13-4 アタシ、謝らないよ、アタシ、まちがってないもん……
「っざっけるな……」
沈黙してた部室内のどこからともなく漏れた怨嗟をふくんだ声。
その次の瞬間、白鳥を囲う輪から飛び出した獣は、白鳥へと飛びつき、襟首を掴んで顔を引き上げさせた。
桐生幸子だった。
「ふざけんなよ! じゃあ今までのは全部嘘だったっていうの! 私が信じてきた白鳥茜はいないっていうの!?」
幸子も泣いていた。泣きながら不器用なスイングで、白鳥の頬を平手打ちした。部内は騒然となり、さすがの俺も止めに入らねばと足を踏み出した。
幸子は一発では気が済まなかったのか、二発目の平手打ちを食らわそうと腕を振り上げた。
だがそれが果たされるより先に、飛び込み、手首を掴んで制止したのは、桐生先輩だった。
「二度も打つことはなかろう……」
「離してよっ! だって! こいつ、ゆるせないよ!」
幸子の叫びはあまりにも文学的からかけ離れていた。それは目を背けたくなるほどに。
白鳥茜は涙をぽろぽろとこぼしながら、よろよろと身をひいた。
そして、涙声で言う。
「作者なんて結局誰だっていいのよ、作者はいなくてもそこに物語は存在するもの……なくならないもの……でもそれは誰かに読んでもらう事でしか生きられない……だから、アタシ、謝らないよ、アタシ、まちがってないもん……」
桐生先輩は白鳥に手を差し伸べ「すまなかった。結局、全てお前達に背負わせるような事になってしまった。つくづく、私は情けない女だな」その慈しむような表情に、俺は驚き、そして懐かしいような、泣きたくなるような感情が湧き上がってくる。
そして先輩は――洋子先輩は、幸子と白鳥に向きあい、二人の肩を抱き、「ごめん……ね、つらかったね」と呟いた。そして、「その役目は私がすべきだったのに、私が不甲斐ないせいでお前達に苦労をかけた」という。
幸子にしても白鳥にしても、先輩が何を言っているのかはさっぱり解らなかっただろう。彼らからみてみれば、先輩はこの部の立役者ではあったが、俯瞰してみればただの売れない女子大生小説愛好家でしかない。今の白鳥はともかく、幸子からしてみればあきらかに姉は格下なのだ。そんな人物から諭されたとて、あの桐生幸子が素直になびくだろうか。
「幸子……受賞作を読ませてもらった」
「お姉ちゃん……読んで、くれたの?」
「ああ、当然だ。素晴らしい出来だったよ、少なくとも今の私には書けない物語だ
――だが、礼は言うな」
「え」
「ご覧の通り、私は書き手として鳴かず飛ばずの三流だ。私の小説では誰も助けることなど出来ていないのだ。そんな愚にもつかん者の評価など、価値はなかろう」
「おねぃ、ちゃん……そんなこと……ないよ、ありがとう」
桐生幸子は消え入りそうな声で言った。もう、さっきまでの荒々しさはどこにもなかった。
「白鳥……貴様も判ってはいると思う。自身が書いたものではない事を知りながらその傀儡の作家を演じ続ける苦悩は、創作者として計り知れない不本意だろう。貴様の言うように、確かに物語など誰が書いたとて、世の中に出さえすればいい。作家の根源的な望みはそれだけだ。著者自身が称賛される事を望んだとき、それは既に作家としての矜持を失っているといってもよい。
あの素晴らしい作品を書いた、かの作家先生の人となりはどの様なものであるのか――そのようないわれは本来不本意であるものなのだ。既に作品はそこにあるのだから、読者は惑うことなく物語に耽溺すればよいだけなのだ。
貴様の思惑を余所に、世間は貴様という作家を読もうとした。それに戸惑い悩み苦しんだ結果であろう、私が喚ばれた理由は。アキラを深く知る人物として。
あの、想像創作媒体規制法施行の端を発しているのは、物語を物語の中だけに収めようとしない強欲、厚かましさ――いや、破廉恥と言ってもいいだろう、作家や読者が物語を純粋に楽しまなくなった事を如実に顕している」
桐生先輩は薄く、ほんのわずかに微笑んでいた。ほとんど誰も解らないだろうが、俺にはそう見えた。
「物語世界が現実を侵食する。実際にあるはずがないからこそそれを望む。だが実際にはフィクションに、ファンタジーに触れ続けた者は、自身の言動を変化させる。それはその当の本人も気づかない程のわずかな変化だろうが――」
「長期間、とりわけ多感な青少年期にそれらに触れた者は、重篤な後遺症を残す――」そう呟いたのは白鳥だ。
「左様。その者が世界を担うに値する立場となったとき――」そこで言葉を句切り、先輩は俺に視線を向けた。
「――せ、世界を変えてしまう……いや、世界が変わる……」
「自分が変われば世界は変わる、変えられるな、つらぬけ、そうしてお前が世界を変えるのだ。かつての師にそのように言われた事があった。
しかし私は単に臆病なままだった。傷つくことを求めながら、大事な人を傷つけることを避け続けていた。傷ついているという事実を隠蔽しようとした。そんなことはないのだと。幸子が悲しむのを見たくはなかった、それが怖くて仕方がなかった。私が居るのだからあなたは傷つく必要などない、そう、思っていた――」
「お姉ちゃん……」桐生幸子の先ほどまでの激しさは失せ、ただ涙目を浮かべる無垢な少女がそこに居た。
「私は幸子にはなにも与えてやれてなかったのだな……いや、それこそが傲慢というものだな、はは……さあ、国重」
そう言うと先輩は俺の手を力強く掴んで、幸子の方へと引いた。




