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息抜きの魔女  作者: 秋谷イル


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13/24

朝顔と鈴蘭(前編)

「ね~? ほんとに引っ越すの~?」

 少女は自分の服を大きなカバンに突っ込み、唇を尖らせぶーたれた。長く伸ばした髪は左右に分けて縛っている。色は鮮やかな青。魔法使いの作った染料で染めた。元は瞳の色と同じ薄茶。人気のデザイナーが手がけビーナスベリー工房が量産した安価なのに先進的という洒落た服を着ており、メガネにも野暮ったくない明るいピンク色の細いフレームを使用している。

 つまりは典型的な都会っ子。だから両親の決めた引っ越しに反対なのだ。

「何度も言ったでしょ、とても名誉なことなのよ? なにせ神子様を二人も生んだ村なんだから!」

「ただのド田舎じゃ~ん」

 彼女はあの村が嫌いだ。二年前の秋の始め、家族全員で赴き初めて祖父と顔を合わせた父の故郷。たしかに景色は良かったし食事も美味かったが、ぶっちゃけ言えばそれだけの場所。なんでもある都会で育った自分には、なんにも無いあの村は退屈すぎる。

 でも両親は移住を決意してしまった。特に母が乗り気。この裏切り者、つい最近まではこちら側だったのに。主に経済的な理由で父の実家へ顔を出すのを渋っていた。ところが一昨年の旅行以来、少しずつ心変わりが進んでしまったのだそうだ。


『山間の村でのんびりスローライフ。そんな人生もいいわよね』


 な~にがスローライフか。これからいよいよ青春真っ盛りという年頃の娘には地獄以外の何物でもない。

 そこに加えて昨年のあの“お披露目”である。なんと父の故郷から二人も新たな神子が現れてしまった。熱心な三柱(みはしら)教徒の母にとって、移住を決めるには十分すぎる動機。

「どうせ今年もボンには帰るつもりだったんだ。ちょっと早まっただけと思えばいいじゃないか」

 母に押される形で帰郷を決めた父も、申し訳なさそうな顔をしつつ、やはりどこか嬉しそう。長年確執のあった祖父と和解出来たことにより、父の中からもこちらで暮らす理由が一つ減ってしまった。

「引っ越しと帰省は違います~」

「うるさいなあ、姉ちゃんだってモモにいにまた会いたいって言ってたじゃん」

「それはそうなんだけど……」

 妹ヒルガオの言葉に彼女アサガオは若干気勢を削がれる。ココノ村行きで唯一楽しみなことがあるとすれば、あのモモハルとの再会。いかにも田舎っぽい素朴な性格ではあったものの見てくれはかなり良かった。あんな美少年には都会でだって滅多にお目にかかれるもんじゃない。


 ただ、そのモモハルは現在神子としてシブヤのメイジ大聖堂に住んでいる。もう一人の新しい神子、スズランとかいうあの子がぶっちゃけた“世界の崩壊”を阻止すべく修行中らしい。彼の妹ノイチゴも一緒に保護されているそうな。

 だとしたら、今のあの村は老人ばかりの本当に全く楽しみが無い悲惨な場所ではないか。そんなところに連れて行かれていったい何をしろと?


(じいちゃんの世話でもしてやってくれって期待されてんのかな〜? まあね、嫌いじゃないよ? 田舎の年寄りの割にお洒落だもんね。流石はあたしのじいちゃんだって思った。でも、あの人すごい元気じゃん。まだ介護が必要な歳じゃないっしょ)

 そもそも何が悲しくて十二歳──になるのは三ヶ月後だが──という若さで老人介護に青春を費やさねばならんのか。やはり納得いかない。

「ユウガオも嫌だよね~?」

「……」

 末弟は姉が熱烈なハグを添えて同意を求めというのに沈黙を貫く。なんだこいつと腹を立てて突き放してやると妹が口を挟んだ。

「むだだよ、お姉。ユウガオはむしろひっこしたいんだもん」

「あ? なんでよ」

「だって、ねえ……? ユウガオにもまた会いたい相手がいるもんね」

 ニイッと意地の悪い笑みを向ける次女。ああ、そういうことかとアサガオも納得する。

「だからあんた、机の引き出しに去年のどんぐりを後生大事に隠してんのね」

「なっ、なんでそれを!?」

 やはりか。こいつはこいつでノイチゴにお熱らしい。

「姉に隠し事ができると思うな」

「おかーさーん! ねえちゃんがまたボクのつくえのなかをかってにみた!」

「あ、コラッ」

「アサガオ! やめなさいって言ったでしょ!!」

 藪蛇だった。母に叱られながら弟を睨みつける。ユウガオは母の後ろからべーっと舌を出した。共犯のようなものなのにヒルガオは素早く逃げていなくなっている。要領の良いやつ。ガミガミ説教を続ける母の横で父だけが苦笑しながら引っ越しの準備を続けた。

