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1章【始まりは緩やかに】

ハイ本編スタート!

「あんたさー、ホント生意気なんだよね」

 己を取り囲む数人の女子生徒のリーダーと思しき上級生が、いらだたしげにそう言い放つのを聞いて、(あきら)は全く関係ないことを考えていた。

(今夜は西の倉庫街にいこうかなー。まだ行ったことないし、おもしろそうだし)

「ちょっと、何とかいいなさいよ!」

(あ~、でもあの緑のカラギャン探すのも楽しそうだしな~)

「聞いてんのか、お前!」

(てかなんで・・・って、おっとぉお)

 どうやらあまりの反応のなさにキレたらしい女子生徒の一人が明の胸倉を掴んできた。

「ええっと、私はなにかしましたっけ?」

 ハッキリいって、目の前の女子生徒を明は知らない。

 いきなり教室に来て、この非常階段につれてこられたのだ。

「だ~か~ら~ぁ!一年のブンザイで和一様(かずいちさま)の周りをウロチョロしないでもらえる?って言ってんでしょうが!!」

「人の話聞けよ!!!!」

「かず・・・・ああ、三吉委員長のことですか?別に普通に委員会の仕事してるだけですよ。紛失図書の報告とか、新刊本の話しかしてませんし」

 彼女たちの和一様とは、明が所属する図書委員会の委員長の三吉 和一(みよしかずいちのようだ。

 彼は柔らかい物腰で端正な顔立ちの上に文武両道ということで、女子生徒の間ではアイドルのような扱いをうけている。(・・・らしい)

「そんなものあの担当に言えばいいでしょ!?なんでいちいち和一様にいう必要があるのよ!」

渡部先生(わたべせんせい)はほとんど図書室にいないからです。でも、ほら委員長はいつもいらっしゃいますし」

 明にとってはごく当たり前のことを言ったつもりだった。

「お前生意気なんだよ!」

 反論できなくなったのか、一人の女子生徒が殴りかかってきた。

(あ、ヤベ・・・この人陸部の部長じゃん)

「あの、そんな「神崎さん!」

「!?」

 女子生徒に牽制をしようとした瞬間、まったがかっかた。

(て、てんこうせ~;;)

 明の背後から声をかけてきたのは、今日転校してきたばかりのクラスメイト、仄宮だった。

「な、何?えと・・・仄宮」

 無邪気に笑っているクラスメイトに顔をひきつらせなが、明は、聞いた。

「なんか、図書委員長さん?が呼んでたよ。図書室こいって」

 突然の呼び出しに嫌気を覚えながら、女子生徒たちを振り返った。

「・・・行っていいですか?」

 いきなり現れた仄宮に固まっていた女子生徒が、一言。

「走って行きなさい!!和一様を待たせるんじゃないわよ!」

 ・・・どうやら今日のところは解放してくれるらしい。

「・・・・仄宮感謝!」

 一言だけつぶやくと、明は思い切り駆けだした。

 

   * * *



管理塔、3階の一番奥。


 図書室の扉をあけると、委員長である三吉が長机の一つに座っていた。

「や!明ちゃん!ごめんね、急に呼びだして」

 悪びれた様子もなく、にこにこと笑いながら、三吉は小首を傾げた。

 その動きに合わせて、さらさらとした髪が頬を滑る。

「毎日じゃないですか、そんなの。まぁ今日は変なのに絡まれてたから助かりましたけど」

 机の一つに自分のカバンを置きながら、明はため息をついた。

(多分、放課後ここで仕事してっから絡まれたんだろうけどね)

「ええっ!大丈夫!?なんなら帰りは送ってこうか!?また明ちゃんが絡まれたりしたら大変だし」

 おろおろとそんなことを言い出した三吉はかなり本気で心配しているのがわかった。

「大げさですよ」

(つうかそんなのしてもらったら余計に目つけられるし)

「で、今日は何をするんです?」

 ことさら元気な声を出して三吉に訊ねた。

「うん、今日はリクエストの中からどれを新刊本として先生に申請するか決めたいんだけど、手伝ってくれないかな」

 にっこりと笑いながらきいてくる三吉に対して、明はため息をついた。

「・・・・・それ、普通は副委員長と委員長が決まめるもんでしょ」

 明はただの1年生で、そんなことには普通関わらない。

 しかも人手が足りないのではなく、最初からここには明と三吉しかいない。

「うん。でも明ちゃんのほうが僕たちより本に詳しいから」

「いつもそれじゃないですか・・・・」

 委員会で提出される企画が明の発案であることはよくある。

 明が話していてたまたましゃべってたことを、三吉はすぐに渡部に話してしまう。

 その結果、その案があっさりとおってしまうのだ。

 最近では三吉は図書室のことは副委員長の田中ではなく、明に相談するようになっており、結果的に明は毎日放課後は図書室で過ごすようになっていた。

「で、このリストなんだけどね、とりあえずあんまり新しいシリーズを増やすのは良くないから、最低限けれだけはってのを中心にいれていこうと思うんだ」

 三吉がとりだしたのは、約100冊の本の名前が書かれた紙だった。

「えっと・・・上に行くほどリクエスト数が多いんだけど、なんかヤバイのあるかな?」

「そうですね・・・この本は描写がグロいのでダメです。あと、占いとかまじないの本が多いですか、それならこの夢占いの本と、これが詳しいのであとははぶくのをお勧めします。それから・・・・あとは特にないですね」

