お菓子と天使
アルフォンス視点です
その日私は、天使を見つけた。
お母様専用の厨房のそばを通り掛かったとき、ふと甘い匂いがした。
きっと、またお母様が気分転換にお菓子を作っているんだろうと何気なく覗くと、そこにはお母様だけじゃなくて、もう一人、お姉様と同じくらいの女性がいた。
すぐに立ち去るつもりだったのに、その令嬢のクルクル変わる表情や、一生懸命に作っている姿から目が離せなくて、しばらくじっと見ていた。
(少しでいいから、話をして見たいな)
私は、タイミングを見計らって、お母様に声をかけた。
クロエと名乗った令嬢は、やはりお姉様のご友人で、私を見る目はとても優しかった。
クロエ嬢の作ったマカロンを食べさせてくれるというので、ありがたく頂戴した。
私はお母様に似て甘いものは好きだけど、際限なく食べるほどじゃない。
でも、クロエ嬢の作ったマカロンは優しい味がして、つい、手が止まらなくなってお母様に注意されてしまった。
夕食のデザートの分は別にあると聞いて、きっとこれはご友人と食べる分だったのだろうと悟った。
謝った私に、クロエ嬢は優しく微笑む。
「いえ。こちらこそアルフォンス様に食べていただけたなんて光栄です」
クロエ嬢、天使だ……
お姉様も天使みたいだけど、クロエ嬢も間違いなく天使だ。
ピンクのフワフワした髪も、小柄な身体も、性格も、何もかも天使だ。
感動していた私を無視して、お母様が聞き捨てならないことを言った。
「これで、バース様にも堂々と渡せる自信が少しはついたんじゃない?」
「そうかもしれません。早速明日、バース様に差し入れにいきます!」
「無理をしないで、あなたらしく渡せばいいのよ?」
「はい。ありがとうございます!」
「バースって、誰?」
名前から言って男だということはわかる。
きっと、クロエ嬢にとって特別な相手だということも。
「バース様というのはね、クロエちゃんの初恋のお相手よ。
アルもクロエちゃんが好きなら、応援してあげて」
この場でお母様にこう言われてしまっては、頷くしかできない。
「はい。クロエ嬢、頑張ってください」
鋭いお母様のことだから、きっと私の気持ちにも気がついているはずなのに、応援してくれないなんて。
とりあえず。クロエ嬢には笑顔を向けて、この場は引くことにした。
あくまでも、この場は、だ。
「アルフォンス。あなたもいつかきっと、この人しかいない、と思える相手に、出会えますからね」
クロエ嬢が帰ると、お母様が言った。
「早く、そんな相手にお会いしたいです」
まぁ、もう見つけてしまったけど。
「あら、それならお見合いパーティーでも開く?」
お見合いパーティー!
国内外の独身の貴族令嬢が集まるパーティーだ。
もしかしたら、クロエ嬢も来てくれるかもしれない。
「ぜひ、開いてください。それから僕をお母様の縁結びお茶会に参加させてください!」
もう、藁にもすがりたい気分だ。
「わかりました。お見合いパーティーの前に、縁結びお茶会を開きましょう」
「ありがとうございます!楽しみだなぁ」
クロエ嬢はまだ交際していないみたいだし、私にもチャンスはある筈だ。
まずは、お兄様にバースという男のことについて聞いてみることにした。
学園から帰ったお兄様にどんな人物が聞くと、お兄様より1学年上の先輩で、騎士を目指して毎日休み時間になるたびに鍛錬をしているらしい。
そのおかげで、成績は今ひとつのようだ。
出自はカルーア国王の王弟のご子息。
特別な関係の女性はおらず、好みのタイプはお姉様。
これだけ分かれば充分だ。
相変わらずお兄様の情報網は素晴らしいと思う。
その夜、晩餐ではデザートに、クロエ嬢の作ってくれたマカロンが出た。
いつものようにティーダ叔父様の分も貰って食べる。
お菓子ってこんなに美味しいものだったのか。
きっと、クロエ嬢の優しさがこもっているからだろう。
その翌日もクロエ嬢は来ていたけど、お姉様もいたから声をかけなかった。
お姉様は天使のように可愛らしくて良い方なのだけど、不器用に何かを混ぜている姿を見て、そっとその場を立ち去った。
その翌日に開かれたお見合いパーティーには、一番来てほしかったクロエ嬢の姿はなかった。
それから幾日も経たないうちに
「今日はクロエ嬢がお越しですよ。この課題を終わらせれば、本日の王子教育は終了です」
マルコに試されるような目で見られて、私は結構本気で課題を片付けていった。
山積みだった課題がみるみる減っていく。
「お疲れ様でございました。そう言えば、今日辺りは中庭のバラ園が綺麗でしょうね」
マルコの言葉に、私は一目散に中庭を目指した。
でも。
バラ園のベンチに座ったクロエ嬢は、泣いていた。
私の姿に慌てて涙を拭い、最上級の礼をする彼女に、楽にするように言って、涙の理由を尋ねる。
困っていることがあるなら、力になりたい。
経験値は私の方が低いだろうけど、何かアドバイス出来るならしてやりたい。
「ちょっと、失恋をしてしまっただけですの」
こんなに素敵なクロエ嬢を振るなんて。
相手の男は余程見る目がないに違いない。
それにしても、私にとっては僥倖だ。
純粋に慰めているうちに、彼女に笑顔が戻った。
少し強引になってしまったけど、またお菓子作りに来てもらう約束も取り付けた。
