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9.武人たれ、エルフ

「……ずいぶん久しぶりだな、桔梗」

「……」


 ヴァイオレット城。その城門の前で……エルフが対峙するは、剣を持った長身の女騎士。いや……よく見ると刀みたいなのを持ってるな。じゃあ侍か。そうは見えないが。


 どうやら、ミーシャの口ぶりから察するに、この二人は以前会ったことのある仲のようだが……エルフの問いかけに対して、“桔梗”は沈黙で答えているのが現状だ。


「……問答は要らない、とでも?」

「……」

「相変わらず無口なヤツ……。まぁいい。それがそっちのやり方なら……私もそれに乗るまで」


 ミーシャは、背中の矢筒から一本の矢を取り出し、それを弓で引き絞る。

 その姿は……なんだろう。弓道のお手本のようなポーズ、とでも言えば良いのか。確か弓道部の奴らがミーシャのような体勢で弓を構えていた気がする。


 静寂が流れる。風の流れる音と、少し遠くから城下町の人々の声だけが流れる空間。俺も、ヤマネコも……同じく息を呑む。


「──」


 雨。水滴が地面に落ちる音。しかし、“この世界にも雨が降るんだな”なんてすました事を考えている余裕は無かった。


 その雨音を合図に──桔梗(ききょう)は一気に間合いを詰める。ミーシャはその”女侍”に対して何発も矢を打ち込むが……それらは全て、侍の刀に弾かれてしまった。


「ミーシャ!」


 俺の口は思いもよらず声を出した。自分でもびっくりだ。だが──それほどまでにエルフの置かれている状況が危険だった……ということにしておく。


 桔梗(ききょう)の刃がエルフに迫る。万事休す。

 しかし──多少なりとも行動を共にした彼女が目の前で殺されるのを、ただ見ているわけにはいかない。


 桔梗(ききょう)のその刀がエルフの体を切り裂こうとした瞬間──俺の脚はいつの間にか動き出していた。考えるよりも先に。

 だが。結局──その必要は無かったのだ。なぜかって? いやはや全く、嘘みたいな話だ。


「──なッ」


 ミーシャの“弓”が、桔梗(ききょう)の一撃を受け止めた。周囲に金属同士の反響音が響く……弓ってのは脆いものだと思い込んでいたが、どうやらその考えは改める必要がありそうだ……と。


「……ははッ、なるほど」


 なぜか、ミーシャに剣を受け止められた桔梗(ききょう)はその場で刃を収めた。大して“エルフ”も同様に……持ち前の傷一つない弓を背中に戻す。

 何なんだこれは。誰か説明してくれ。この際神だろうが何だろうが構わん。もはやチュートリアルの存在しないロープレをやってる気分だね。不施設極まりないことだ。


「やはり──衰えぬな──ミーシャ」

「……どうも。……貴様こそ、その斬りかかる“クセ”をまだ治していなかったことに驚きだ」

「いやいや──これには訳があるゆえ。さあ──後ろのご友人の方々も、こちらへ」


 困惑顔のヤマネコと顔を見合わせつつ、言われるがままにして桔梗(ききょう)の元へと歩いていく。


「ミーシャを騙り、王宮に取り入ろうとする不届き者が後を絶たぬ故、こうして“手合わせ”を行っている。なに、普通の訪問者にはせぬよ」


 いや……“手合わせ”にしては随分と荒々しい気もするが……。まぁ、それはそれなんだろう。そう思い込むことにする。人間、時には分からないことを水に流すことも大切だ。


「はは、ミーシャ。お前の連れてきたこの小僧、なかなか面白いではないか」

「……私が招いたと言ったら語弊があるけれど……。それで、どこまで知っているの?」


 桔梗(ききょう)に先導されながら、俺達は城門をくぐり、歩いて行く。何だろう……何と言えば良いのか。

 周りの光景は……“歴史を感じる”面持ちだ。それこそまさに、教科書にでも載っていそうな程に……こってこての中世風建築だな。


「知っている……と言っても、我が主君より受けた命はただ一つ。王女──ヴィオレッタの元へ貴様らを連れていく。それだけだ」

「ふぅん。私としてはもっと荒っぽい手段を取ると思っていたけれど?」


 ……エルフの声色は、どこか含みのある言い方だ。どうやら王女というワードに反応したらしい。

「……冗談で言っているのだろう? 我ごとき、貴様に手を出せるはずもない。王女の“友人”たる──お前にはな」


 ……何だって? 友人? 王女様の? おいおい……そりゃ何だか……いや、何とも言いづらいな。


「……すごいです、ね」

「……今は違う。それに……昔色々あっただけだ。それ以上のことはない。ただ……いや、なんでもない」


 言い淀むミーシャ。その言葉は、これ以上追求するなという意味も含んでいるのだろう。それ以降会話も減り、俺がその真意を追求することもなかった。


 いや──本来ならば、踏み込んで聞くべきだったのかもしれない。



 王さまだの王女さまだのが住む居城は今も昔も変わらず豪華で荘厳だ。それはこの異世界においても例外では無く……このヴァイオレット城も近くで見るとまさに豪華。


 豪華と言っても壁一面が金で出来ているような成金仕様ではない。ただ……ひとつひとつ……それこそ柱のような細部に至るまで、芸術品のような細工が施されている。

 正直、見ているだけで楽しい。俺には美術品鑑賞の素養があったのかもしれないな。


「その……俺達が入っても良いところなのか?」

「無論。ミーシャが王女の友人であるならば、客人方もまたしかり。拒む理由はありますまい。まぁ、最低限の儀礼程度は遵守してくれると助かる」

「……分かっ……分かりました」


 そういえば、感覚が麻痺していた。俺の目の前に居るのは……この巨大な国を管理している宰相なのだ。てっきりミーシャと同じように接してしまった。……事が事なら打ち首モノだろうな、

これ。


 桔梗(ききょう)の案内によって、俺達はついに、ヴァイオレット城の中へと足を踏み入れた。ここでもまた大きな城門があり……衛兵が数人がかりでそれを開けている。扉にかかるかんぬきの大きさもクマぐらいありそうだ。


「ようこそ──ご客人の皆様がた」


 と。城の中のホールに、ひときわ高い女性の声が響いた。ふと、声のした方を見上げると……そこには紫色の髪をした……美しい女性の姿があった。


「わたくしは──このヴァイオレット城の城主であり、ヴァイオレット王国の王女である……“ヴィオレッタ”と申します。以後お見知りおきを」


 どこか艶やかな声が俺の鼓膜を震わせる。ミーシャぐらいの背丈で……外見だけ見れば俺と同年代に見えるが……多分違うのだろう。流石に学んだ。


 王女か──そうのんきに考えていた俺は、気づくことが出来なかった。


 ミーシャが……どこか憂鬱そうな表情を浮かべていること。そして──ヴィオレッタの視線が……他の誰でも無い、俺に対して向けられていたことを。

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