魔法使い登場!
(ついにこの日が来てしまった…)
学校の廊下、高口賢吾は憂鬱な面持ちで自身が受け持つ教室に、とぼとぼと向かっていた。
今日は2月3日。
節分の日である。
高口はこの日が来るのを至極恐れていた。
「先生、もうすぐ節分ですね」
生徒が言ったこの言葉。
節分に絶対に何かあると、高口は確信していた。
しかし数日、なにをすることもできず、ただ悶々と悩むだけ悩んだだけで、当日を迎えてしまったのだった。
高口は今、なにがくるかわからない恐怖でストレスに苛まれている。
……。
ま、僕はわかるんですけどね。
なにせ、これから起きることは僕が計画したことなんですから。
あー楽しみ。
え?
僕が誰かだって?
そんなの、決まってるじゃないですか。
心も読める魔法使いですよ。
そして語り手もできちゃう魔法使いですよ。
まぁ、厳密にいうと、魔法使いじゃあないんだけど、魔法使いってことでよろしく。
☆☆
教卓の上に、生徒名簿をバンと置く。
浮かれ気分の教室が静かになる。
「さぁ、ホームルームを始めるぞ〜…」
自分でもびっくりするようなテンションの低さで声かけをする。顔はきっと真っ青になってると思う。ほとんど前を向いてない状態でうつむき、ぐったりしながら、今俺は教室に立っている。
ここ数日、胃がキリキリキリキリ痛くてしんどいのだ。ほんと、近いうち普通に病院行ってこようと思う。じゃないと死ぬ。
「先生大丈夫ですか?」
生徒の声が聞こえる。
声をかけた方へ目を向けると、教卓のすぐ前の女子生徒が話しかけていたようだった。
だが、その生徒と同時に、相沢も目に入った。
その女子生徒の座っている席の列の一番後ろに相沢が座っている。少し心配そうな目を向けている。
(まったく誰のせいだと思ってるんだ)
相沢に対して軽く怒りが湧いてきたものの、俺は姿勢を正して深呼吸をした。
(生徒に心配されながらホームルームをするなんて教師としてあるまじきことだ。たとえ胃が痛くても業務はまっとうしなければ)
「大丈夫だ。すまん。さてホームルームを始めようか」
俺は使命感を持って、胃の痛さを抱えながらも通常通りにホームルームを開始した。出欠を取り、そして今日行われる節分行事について説明をした。
節分行事はシンプルなものだ。
鬼役の先生がそれぞれの教室にやってきて、豆を投げつけるというもの。それで終了。
ちなみに鬼役は俺はやらない。鬼役は熱血漢でいかにもスポーツやってますといった、がたいのいい体育担当の杉村先生だ。正直、俺も含め他の先生はみんな嫌がってたので、自ら喜んでやってくれた杉村先生にみんな感謝してる。
説明途中、生徒からヒソヒソと楽しげな話し声が聞こえてくる。俺は相沢の様子を伺っていたが、ニコニコ行儀よく座っているだけで、何の変化もなかった。そして驚くことに、節分行事はスムーズに進んでしまった。生徒に混じって相沢も普通に豆を投げつけて参加していたのだ。
そしてあっという間に放課後になった。
心配して胃がキリキリ痛んで死にそうになってた俺がバカみたいに節分行事は終わった。
教室内、プリントを整理しながら、生徒が帰っていくのを見送る。
整理が終わり、職員室に行こうと動くと、俺のすぐ目の前に相沢が立っていた。
「おわ!」
俺は驚いて声を上げてしまった。
てっきりみんな帰ったと思ったからだ。
周りをみると相沢以外は誰一人いない。
確かに一度教室から出たのをみたはずなのに。もしや外で待っていて、また戻ってきたのだろうか。
「節分イベント楽しかったですね」
ニコニコ笑顔で相沢は言う。
「でも私が豆にならなかったから、先生つまらなかったでしょ〜」
「まったくそんなことはない。魔法にかけられ、解除条件がつけられている今、豆にならないのは大正解だ」
言いながら冷静に自分の言葉を考えてみると魔法とかまるでメルヘンだなって思った。豆がメルヘンを打ち消しているが。
「ふふ、でもご安心ください」
なにがだ。
「節分はまだ終わっちゃいませんよ☆」
なんだと。
相沢がにこやかに意味深な言葉を発する。と同時にどこからか少年の声が聞こえてきた。
「高口先生、ゲームしましょう!題して節分ゲ〜ム!」
俺はキョロキョロしてあたりを見回す。そして後ろを見ると、教室に相応しくない少年がいた。歳は12〜15あたりにみえる。髪は茶髪で軽く跳ねていて目は青く、服はまるでゲームに出てくる魔術師のローブのようなものを着ている。端正な顔立ちだ。
少年の目は輝いて、俺を見つめている。
相沢が少年の元へ駆け寄って行く。
少年の隣にまで近寄ると、突如相沢は跪き、少年にむけ手をひらひらさせて、輝いた顔でバッとこちらを向く。
「先生、魔法解除条件の話、ここにありです!」
「そうです、私が魔法使いです!」
少年は得意げにそして鼻高々に胸を張る。
なんだこいつら仲良しか!