(ああ、やだなあ……田舎になんて引っ越したくないなあ。友達だってこっちに大勢いるのに)

 母の声を右から左に聞き流し、今日何度目かわからないため息をつく。どうせなら神子達がいるシブヤの方へ引っ越せばいいのに。それなら諸手を上げて賛同する。

 無論その願いが叶うことはなかった。神が実在することは去年知ったので、彼女は彼等をケチな連中と決めつけた。




「なんっで……あたしがこんなことを!」

 ココノ村に移住してから一ヶ月後、とうとうアサガオは爆発する。

 一時間ほど前、村の中をなんとはなしに散策していたら、いきなり祖父に呼び止められ、連れて来られた先は雑貨屋の裏の茶畑。そのまま手入れを手伝わされている。雑草を抜き肥料を撒いて茶葉を摘んで……ただ歩いていただけなのに、どうしてこんなことに?

「ひいっ、また虫が!?」

 葉っぱを摘む手に見たこともない虫が這い上がってきた。慌てて払いのける。

「なんじゃなんじゃ、アサガオは虫が苦手か?」

「得意な女子なんていないよ!」

「スズちゃんは平気じゃったがのう?」

「ッ!」

 祖父の言葉にカチンとくる。また“スズちゃん”か。この村の老人は口を開けば二言目にはスズランスズラン。まだ直接会ったことはないが、そのスズランとやらが人気者だということは嫌になるほどわかった。

(流石は神子様ですこと!)

 苛立ちを込め乱暴に葉を毟り取る。すると祖父に咎められた。

「コラコラ、もっと丁寧にやらんか、木が傷つく。それにまだ早い葉まで摘んじまっとるじゃないか」

「知らないよもう!」

 そもそも自分は農家の子ではない。いや、今は農家の子だけれど畑を継ぐつもりなんて無いのだ。大人になったら絶対ここを出て、また都会で暮らしてやる。

「だいいちここ、うちの畑じゃないじゃん!?」

「カタバミの畑じゃよ。カタバミもスズちゃんもしばらく帰って来られんそうじゃからな、その間は皆で面倒見てやらんと」

 なんだそれ! 神子だとか言うなら畑くらい自分でどうにかすりゃいいんだ!

「あたし帰る!」

「あっ、アサガオ……」


 祖父の声を背中越しに聞き、けれどもその気配が追いかけて来ないことに彼女はしばし葛藤する。そして結局、踵を返した。


「今日だけだかんね!」

「ありがとな」

 祖父は嬉しそうに微笑む。我ながら損な性分だと茶摘みをしながら天を仰ぐ彼女。

 作業が終わった頃には、お気に入りの服が泥だらけになっていた。




 七月のある日、村へ引っ越して来てから三ヶ月後の夜。ベッドに寝転がって誕生日プレゼントに買ってもらった本を読んでいると、妹と祖父の会話が聞こえて来た。

「えっ? モモにい達、帰ってくんの?」

「ボンにな。一週間だけ戻るらしい」

「やっと神子様達にお会いできるんですね!!」

 母の声。喜色満面で飛び上がる姿が想像出来て「まただよ……」と呟く。親だし、もちろん嫌いじゃない。でも神様にお熱なところは大嫌い。

 その神様が実在するとわかった今、なおさらに。

(神様なんて何の役にも立たないじゃん)

 神頼みしたって田舎に引っ越す運命は覆せなかったし、まだ素敵な彼氏も出来ていない。本当にもうすぐ世界が滅ぶなら自分には時間が無いのだ。今のうちに出来る限り青春しておきたいと思うのは当然でしょ? そして、その舞台はこんな農村でなく華やかな都会であるべき。

