新米執事アイン
アイン視点です
入学式から戻られる王女様を待っていたら、王族の紋の入った馬車が近づいてくるのが見えた。
マルコ様と姿勢を正してエントランスでお出迎えの準備をする。
馬車から降りられるエスコートをしようと前に出ると、マルコ様に止められた。
「今日はバトン様とご一緒のはず。エスコートはバトン様がしますので、我々はお手荷物をお持ちして、お茶の準備。それからこれからのスケジュールをお伝えするだけでいいです」
バトン様とは、王女様のご婚約者。
幼い頃からのお付き合いらしく、とても仲睦まじいらしい。
俺はまだお二人が一緒のところを見たことがないので、よく知らないのだけど。
エントランス前に馬車が停まり、扉を開けると、背の高い整った顔立ちの男性が降りてきた。
中に手を差し伸べ、王女様が降りられるのをエスコートされている。
正直、とても絵になる二人だと思った。
バトン様はこの上なく甘い瞳で王女様をご覧になっていて、王女様もそれに微笑み返す。
それは、俺が今まで見たこともないような優しい微笑みだった。
まさに、童話に出てくるような王子様とお姫様だ。
「おかえりなさいませ、王女様」
「マルコ、アイン。ただ今戻りました。それとアイン?王女様じゃなく、ノエルと名前で呼んでと言ったじゃない」
「失礼いたしました、ノエル様」
バトン様は送ってきただけらしく、また馬車に乗り込む。
「ありがとうございました、バトン様。お気をつけて」
「ああ。またね、ノエル」
一瞬、ほんの一瞬だけど、バトン様は俺を厳しい目でチラリと見た。
まだ、見習いから半人前になったばかり。
何か失礼があっただろうか。
不安になってマルコ様に視線を向けると、気にするな、と短く答えが返ってきた。
「ノエル様。お着替えをなさっている間にお茶の準備をさせていただきます。
本日のこれからのスケジュールはその後にお伝えいたします。
他に何か、御用はございますか?」
ノエル様から荷物を受取り、尋ねる。
「今日のお母様のご予定は?お話する時間はあるかしら」
「王妃様はただいま公務中ですが、お昼からは少しお時間が空きますので、3時のお茶はご一緒できるかと」
マルコ様が流れるように答える。
そうだ。
ノエル様専属とは言っても、他のご家族のスケジュールも把握しておく必要がある。
俺は脳内のメモに書き加えた。
「ありがとう。では、3時のお茶をご一緒したいと伝えてくれるかしら。お話したいことがあるの」
「かしこまりました。では私がお伝えいたしますので、この後のスケジュールはアインからお聞きになってください」
「わかったわ。ありがとう、マルコ」
マルコ様が立ち去り、俺はノエル様のお荷物を持って先を歩く。
あまり早くなりすぎないよう、ノエル様のペースに合わせなければ。
お部屋につくとドアを開き、お荷物を定位置に置く。
ノエル様が別室でお着替えをなさっている間に手早くお茶の準備をする。
ノエル様は少し温めがお好み。
砂糖はスプーンで2杯、この季節はミルクは入れない。
教わった通りに準備し終わると、ちょうどノエル様がお着替えを終えてテーブルにつかれた。
「うん!おいしい。アイン、お茶を淹れるのが上手ね」
「もったいなきお言葉にございます」
「今日の予定は?」
「は。この後はご昼食、それから魔法のレッスンが2時までございます。その後は特に予定は入っておりません」
「魔法のレッスンね……お母様みたいに素敵な魔法を使えるようにはなりたいけれど、レッスンは苦手だわ。アイン、あなたはもう魔法が使えるようになったのでしょう?魔法は好き?」
ノエル様のお言葉に少し考える。
「私は王妃様とノエル様の魔法で傷を癒やしていただいたので、そういう意味では好きでございます。
それに、大切な方々のお役に立てるので、もっと多くの魔法を使えるようになりたいとは思っております」
「真面目なのね。メリー、あなたはどう?」
「私も魔法は苦手ですわ。扱いが下手なところは、どうやら母に似たようです」
ノエル様がクスクスと笑う。
ああ。天使の微笑みだ。
そこにマルコ様が戻ってこられた。
「ノエル様。王妃様より3時のお茶をぜひご一緒にとの伝言を承っております」
「よかったわ。出来るだけ早くお話したかったから」
「それでは、我々はこれで失礼いたします。
ご用がございましたらお呼びくださいませ」
マルコ様と一緒にノエル様のお部屋を出るとマルコ様は廊下の先に歩き出した。
マルコ様はアルフォンス様の執事もされておりとてもお忙しいのだ。
「アイン。ノエル様のベルの音を聞き逃さないように」
「はい」
これがなかなか難しい。
仕事もせずにノエル様のお部屋の外に控えているわけにもいかず、かといって離れすぎてはベルの音を聞き逃してしまう。
俺はノエル様がのんびりされた頃を見計らって、ご昼食にお連れした。
その後は予定通り、魔法のレッスンを終えて、3時になると王妃様とお茶をする中庭までお供した。
「ノエル。話したいことがあるんですって?」
「ええ、お母様の縁結びお茶会を開いていただきたいのです」
縁結びお茶会?