なにか物があれば二人に投げつけたい気持ちになった。なるべく痛いのを投げつけてやりたい。
「いやぁ、相沢さんのおかげで楽しめそうです!会えてよかったなぁ」
「私も〜」
魔法使いは穏やかな表情で相沢に笑いかけ、相沢もにこやかにみつめている。
私もじゃないだろ。
いいのか!?
相沢、そんな軽く考えてていいのか!?
少年が目をキラキラさせながら、俺に振り向く。
「ルールは簡単!豆の相沢さんを守るだけ。それでオッケーです!必要に応じて、敵をぶっとばしてくださいね?確か、節分って鬼とかそういう悪いものブン殴って倒していくそんな行事だと聞いてます!」
「ん?ちょっとまて。なんだかちょっと改変されてないか。そもそも節分ってのは豆を投げつけーー」
つい一昨日調べたことに関して話し出そうとするが遮られた。
「あー、そういう説明はなしでお願いしまーす」
「お願いしまーす」
なぜか相沢も一緒に遮る。
(くそぅ、相沢ーー!)
俺の怒りは魔法使いではなく、相沢に集中した。
「ともかく、豆に変わった相沢さんを守ってください。そんで敵を倒すか、あるいは僕が楽しめたら、解除条件とか魔法消しておきますから!」
魔法使いはウインクした。
そしていつのまにか豆に変わっていた相沢は魔法使いのすぐ足元でこちらをみている。いや、みているのかわからないけど、なんとなくそんな感じがした。
なんだかものすごく面倒なことになっている。そしてなんだかものすごくファンタジーなことになっている。
俺、普通の教師なんだけど。
苛立った俺は魔法使いの近くにいる豆を素早く床から拾い、足早に魔法使いの元から離れ、手のひらの上に豆をのせ、片手でチョップした。俺の怒りをチョップに込めてみた。
しかし、なかなか当たらなかった。
くそう、小さくて標的が定まらない。
豆「先生、愛の力で乗り越えましょうね☆」
馬鹿げたことを抜かすので、全神経を集中させ、チョップを高速で繰り出す。
当たるたびに豆が上下にものすごい速さでびょんびょん振動している。気がすむまでチョップした後、手のひらでゆらゆら豆がゆれていた。
豆「目が回る〜」
漫画なら、豆の目はきっとバッテンになってるだろう。
教室内。
まったく節分行事は終わったってのに、こいつと二人で節分大会か。いや、魔法使いとかな。
はぁぁぁ憂鬱すぎる。
なんでそんなことにならりゃあかんのだ!
憂鬱すぎて心で悪態をついていると、魔法使いがにこやかな顔でこちらを見ていた。
「ふふふ、開始時にはちゃんと魔法で空間改造しますからご安心を」
うわー……。
そう思っていた矢先、扉が開く音が聞こえる。
「高口先生、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
寺島だ。
豆を手に持つ俺をみて寺島が固まり、しまったという顔をしている。そして、少年に気づいたようだ。みるみるうちに顔が青白く変化していく。
何かを察したのだろう。
寺島が扉を閉めて逃げようとするところを俺は逃すものかと全力で阻止した。
そして逃亡寸前の寺島の肩を掴み、飛びっきりの笑顔でこう言った。
「助かった…!」
寺島は心底嫌そうな顔をして言う。
「最悪だ…!」
扉を開けたことを全力で後悔している寺島の表情をみながら、俺はとりあえず安堵したのであった。




