剣士と依頼
正裁の魔女ベロニカと戦った翌日、ココノ村唯一の鍛冶屋に郵便配達員クチナシと通訳のスズランが来店した。
「ツゲさん、クチナシさんが剣を買いたいと……」
「ああん? 今ちょっと忙しい! 後にしてくれ!」
トンテンカン、トンテンカンと小気味良いリズムで槌を振るうヒゲもじゃの老人。タイミングの悪いことに作業中だった。
「後にって……折角のお客さんなのに」
“邪魔しちゃ悪いし座ってよう”
「そうですね」
クチナシの提案に従い、隅っこに置かれた椅子を持って来るスズラン。
「どうぞ」
“スズちゃんは?”
「一脚しかないんです。お客様を立たせておくわけにはいきませんし、私はこのままでも大丈夫」
まだ小さいのにしっかりしている。感心したクチナシは素直に椅子に座った後、自分の膝を埃を払うように叩いてから両腕を広げた。
「……なんですか?」
「……」
無言でそのポーズを続けるクチナシ。スズランはしばし躊躇ったものの、一向にやめてくれないので折れることとする。
「まあ、同性ですしね」
十五歳以下は対象外とも言っていたし他意は無いのだろう、多分。
クチナシの前で後ろ向きになり、膝の上に勢いをつけて飛び乗る。次の瞬間、予想外の感触に思わず叫んだ。
「固っ!?」
ガーン! という音がどこからか響く。前に回された両手が手話で弁明する。
“剣士だから!”
「あっ、そ、そうですよね。すいません、鍛えてるんですよね」
“そうそう”
「お腹も……うわすごい、亀の甲羅みたい」
“やめて”
「あ、でも後頭部には意外と柔らかい感触が……」
“小さいけどね”
「いえいえ、これはなんだか頭を預けるのに最適な弾力と硬さで……ちょっと眠く……」
次第にうとうとし始めたスズランは直後に本当に眠ってしまった。昨日は大変だったし疲れが溜まっていたんだろう。
なにせ災害に見舞われた隣村で人命救助をして、教会の諜報部員と戦い、全速力で引き返したかと思うとそのまま正裁の魔女との戦いに突入。彼女を倒したと思ったらドラゴンが現れ空中で肉弾戦。
うん、疲れない方がおかしい。
(オラも昔はヤンチャしたなあ)
頑張った少女の頭を微笑みながら撫でてやる。人間離れした異常な力に特別驚いたりはしない。なにせ彼女自身も“そちら”側の住人だから。この静剣の魔女は斬れないものはあんまり無い世界一の大剣豪なのである。
しかし次の瞬間、その涼やかな目はクワッと見開かれた。
(なんだあこれ!? 物凄く手触りがいい……! 極上の絹みてえだあ!)
スズランの白い髪はとても滑らかでうっとりする触り心地だった。
いや、髪だけではない。
(くうっ……それに、この尻……ふわっふわの感触が膝に乗ってる! 子供だから体温も高くて細っこい見た目通り体重は軽い。ウサギさんを乗せてるみてえだあ……!)
普段ほとんど働くことのない乙女回路が全力稼働してしまいそう。まさか、ただ触れているだけでこんなに気持ちの良い生物がこの世に存在していたとは。
(カタバミさんがいつもスズちゃんをだっこするはずだべ……これは病みつきになる)
クチナシの指は無意識にスズランのほっぺをつついていた。もちもちで吸い付くような感覚。これもまた至高。
「ハァ〜……」
思わず喋れない設定を忘れ、そんな声を出してしまった時、作業に没頭していたはずのツゲさんから釘を刺される。
「そこまでにしとけ。あんまりやり過ぎるようなら、うちの店にゃ出入り禁止にするぞ」
こくこくこく。クチナシは高速で頷き、同時に万歳の形で手を上げた。
途端、スズランがずり落ちそうになったため慌てて手を回す。
あ、お腹もあったかい。
「……」
ツゲさんは今度は何も言わなかった。彼の基準では、このくらいなら良しとしてくれるらしい。
(あぶね〜、剣買えねぐなるとこだった)
まあ、無くてもそんなに困らないのだが、世界一の剣士と呼ばれている自分のイメージを崩さないためにも、やはり長剣の一本くらいは腰に差しておきたい。いつもとバランスが違うのも気になる。
そんなことを考えていると、今しがた打ったばかりの鍋を持ち上げ、ジッと目を凝らし表面を見つめているツゲさんが再び口を開いた。
「剣なら好きなのを持ってけ──と言いたいが、お前さん昨日スズちゃんを助けてくれたらしいな」
“こっちも助けられましたよ”
手話で答えたものの、やはり通じた様子は無い。
「ちょっと待ってな。こいつが出来たら剣を振る姿を見て、それからぴったりなのを一本打ってやる。礼だからな、代金はいらねえ」
“というわけでツゲさんに打ってもらったのが、この剣です”
「へえ、なるほど良い腕だ。ココノ村にドワーフの血を引く鍛冶屋がいるとは聞いていたけど、ここまでの仕事が出来るなら弟子に欲しいな」
物作りの神、鍛神ストナタリオの神子アカンサスはクチナシから借りた剣をまじまじと観察し、そう評価する。
「ちゃんと君の身体構造や重心の置き方に配慮してある。僕が打っても似たような感じになるだろう。素晴らしい」
“きちんと鋼の重みが感じられるのもいいですね。軽い剣も悪くはないんですが、やはり重い方が剣という感じがする”
「そこは君の腕なら単なる好みの問題だろうが、つまりは言葉も通じないのに君の好みに合わせてくれたわけか」
“だと思います”
「よし、今度スカウトに行こう」
「話が逸れてる」
遅まきながらすぐ横で本を読んでいたシクラメンが彼を制した。ちなみにここはシブヤ大図書館内にある彼女の私室。
「ああ、ごめんごめん、そうだった。あまりに見事な仕事だったから」
「物作りのことになるとこれだから……クチナシに話があるんでしょ」
“なんです?”