 ハァ……また嘆息する。ため息をつくと幸せが逃げると言うけれど、現状がすでに不幸なら関係の無い話。

(あ~あ、まあ、モモハル君が帰って来たら少しは楽しめるか)

 一昨年は面白い反応を楽しめた。せめてあの美少年をからかって遊ぼう。彼氏にするかどうかは、もう少し品定めして決めよう。




 そしてボンの日──

「おーい、スズちゃん達が帰って来たぞ」

「おー、来た来た来た」

「神子様!!」

 外から聞こえて来た声に喜び勇んで駆け出していく祖父と母。遅れて父と自分達姉弟もついていく。

 村の中心の馬鹿でかいカエデの木の下には、すでに人だかりが出来ていた。少し離れたところに数台の立派な馬車が停まっている。護衛と思しき騎士達もいた。流石神子、丁重に扱われている。

 輪を作っている老人達が邪魔で肝心の神子達とその家族の姿は見えない。まあ焦るこたないかなどと思っていると、人垣が突然割れて隙間から母が顔を出した。いつの間に中へ入ってたんだ?

「ちょっとあなた達、何をしてるの! おじいちゃんが神子様にご紹介してくださるって言ってるわ! 早くいらっしゃい!!」

「へいへい」

 そんなに興奮することはないでしょ。神子ったって元はここに住んでた田舎者なんだよ。アサガオはユウガオの手を引いて輪の中へ入って行く。

 まずモモハルが正面に立っていた。片手を上げてフランクに挨拶する。

「あ、やっほーモモ君。ひさしぶ……り……」

 そして、その隣に立つ少女の姿を認めた途端、言葉を失ってしまう。

「あなた達がクロマツさんのお孫さんね? はじめまして、スズランです」


 反則だろ!?


「は、はじめ……まして」

 差し出された右手を握り返すうち、自分の顔が引きつっていくのがわかった。

 肩に届く長さで切り揃えられた反射光が七色に輝く白髪。透き通った海のように青い瞳。極めつけは同じ人間なのか疑ってしまうほど精緻に形作られた可憐な容姿。

 美少女なんて言葉じゃ生温い。これは本当に反則だ。自分みたいな一般人の対抗できる相手じゃない。

(やっぱり神様なんてクソだよ……)

 不公平だ。この世にこんな人間が存在するなんて。しかもそれが神子? えこひいきにもほどがある。そりゃ皆に愛されるってもんだ。その顔を見ているだけでアサガオはどんどん卑屈な気持ちになっていく。

 どんなに着飾ったって努力してお洒落を追求したって本物には敵わない。生まれついての美人に、そうでない者達が勝てるわけはないのだ。

「ハァ……」

「あの、調子が悪いんですか?」

 こちらの顔色が悪いと気付き、心配そうに覗き込んで来るスズラン。

 あーはいはい、性格までいいんですか、ご立派ですね。

「別に、なんでもないよ」

 せめてもの反抗のつもりで、アサガオはそっぽを向いた。




 久しぶりだからまず村の中を見て回りたい。スズランがそう言うので、大人達は彼女とモモハル、そしてノイチゴを解放した。老人達は久しぶりに帰って来た三人をひとしきり愛でた後、今度は最近生まれたというスズランの弟に夢中になっている。

「べろべろばあ~」

「かわいいのう、やっぱり赤ん坊はええ」

「ショウブちゃーん、ワシらがお前さんのじいちゃんじゃよー」

「あははは、よかったねショウブ。おじいちゃんとおばあちゃんがいっぱいだ」

「大聖堂ではどうじゃ?」

「皆さん良くしてくれています。ハナズ様が特にショウブのことをお気に入りで」

「あの方はノイチゴのことも可愛がってくれてるのよね」

「ほ~、なんとまあ意外と子供好きなんじゃなあ。ワシゃ七王の皆様てのは、もっと怖い方々かと思っておったが」

「そんなことはありませんよ。一人だけ、ちょっと怖い人はいますけど……」

「ミツマタ様も、あの戦好きさえなければ良い人なんだけどね」


 そんな彼等の会話に聞き耳立てつつ、スズラン達の後ろをついて歩くアサガオ。祖父が「子供同士で遊んで来るとええ」なんて余計なことを言ったせいで自分達も村を見て回ることになった。別に興味無いのに。

