ノア様との秘密
くよくよしていても仕方ないので、翌日からまた熱心にノア様の授業を受けるようになりました。
他の王子様を鑑賞して、目の保養にしつつノア様の授業を受ける。
これまでと何も変わらない生活。
だったはずなのですが。
「ジュリア嬢。今日のおすすめは何かな」
「今日は、ラムチョップがオススメですわ」
ノア様がラムチョップを摘んで口に入れる。
そう。
あの日以来、ノア様が私のお昼を摘み食いしにくるようになったのです。
「あの、ノア先生?よろしければ、これからノア先生の分もお弁当を作らせますが……」
「いや。そんなにはいらないんだ。ジュリア嬢のを少し分けてもらえるだけで」
そう言っては、何かしらおかずを摘んで去っていく。
「でも、これもあと数ヶ月でお終いなんだな。
君にも、いい縁談が沢山来るんだろう」
「ノア先生は、どなたかと婚約されてますの?」
「いや、一人だよ。なんでだい?」
「だってノア先生は、トリス国の第一王子でいらっしゃるでしょう?」
「なんで……それを」
あ!
失敗しましたわ。
ノア先生はあくまでもお忍びの身。
主人公であるリリアン様ですら、卒業パーティーまでは知らない情報でしたのに、うっかり口に出してしまいましたわ。
「それは……あの、以前トリス国を父と訪れた際に拝見して……」
しどろもどろで答える私は、さぞや怪しく見えることでしょう。
でも、ノア様はふぅっとため息をつくと小さく肩をすくめた。
「まさか、この国に王家の人間以外で私の正体を知っている人がいるとは思わなかったよ。
でも、できればこれは秘密にしてほしいな」
「も、もちろんですわ」
私はコクコクと首を振って肯定した。
「ありがとう。じゃあこれは、私とジュリア嬢だけの秘密だね」
そう言って、そっと私の唇に人差し指を当てられました。
この場にはティレーズもいますが、出来た侍女というのは空気のように存在感を消し、主人の秘密を守ることができるので安心です。
「でも、ノア様に婚約者がいらっしゃらないとは思いませんでした」
ノア様は22歳。
適齢期は過ぎています。
しかもこの整った容貌。
貴族の女性が放っておくとは思えないのですが。
「私は変わり者でね。自分の相手は自分で選ぶから、と父上に宣言して、こうして色々な国を渡り歩いているんだよ」
「伴侶探しの旅ですのね。少し羨ましいですわ」
「このガサツな性格が災いして、なかなかいい人が見つけられなかったんだけどね」
「ガサツだなんてそんな!ノア様は素敵です。
授業に真摯に取り組む姿勢も、柔らかな物腰も」
はっ!
つい熱く語ってしまいましたわ。本人に……
思ったとおり、ノア様はクスクス笑っていらっしゃいます。
「面と向かってそんなこと言われたのは、初めてだよ」
「はしたない真似を致しました」
赤くなった頬を押さえます。
「ジュリア嬢は、素直なんだね。それに、私に負けず劣らず変わり者だ。他の令嬢は、みんな少しでも王子達に近付こうと必死なのに」
「王子様方が見てらっしゃるのはリリアン様だけですし、私は王子様方で目の保養ができればそれで充分ですので」
プッ、とノア様が吹き出した。
「目の保養って……ジュリア嬢はおかしなことを言うね」
クスクス笑ってらっしゃいます。
でも本当のことですし。
ただ、貴族の令嬢としてはふさわしい言動ではなかったかもしれませんわね。
「秘密に、してくださいますか?」
「いいよ。これで、お互い秘密を分かち合ったもの同士だ。これからもお互い秘密に、ね?」
薄茶の髪が風に揺られて、卒倒しそうなくらい素敵です。
私は髪と同じ薄茶の瞳を見つめ返して、小さく頷きました。
ノア様と二人だけの、秘密の共有。
また一歩、ノア様に近付けた気がします。
残り数ヶ月、楽しく過ごしたいですものね。