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17 語られるべき物語が、俺の手に委ねられているなら、こんなに嬉しいことはない

 自分が小説を書かねば国が滅びる。


 そこまで追い詰められた作家など、人類史上俺が初めてだろう。いや、ひょっとしたら様々に栄枯盛衰してきた文化文明の中で、同じような理不尽な話もあったかもしれない。だが、一国の命運を背負わされた高校生など、歴史上では俺だけと断言してよかろう。


 彼女からは明言されなかったが、いわゆる東側陣営のお偉方にも好事家がいるらしい。だから想像創作媒体規制法には反対で、施行後は各国と関係悪化の一途を辿っていた。そこにきてあのミサイル外交だ。


 無論俺達とて規制法には反対だった。しかし俺達国民という立場では、閣議で決まったことを覆す手順は果てしなく迂遠であり、多くは諦めて立法に従うのものだ。


 いくら民主主義とはいえ、国民は常に国家の支配下に置かれる被支配者なのであり、自由は法の下にしかない。


 そして、その傀儡の民主的ロジックを破壊するのは、悲しいかな古今東西を問わず、暴力しかない。


 別に俺達が望んだことではないし、俺達の仲間として隣国やその後ろ盾の共産国が正義を執行したわけでもない。彼らは彼らなりに、一ラノベファンとしての憤りを感じてのことだったのだろう。規模は違えど俺達と考えている事は同じだ。俺だって出来る立場ならやっているだろう。


 とはいえ、テロや脅しなど褒められた行為ではない。言うまでもないことだろうが。


 そういえば規制前にラノベ投稿サイトから、第三国の手によって作品を盗用されるという事件があったのを思いだした。ネット上に公開されているものをわざわざ盗んでどうするつもりだろうかと。一時はネット上でも騒然となり、著作権の問題などで盛り上がっていたが、アレは今の前哨戦だったのかもしれない。


 先出の政府シンクタンクの分析によると、この八月は比較的、動きは大人しかったのだという。それはどうやら、俺が処女貫徹名義で、違法ファンタジーライトノベルをネットの海に流した頃からと一致するという。隣国はこの短期間でデータがとれるほどミサイルを飛ばしていたわけだ。しかしそれも酔狂なことだが、俺がこの国を混乱に陥れてやろうと投下したテロ小説が、あちらじゃ唯一ネット上で読めるファンタジー作品だったとは、皮肉な話だ。


 そう、口でいえばいいものを。続きを書いてください、処女貫徹先生! ここがあなた様専用の執筆部屋で、秘書兼助手の美人メイドを三人おつけします、と。


 とはいえ、俺が断筆したその日から、つまりアップロードできなくなったあの日から、ミサイルはEEZではあれど、領海との境界線である接続水域に着弾させるようになったそうだ。これは恐ろしく精度が高いことを示していると同時に、そのギリギリを狙うということは誤って領海に落ちたとて構わないという意思のも垣間見られる。


 しかし、その報告を受けて俺が素直に承服できるわけがない。


 俺から見える状況とは、俺の情況・・を考慮して進むわけではなく、それらは全く別のものなのだ。単に二つの出来事の間に奇妙な関係性が偶発的な相関性を見出されることで、やがて化学反応がおこり、まるでそれら二つないし、複数の出来事が、あらかじめ運命づけられていたかのような錯覚を覚えてしまうものなのだ。また、人はしばしばそのように望み、望んだままに観測する。


 それを物語の中ではテンプレートだとかご都合展開と言い、現実世界では幸運だとか、偶然だとか、たまたまだとか、やはり不確かなことを言う。

 

 俺がネカフェを追われデータを喪失したときから当然、続きが書けなくなったわけだ。俺自身もモチベーションの低下は避けられなかった。


 だが、あの文書データは回収され、依然としてそこにあり、美人メイドはいないが、俺は専用の執筆部屋を与えられた。いや、これはオペレータールームと呼ぶべきだろうか、政略兵器の。


 部屋はほんの六畳といったところだが、壁面をみればどうやら完全に遮音処理がされているようだ。その殺風景な部屋の中心に、大昔に存在した体感型のアーケードゲーム機のような筐体があった。


 俺はなぜか、下着を着けない状態で手術着のような服を着させられ、この部屋に誘われた。


 多角形の筐体の中には、不思議な形をしたシートがある。座れば全身を包むような心地のよさで、あえていうなればそれは女性の外性器のような形をしており、俺はその中心に、スツポリと収まるように座らせられる。その外性器を囲う筐体部のせいで前後左右の景色がほとんど見えない。そのかわり、目の前には三面もの大型液晶モニター、手元には知ってか知らずか俺のタイピングパターンに完璧にマッチしたキーボード。シートのヘッドレスト側面にはスピーカーと、音声入力のマイク、喉が渇けば傍らのチューブから飲料が補給される仕組みらしい。


 心とは裏腹に、俺は胸が高鳴った。ここで小説を書けと。これを至れり尽くせりと言っていいのかは判らないが、小説執筆だけに生命リソースをつぎ込みたい者にとっては、最高の環境ではないか。