きらびやかなバラの中に、一輪だけ咲いていた清楚な白い花をプレゼントする。
謙虚な彼女にはぴったりだと思った。
その晩の晩餐の席で、デザートを食べ終わるタイミングで私は切り出した。
「私も婚約したいです」
「先日のお見合いパーティーで素敵な令嬢でもいたかい?」
まさか。
あんな香水と化粧の匂いを撒き散らしてギラギラした目をしている女性に心惹かれる訳がない。
「いえ。私が婚約したいのはお姉様のご友人のクロエ・オブライエン子爵令嬢です」
「えっ!」
お母様とお祖母様、それにお姉様が驚きで声を上げました。
「アル。あなた、見る目があるわ。クロちゃんはとても素敵な令嬢よ」
「そうだな。確かにノエルの言う通り見る目がある。クロエ嬢はマナーもしっかりしているし、学業も頑張っているみたいだし、何より自分に嫌がらせをしていた令嬢を許して友人になるくらいだ。とてもいい子だと思うよ」
お姉様はもとより、普段は女性を見る目が厳しいお兄様もクロエ嬢のことは認めているみたいだ。
「クロエちゃん、ねぇ……」
複雑な顔をするお母様。
お母様は、身分で人を差別したり結婚を反対する人ではないと思っていたのですが………
「子爵家の令嬢では、私の婚約者には相応しくありませんか?」
「いや、子爵令嬢でも本人が努力すればアルのお嫁さんには出来るよ。花嫁教育には時間がかかるかもしれないけど」
「そうね。クロエちゃんなら問題ないと思うけど……クロエちゃんは今それどころじゃないかもしれないわね」
私の質問にはお兄様が答えてくださいました。
お母様の言葉で、お母様が複雑な顔をしていた理由もわかりました。
「事情はある程度知っていますが、私は諦めるつもりはありませんよ」
やっと見つけた、私の運命の相手。
誰に何を言われようと、手に入れると決めた。
「そうねぇ。一応、クロエちゃんの気持ちも聞いてみましょうね。婚約も結婚も、強引に進めるのはあまりよくないですからね」
「はい。是非聞いてみてください。
でも私は、どんな答えが返ってきても、クロエ嬢を諦めるつもりはありませんけど」
にっこり笑って言うと、お姉様はいつも通りキャッキャッしていたけれど、お兄様だけ意味深に笑った。
うちの兄弟は、一度人を好きになるとすごく一途だ。
きっと、私が強引にでも早めに婚約したいと思っていることを見抜かれたんだと思う。
そして私は、クロエ嬢も満更でもない、という嬉しい返事をもらった。
とりあえず、仮の婚約者。
2ヶ月後の誕生日パーティーで正式に婚約発表をする予定。
でも、待ちきれない。
そう思っていたら、お姉様が援護してくれた。
私に、プロポーズの機会を与えたいらしい。
お姉様は、お父様とお母様の馴れ初めが大好きなのだ。
プロポーズする為の舞台として、1ヶ月後にパーティーが開かれることになった。
そしてパーティー当日、王族の席から見えるクロエ嬢は、とても緊張しているみたいだ。
でも大丈夫。
クロエ嬢が毎日ずっとダンスのレッスンをしていたことを知ってる。
努力はきっと、実を結ぶから。
少しくらい危なっかしくても、私がリードすればいいだけの話。
私はすぐにでもクロエ嬢の元へ行きたかったのだけど、寄ってくる令嬢方をお断りしている間に思いの外時間がかかってしまった。
「私と踊っていただけますか?」
それまで不安そうだったクロエ嬢が一気に笑顔になった。
ああ、やっぱりクロエ嬢は天使だ。
その後、ダンスの邪魔をしようとする令嬢がいたり、シャンパンを持ったお姉様が後ろから押されて、クロエ嬢のドレスにシャンパンがかかって急遽着替えたりと色々あったけど、クロエがプロポーズを受けてくれたから、それだけでいい。
着替えのためにクロエを横抱きにして歩いている間、私はクロエに囁いた。
「あと6年も待てない。今すぐ結婚したいよ」
クロエはとても驚いた顔をして、それから真っ赤になった。
ああ、可愛い。
本当にいつまでも愛でて、触れ続けていたいほど可愛い。
お父様ごめんなさい。
今までお母様をベタベタに甘やかす姿を見て、少し引いていましたけど、今なら気持ちがわかります。
やがて、出席者たちも三々五々散っていって、クロエも帰宅することになった。
私はクロエの家までエスコートして、クロエのご両親にご挨拶をした。
悪い印象を与えていないといいのだけど。
それにしても、本当に学園卒業までの8年が待てない。
トリスは学園を卒業したら大人という扱いなので、貴族などは大抵学園卒業と同時に婚約者と結婚したりする。
でも、私の卒業まで待ってもらっていたら、クロエは行き遅れスレスレになるし……
少し考えて、私はお兄様に相談することにした。
そして、お兄様は思いもしなかった簡単な方法を私に教えてくれた。
それは……スキップ制度。
13歳に満たなくても入学に必要な実力があれば学園に入学出来、
更には、成績優秀者は飛び級する事もできる。
これなら、16歳まで待たなくても、クロエと結婚することができる。
さすがエドワード兄様だ。
私はさっそく、お父様に王子教育をハイペースで進めてもらうようお願いした。
お父様は察したみたいで、頷いてはくれたけど、
「無理はするなよ?」
とだけ仰った。
少しの無茶は、いいよね?
可愛いクロエと結婚するためなんだから。
私はその晩、とても満足して眠りについた。




