18 第一に私は男同士の交合に興味などないッ、断じて!
某日某時刻、暗闇に向かって「たーすけーてくれー!」と戯れに叫んでみる。
だが何の反応もなかった。
確かに、点滴のおかげなのだろう、腹が減ったと漠然と感じはするが、体力が消耗している感じはしない。腕から入った栄養が身体に吸収され、余分な水分と共に老廃物は同じく下半身に差されたチューブに流れてゆく。まるで俺の身体は“濾過フィルターを内蔵したホースの一部”のようだなと、とほくそ笑んで、執筆を再開した。
某日某時刻、ふと恐ろしいことを考えてしまう。
俺の作品が不出来で、東側陣営は激昂した挙げ句、最終破壊兵器のボタンを起動、既に我が国の主要都市は核ミサイルによって壊滅しているのではないか。俺はそんなことになっているとはいざ知らず、この施設に籠もってひたすら無意味な文書を作成しているのではないか。
しかし、それならば電源も喪失しそうなものだ。いや、自家発電とか再生可能エネルギーで無限稼働しているとか……いや、そういった可能性には言及するべきではない、こわくなる、と心を閉じ、執筆を再開した。
某日某時刻、随分言葉を発していないなと、歌など歌ってみる。
あまり音楽のセンスはないから、別画面に流れている風景動画のBGMである、優雅なインストゥルメンタルミュージックに自前の歌詞をあてて、何曲かつくってみる。割に才能があるかもしれない。小説執筆だけでなく、マルチ作家としても食っていけるかもしれないという希望を抱き、執筆を再開した。
某日某時刻、気がついたら泣いていた。
きっとそれは俺の遙か遠い記憶、巡り会うべき人に出会えない、きっとどこかに居る俺の大切なあの人の思いが届いたせいだ。
涙は心の汗だと言った偉人は誰だったか、今はもう思い出せない。
執筆を再開した。
某日某時刻、最近友達が出来た。
いつも俺の傍らにちょこんと座っている髭面の小人のおっさんで、たまに疲れたときは、代わりにキーボードを叩いてくれる。先日などは俺が疲労困憊で寝てしまっている間に、一章を丸々書き上げてくれた。
実に頼りがいのある奴なのだけど、名前がどうしても思い出せない。誰かに紹介したいのだけども。
某日某時刻。
「何を……貴様は、一体何を言っているのだ。話にならんな――そのBL小説とやらを私が書いたとでもいうのか? 作者の名などどうせ偽名、筆跡が残る訳でもなく、小説のジャンルに限って言えば、いずれなりその文体は限られて然りだ。第一に私は男同士の交合に興味などないッ、断じて!」
あの時、桐生先輩は堂々と嘘をついた。いや、BL小説はビジネスであり、本当にホモには興味がないのかもしれない。だからそこは嘘ではないのかもしれない。
そして目を逸らしながら、こういった。
「新入生―――いや貴様、国重と言ったか――、いい目をしているな」
某日某時刻、長い夢を見ていたようだ。ずっとずっと果てしない長い夢を。
結局桐生先輩と、白鳥はどうなったのか。いやそれよりさっちんと俺のことは。
知らない天井がそこにあった。薬品の匂いがする。
ああ、ここは保健室か何かか。
いや、まて。
そういえば、頭を打って保健室に担ぎ込まれた俺の記憶だぞ、実は夢オチなんて全くもってあり得るじゃあないか。事実は小説より奇なり、想像創作の中でもっともタブー視される夢オチは、あってはならない物語の締めくくりだ。エタって未完よりも、おれたた打ち切りよりも、なお罪深い。しかし甘美な響きを持つ悪魔のささやきでもある。
小説内ではけしてあってはならない事だが、現実ならばあり得る。錯誤ともいう。
そうだ、夢だ。そもそも男装した女の白鳥茜はここに来なかったし、俺の夏はまだ始まってもいない。
と、思いたかった。