 明がざっと目を通しながら一息にそれだけいうと、三吉がメモをとった。

「それにしても、上位8冊がオカルト系なんてある意味すごいですね・・・しかも宗教系とかの貸出も最近増えてませんか?」

 ふと、リストを眺めて気になったことを言ってみた。

「ん?そういえばそうだね~。ブームなのかな?なんにしても、本に慣れてくれればうれしいよ、僕は」

 相変わらずにこにこしながら、三吉は答えた。

「ネットとかではそんなことないんですけどね・・・」

「ウチだけなんだね、それじゃ」

「ですね」

 明は何となく嫌な予感を覚えつつ、一応は同意しておいた。

(だいたい、なんで本格的な黒魔術系が7冊もはいってんだよ・・・)

 明が薦めた本は簡単な白魔術にはしたのだが。

「で、あと何するんでしたっけ?」

 とりあえずやるべきことは終わったので、聞いてみた。

「今日はここまでだよ。あ、そうだ!明ちゃん甘いもの好きだったよね?」

「?ええ」

 三吉のいきなりの言葉に疑問を覚えつつも、そのとうりなのでうなずいた。

(そんな話したことあったけ・・・・)

「じゃ、駅前でクレープ食べない?いつも仕事手伝ってくれるからお礼におごるよ」

「いえ、いいですよ。あ、でもクレープは最近食べてなかったんで一緒に行きますか?」

 満面の笑みで誘われれば、さすがに断る気にもなれず、結局代案を言ってみた。

「うん!じゃ、いこっか!校門でまってるね」

 無邪気そういうと、三吉はあっという間に行ってしまった。

「はっや」

 小さくつぶやくと、カバンを持ち、図書室の鍵を返しに職員室のある1階へと階段を下りる。

「お、神埼今日も鍵当番か。いつもすまんね」

 途中、職員室の前で美術教諭が背後から声をかけてきた。

 振り返ったこにいたのは、見るからに気の弱そうな30代半ばの男性だった。

「はい。あ、先生書き預かってもらえます?」

「え?ああ、いいぞ。んじゃ返しとくわ」

「ありがとうございます」

 鍵を先しながらお礼をいった。

「じゃぁ、気をつけて帰れよ」

「はーい。さようなら、せんせー」

 小さく手をふると、小走りに昇降口に向かった。

 下駄箱には誰もおらず、小さく拳をにぎった。

(よっしゃ今日はすんなり帰れる!)

「あ、明ちゃん!!」

 靴を履き替えて正門に行くと、先に来ていた三吉が満面の笑顔で迎えてくれた。

「早いですね」

(まぁ、この人走ってたけど・・・・)

「あははは。2年の下駄箱のが近いから!」

「・・・・・・テンション高いですね、先輩」

 三吉はいつも明るいが、こんなも異常なテンションは見たこともなかった。

「だって、これから明ちゃんとクレープ食べに行くんだもん!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それにしては異常だ。

 三吉と明は特に恋仲などではなく、ただの仲の良い先輩後輩のはずだ。

 それとも、明が知らないだけで三吉はそんなにクレープが好きなのか。

「クレープ好きなんですか????」

「ん????言うほどでもない、かな」

 三吉は明以外の女子ならとろけそうな笑みを浮かべながら振り返った。

「ならなんで、そんなテンション高いんですか?」

 呆れながらの問いに対して、一言。

「明ちゃんと一緒だから!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

(反応に困るよ・・・)

 明からしてみれば、ただの委員会の先輩にそんなことを言われてもどう切り返せばいいかなどわかるわけもなく、ただ、黙るだけだ。

「初めてだよね!!図書室以外で一緒なんて!!!」

「・・・・・・そうですね」

(・・・・・・・もう、帰っていいですか???)

「そういえば、なんであたしが甘いものスキって知ってたんですか??」

「ああ!!それね。だって明ちゃん街で見かける時、いつも飴なめてるもん❤」

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「よく知ってますね・・・・」

「フフフ❤」

(なんだか、だんだんこの人がわからなくなってきた・・・・・・)

 明は確かに街を歩く時、飴をなめる。

 しかし、それはつい最近の習慣で、人に気づかれるとは思っていなかった。

「あと、音楽も好きだよね!特にアニソン!!!」

「・・・・・・・・・だからなんで知ってんですか?」

(この人はストーカーか?)