 ところが消極的な彼女とは逆に、妹と弟は積極的に絡んで行く。


「ねえねえ、さっきノイチゴちゃんに“スズねえ”って呼ばれてたよね? わたしもそう呼んでいい?」

「もちろん、クロマツさんのお孫さんなら私の妹みたいなものだわ」

「やったー!!」

 要領の良いヒルガオは早速スズランに取り入っていた。なにがスズねえだ、お前ら一歳しか違わないだろ。

「あ、あ、あの……お、お久しぶり、です」

「うん、久しぶり。それで?」

「え?」

「それで?」

「あ、あうう……」

 気の弱いユウガオは二年ぶりに再会したノイチゴにじっと見つめられ早くも挙動不審になっている。

(あの子、気が強いからなー。ユウガオじゃ釣り合わないっしょ)

 兄に似て顔も良い。自分の弟では相手にされないと思う。

 まあ、それはこちらも同じか。

 チラリとモモハルを見る。彼がスズランを見つめる時、その表情は常に穏やかな笑みだ。それだけで彼が誰を想っているかは丸わかり。

(そういえば前に会った時も、やたらあの子の話をしてたもんなー)

 あの時点で気付くべきだった。自分なんかハナから相手にされていないのだと。あんな美少女(ばけもの)を見て育ったモモハルには普通の女の子なんか猿にしか見えないだろう。

 心がささくれ立っていく。

「ロウバイ先生のおうち、なんともないわね」

「心配してたもんね」

 北の端っこの家まで来たスズランとモモハルは、そんな会話を交わして頷き合う。

「まだ向こうに行って一年経ってないんでしょ? そう簡単に壊れたりしないよ」

「そうよね、先生が心配し過ぎなんだわ」

 アサガオの言葉にくすくす笑うスズラン。別に自分が笑われたわけでもないのに馬鹿にされたような気がした。

 そこから子供達はぐるりと村の外周を移動して行く。次は東へ。

「ウメさん来てなかったね。調子が悪いのかな?」

「心配ね……」

 そう言って東の高台に建つ家へ入って行く二人。アサガオ達も後へ続くと縁側に二つの人影があった。

「おお、スズちゃん、モモハル、ノイチゴ。帰って来たんだねえ」

「久しぶりウメさん」

「すまないねえ、今日は腰の調子が悪くてさ、モミジさんとこまでは行けなかったよ」

「気にしないで。腰が痛いなら、ええとメカコ、黄色い瓶の薬は持って来てる?」

「はい、こちらに」

 スズランの問いかけに頷き、薬箱から言われた通りの瓶を取り出したのは、農村に似つかわしくない赤毛のメイドさんだった。前々から思っていたが、どうしてこんなところにいるんだろう?

「この薬はね、皮膚の上から塗ってもそれなりに効くけど……」

 スズランがそう言って瓶の蓋を開けると、直後にどういうわけか中の膏薬の一部が空中へ浮かび上がった。というか何かに引っ張り出された感じだ。

(糸……?)

 見えない糸に薬が付着しているような不思議な光景。驚くアサガオ達の前でその何かがメカコの手により服をまくり上げられたウメさんの腰の前へ移動し、ストッと音を立てて突き刺さった。

「あつっ」

「ごめん、痛かった?」

 小さく悲鳴を上げたウメさんの顔を覗き込み、心配するスズラン。

 しかし村の最長老は笑って首を横に振る。

「こんなの腰痛に比べりゃ大したこたあないよ。お? おお~っ、スウッと痛みが引いて来た」

「こんな風に針に塗ってツボを刺すと効果が倍増するの。効きも早くなるしね。後でツボを教えてあげるから、メカコ、私がいない間は代わりにやってあげて。薬もたくさん作り足しておくわ」

「了解しました」

 頭を下げる謎のメイド・メカコ。どうやらこのメイドの主はスズランらしい。

(なんなのこいつ?)

 メイドなんて普通、大商人か貴族でもなければ召し抱えていない。しかも自分より一歳年下なのにあんな医者みたいなことまで出来るなんて。どれだけ立場と才能に恵まれたら気が済むんだ。

 アサガオの中の嫉妬の炎は、ますます強く燃え上がった。

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