで逃げることなど許しません。彼には、生きたまま、地を這い泥を啜ってでも、私が計算した利息の一シリングに至るまで、労働によって帝国の国庫に返済していただきます」


 私の極めて冷酷な(そして合法的な)経済的処刑の宣告。

 それを聞いたレオンハルト陛下は、一瞬だけ目を瞬かせた後、先ほどまでのドス黒い殺気をスッと消し去り、喉の奥で愉快そうに笑い始めた。


「くっ……ふはははっ! ああ、そうだ。そうだったな。私の愛しい君は、いつだって私以上に無慈悲で、そして……最高に合理的な女だった」


 陛下はアルフォンスの頭から足を退けると、私の腰を強く抱き寄せ、その頬に自分の頬をすり寄せた。


「君の言う通りにしよう。君の完璧な計算式で、この愚か者から骨の髄まで搾り取ってやればいい。……私は、そんな君の冷酷な瞳も、心から愛しているよ」

「ありがとうございます、陛下。社長の強力なバックアップ(債権回収の許可)に感謝いたします」


 私が完璧な営業スマイルで応えると、足元のアルフォンスは恐怖と絶望で完全に泡を吹き、今度こそ完全に意識を失って気絶した。


「セバス。このゴミ二人を、地下の特別監房へ。明日の朝一番で、強制労働施設への移送手配を行います」

「かしこまりました、お嬢様。……直ちに『債権回収のフェーズ』へと移行いたします」


 セバスが冷ややかに一礼し、近衛騎士たちが気絶したアルフォンスとミリアをズルズルと引きずっていく。


 こうして、祖国からの招かれざる客に対する「公開処刑」は完了した。

 残るは、崩壊したグランゼール王国という「担保」の回収と、愚者たちへの永遠の「労働という名のざまぁ」だけである。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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