珍しいなと思った。アイビーにはよく仕事を貰いに行くけれど、この二人と絡んだことはあまりない。
「いや、実は君に頼みたい仕事があるんだ。引き受けてもらえたら、何年かはそれに専念してもらうことになる。だから、まずは本人の意志を確認しようと思ってね」
何年も? それは困ると慌てるクチナシ。あの事件から半年、最近ようやくナスベリの警戒心が緩くなってきて、いよいよ口説き落とそうとしている時に身動き取りにくくなる仕事は──
「先日、僕等神子と七王で協議した結果、アイビーには決戦時、中央大陸の防衛に徹してもらうこととなった。それで彼女はしばらく聖域に釘付けになるから、今まで彼女と僕達で行っていた界壁強化術式の点検を誰かに手伝ってもらいたい。しかし他の子達は特訓で忙しい。なので君に西の大陸を任せられないかと思ったわけだ」
「行ぎます!」
クチナシは即決した。手話で会話することも忘れた。
西の大陸! 男も女も美形だらけのエルフの楽園!
昔から一度は行ってみたかった!
「ひゃっほう! エルフだエルフ! オラの夢がまた一つ叶う!!」
「……本当にこの子でいいの?」
「うん、困ったことに他に出来そうな子がいない」
ナスベリやロウバイは深度向上訓練と決戦に向けた準備で大忙し。クルクマは血の匂いを嫌うエルフとは相性が悪い。そもそもスズランから離れたがらない。主戦力のスズランとモモハルに任せるのは論外。スイレンを貸してくれないかとイマリ王に頼んだら、すげなく却下された。オトギリもクルクマと同様の理由でまだ無理だろう。そもそもそこまで信用していない。エルフ達はプライドが高く半端な実力者では神子の代理だなどと認めてもらえない。
となると、消去法でクチナシしか任せられる者はいないということになる。
彼女の場合、スズラン達と一緒に修行する必要も無くて暇なのだ。一度だけナデシコのところへ連れて行ったら“彼女に特訓は必要無いね”と、すぐに帰されてしまった。何もしなくても十分な“深度”に達しているらしい。つくづく常識が通じない。
「あの性格だ、向こうで何があっても飄々と生き延びるだろう。痴情のもつれで修羅場になる可能性もあるけれど」
「エルフと人間の関係が悪化しないといいわね……」
「やった、やった、やった」
無口なはずの郵便配達員は大喜びで踊り続けた。
数日後、西の大陸の港町。森に住むことを嫌った変わり者のエルフ達が集うその場所に一隻の船がやって来た。
小舟だ。手漕ぎボートである。あらかじめ来客があることを知らされていたエルフ達も、その小ささには驚いた。ひょっとして予定していた客ではなく、運の悪い漂流者なのではないかと疑ったくらいだ。
船から降りて来た若者──見た目は男性のように見えるのに、魔力の質は女性。そんな奇妙な、それでいてエルフも顔負けの美貌を誇る剣士はうっとりした笑顔を浮かべ一通の封書を差し出す。
一人のエルフがおそるおそる受け取ってみると、若者は両手の指でせわしなく様々な形を作った。
“郵便で~す! 神子のアカンサス様から、お手紙預かって参りました。あと術式点検の仕事も引き受けて来たので、これからしばらくの間よろしくお願いしまっす!! ここまで送ってくれるって言われたんだけど、アカンサス様達も忙しくて、待ち切れないから自分で船こいで来ちゃいましたよ”
ところが彼女のその挨拶に誰も良好な反応を示さない。全員が“なんだこいつ?”的な表情で眉をひそめている。
クチナシの頬を一筋の汗が伝った。
(あれ? もしかして手話わがる人いねんだべか?)
どうしたものか──三秒くらい考えてから、彼女は爽やかな笑みを浮かべる。
(まあ、なんとかなっべ!!)
その笑顔に見惚れた若い娘を一人捕まえ、とりあえず村か街まで案内してもらうことにした。
かくして中央大陸から来たこの風変わりな使者に、これからしばらくの間、西の大陸のエルフ達は振り回されることになるのだった。