聞きなれない言葉に内心疑問に思っていると、隣に控えていたメリーが教えてくれた。
なんでも、王妃様のお茶会に参加すると、良縁に恵まれたり、婚期が訪れるらしい。
ほとんど口を動かさずに話すメリーを見て、俺も見習わないといけないな、と思った。
「私に縁結びの力なんてないのに。
それで、どなたが参加されるの?」
「ルディちゃんとシエルちゃんですわ。お二人とも、お慕いしている方がいらっしゃるの」
「まぁ。それではマリアンヌ様をお呼びした方が良さそうね」
その言葉に俺はスッ、と動いてマリアンヌ様が普段いらっしゃる厨房横の小部屋へ急いだ。
マリアンヌ様はいつもここで新薬の開発などをされているのだ。
「失礼いたします、マリアンヌ様」
「あら、アイン。怪我の具合はどう?痛みはすっかりなくなった?」
「ありがとうございます。痛みもなく快調でございます」
「出来るだけ傷が残らないようにしたかったのだけど、結構残っているでしょう?ごめんなさいね」
「いえ。私は命を救っていただいたことだけでも感謝しております」
「まあ、男性だし、いいかしらね?それで、なんのご用?」
「はい。後日王妃様がノエル様のご学友をお呼びして縁結びお茶会を開催されるご予定でして、マリアンヌ様にもご参加いただきたい、と」
「んー、なるほどね。では日にちが決まったらまた連絡をちょうだい」
「かしこまりました。では失礼いたします」
王妃様の元へ戻ると、俺は小さく頷いてみせた。
「マリアンヌ様はOKね。いつがいいかしら。
学園がお休みの日がいいでしょうから、5日後の、次のお休みの日にしましょうか」
「シエルちゃんたちに伝えますわ」
「私のお茶会なのだから、私からもそれぞれのお宅へ招待状を送るわ」
「ありがとう、お母様!」
ノエル様はとても嬉しそうだ。
この方には、本当に笑顔がよく似合う。
もっと、もっと見ていたい。
笑顔だけでなく、いろんな表情を。
「アイン?どうかしたの?」
メリーにコソッと聞かれて、私はハッと我に返った。
何でもない、とメリーに首を振る。
仕事中に他ごとを考えるなんて、執事失格だ。
気合を入れ直した私を見て、王妃様はいたずらっぽく微笑まれた。
「アイン。基本的には女性だけのお茶会だけど、あなたも参加してみる?」
「お戯れはお止しくださいませ」
答えながら考えていた。
参加したら、孤児の俺でも恋をすることが出来るだろうか。
素敵な女性と恋をして、数年したら結婚して子供を作って……
無意識にその相手の姿をノエル様に重ね合わせていることに気がついて、俺はきつく目を閉じた。
俺は一体、どうしてしまったというのだろう。
こんなことではいつまで経っても1人前の執事になどなれやしない。
俺はポアロ様のように表情を無にした。
「アイン、あなた……」
王妃様の気遣わしげな小さな声は、誰にも届くことはなかった。