 無論このシートも設備も政府がオーダーし、おそらくはその手の専門家が設計した相当特別な代物なのだろう、それが女性器を形取っているように見えるのは偶然ではなく、“生み出す”ということを示唆した、哲学的デザインが盛り込まれているのかもしれない。


 セッティングの間、周囲には筐体の調整をする技術系の作業員や白衣を着た研究者っぽい者もいるが、医療系スタッフらしき人間も待機している。当面俺の健康管理もしてくれるのだろう。


 まだ年若いが優秀そうな看護師らしき女性が、俺の手を取って鼓舞してくれる。


「がんばってください、あなたの指先にはこの国の未来がかかっています」そう言いながらモニタリング用のバンドのようなものを右手に巻き付け、左腕を別の看護師がアルコール消毒している。なに? と思った次の瞬間わずかな痛みを感じた。


「こ、れは?」驚いて訊いた。


「栄養剤の点滴です。暫くご飯食べる間もないですからね」俺の腕に刺さっているチューブは、筐体の一部から伸びてきている。


「あ、え? いや、でもこんなのあったらトイレにも行けない、っていうか……」と言った瞬間、先ほどの若い看護師が跪き、俺の着衣をめくると、不安がっているジョニーを手にとった。驚いて声を出す間もなく、先っぽに何かを塗り込りこまれ、妙な感覚を覚える。


「これでトイレに行く手間はないですよ」尿道カテーテルだった。


「基本大きい方はでないと思いますけど、おむつしときますね」と至れり尽くせりだ。


 この情況の中で、俺がふと考えた唯一ハッピーなことは、暗黒便所先生も――いや、吉原美奈子もこれをされていたのか、ということだった。


 何時間、いや、何日経ったのか。ここには時計もカレンダーもない。暗闇に浮かぶ三面のモニターに映るのはそれぞれ、お馴染みの文書作成ソフトの画面と、インターネットに繋がっていない、あらゆる情報を網羅した資料用の、スタンドアローンライブラリー端末画面、そしてメンタルヘルスケアの効果があるという、美しい世界の都市や自然の景色が延々と映し出される画面。そして密やかに流れる心地のよいインストゥルメンタルミュージック。


 それ以外の情報は暗闇に隠されている。


 まるでプライベートシアター状態だ。


 そんな中で、俺の打弦音だけが響く。


 たぶんおそらく、俺の執筆スピードから算定した感じでは、三日は経っている。昼も夜も判らない中で睡眠は随時だから当てにならない。


 気が散らないようにという配慮なのかもしれないが、開始の日以来俺は誰とも接触していない。データは、俺がここから送信したものを情報編纂室へ、そこで校閲され、原稿化されているらしい。誤字や脱字はあまり気にしなくていいそうだ。ただ、想像力を目一杯はたらかせて、君だけにしか紡げない物語を書いてくれ、と金津園・オットマン・靴舐め職人から言われた。


 執筆環境はともかく、そのようにいわれて嬉しくない作家はいないだろう。


 ただ、俺がここに座ることを決心させたのは、あの時の吉原美奈子の言葉だ。


「世界の人々と私達は、言葉も文化も、歴史だって違う。もちろん神話や民族的慣習もその根底にある理も。今までそれらを一つに出来た事なんてなかったのよ。答なんて出せなかった。ほんとうにおかしいわよね。何千年かかっても出来なかったのよ。


 だけどね、一つの創作物は人々を一つにする事が出来るのよ。


 それは、物語かもしれない、音楽かもしれない、モニュメントかもしれない、絵画かもしれない。けして形のあるものではないかもしれないけども、それは人の手によって想像され、創造されたもの。想像創作とはすなわち、自然に備わっている人の一部なの。逆を返せば、人は想像創作という能力を得た事により、ホモかしこいサピエンスひととなったのよ。


 だけれども、人類はその「嘘」を利用して利己的な幸福追求に邁進した。とても多くの人が同じようにね。そうして産まれたのは争いだけだった。


 私はね、花を見て誰もが美しいと思うように、イデオロギーに支配されない想像創作は全ての人にとっての同じ幸福の道標となる可能性を秘めていると考えている。


 政略兵器をオペレートする私達は、誰かを打ち負かす為の旗手としているんじゃない。


 私達は、政略兵器とは、憎悪、悲哀、貧困、分断を生み出すあらゆる諍いや混乱、それらと戦い殲滅する兵器なの」


 そう、彼女は言った。


 この世界から怒りや悲しみが一つでもなくなるなら。


 そう、誰だって心の片隅で願っている。


 現実にはないファンタジー世界の話で盛り上がって笑い合っていられるなら、現実には居ないキャラクターに恋い焦がれていられるなら、現実には起こり得ない事件について真剣に語り合い楽しんでいられるなら。


 きっと、それほど平和なことはないだろう。


 そして語られるべき物語が、俺の手に委ねられているなら、こんなに嬉しいことはない。

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