 明は確かによくアニメの主題歌などを聞いているが、誰にも話してないのだ。

 その上、CDを借りにいくのも早朝か夜なので対外明以外の客はいない。

(なんで知ってんだ・・・・・この人。気持ち悪い・・・・・・・・・)

「フフフ。僕の情報網はすごいんだから!!」

「・・・・・てか、なんであたしの個人情報調べてんです?」

「それは、僕が明ちゃんを好きだから!!」

 満面の笑み、それはもう大輪の花のようでいて、(明以外の)見る者を蕩かすような、そんな笑み。

 が、

「・・・・・・・・・・・・・・・・・さようなら」

 一言だけ言うと、明は踵を返し全速力で走りだした。


    *  *  *


 明は俗にいう『オタク』といわれる種類の人間だった。

 毎日学校から帰るとすぐさま私服に着替え、街の中を歩き回る。

 ただし、全く目的もなくそうしているのではない。

「さて、今日はどっちに行こうかな」

 己の興味をひくものを常に探しているのだ。

 どんな些細な非日常でも、それを面白いと思えばすべてを知ろうとする。

 それが明だった。

 そして、今明が興味を持っているものは二つ。


 都市伝説”西倉庫街の魔女”

 島に突如現れたカラーギャング”クレイジーグリーン”


 その二つのだった。

「・・・・今日は倉庫街に行こうかな。せっかく新しい情報も入ったことだし」

 ”倉庫街の中心で死の唄を唄う”

 それは数年前に流行った都市伝説の一節だった。

 明は首からポケットに入れたウォークマンでお気に入りの曲を聴くためにイヤフォンをつけ、一番好きなレモン味の飴を口に放り込んだ。

「そういや、今日来た仄宮ってなんか雰囲気ヘンなんだよね。転校生からかな?」

 遅れてきた転入生、仄宮 蓉。

 不思議な落ち着きと、いつも退屈そうな眼をした秀才。

 表面的にはいつもわらっているが、明にはどこか無理に笑っているように見えるのは気のせいか。

「あ、委員長どうしよ・・・・・・・」

 明にとっての最も大きな課題。

 それは、図書委員長、三吉 和一からの告白だ。

 明としては、なるべくなら波風立たないように断りたいのだが、いかんせん三吉は天然なのだ。

 遠まわしに断っても、きちんと意味を理解してくれるという保証がない。

 何より、この件で余計に上級生に目をつけられるのは何としても避けたい。

「・・・・誰かにフェイクで彼氏役を頼む・・・・・・・・」

(誰にだ・・・・・・)

 明の男友達は彼女が居るものと、とある女子に猛アタック中の者しかいない。

 なのでもちろん頼めるわけもなく、明自身に好きな人もいない。

「恋愛に興味がありません、でいいかな?」

 他に思いつかないのだからこれでいいだろう、とそんな風に思っていると、視界がふさがれた、そして・・・・

「だ~れだ☆」

 声が降ってきた。

(み、三吉委員長~・・・・・・)

「・・・委員長、何してんです?こんなとこで」

 ここはすでに倉庫街に入っており、とくに店などないために人通りもない。

「ん?明ちゃんを見つけたから❤」

 目隠しをはずした三吉はにこにことしながら明の前に回り込んできた。

「それより、どうしたの?明ちゃんこそこんなところで」

(・・・・ホントのこと言ったら絶対についてくるよね、この人)

「散歩です」

 ギリギリ嘘ではない無難な答えを行ってみた。

「ふ~ん?そか。魔女を探してるんじゃなちゃいいや。アレは危険だからね」

 笑顔でそう言われ、ギクリとした。

 なぜならばその魔女こそが明がこの倉庫街に来た本当の目的だからだ。

「なんで危険なんですか?」

「それは・・・・逢えばわかると思うよ。なんせ彼女の僕は元殺し屋なんだから」

(元殺し屋・・・・)

「そうなんですか。なら気をつけますね」

 明はにっこりとほほ笑んで、その場をあとにすることにした。

「あ、そうそう。何かあったらいつでも相談してね、特に魔女のこととか」

「はい」

 後ろからのまるで明の目的を知っているかの様な三吉の言葉に、内心冷や汗を流しながら、微笑みながらうなずいた。

「それではまた明日」

「うん。また明日図書室で待ってるから」

 そういうと、三吉はゆっくりとどこかに立ち去った。

「元殺し屋、ね~・・・・」

 そんなものが居るとしたら、確かに恐ろしい。

 そもそも居るか居ないか半信半疑だったのだが、さっきの三吉の言葉は明らかに”居る”と断定したものであり、確実に正体を知っているような口調だった。

「とりあえず、歩き回りますか」

 そもそも明の持っている手掛かりは”歌”と”海が見える場所”の二つだけだ。

(治安悪いから日暮れ前にはでなきゃな・・・・)

 別に今日見つける必要はないのだ。

 時間をかけて、ゆっくりと見つければ、それでいい。


 * * *

 明はふと、あることを考えながら図書室までの廊下を歩いていた。

(昨日の今日で三吉委員長と図書室で二人っきりとか怖いな~・・・・でも返事は・・・・しなきゃだよね、うん)

 そう、今日明はいつもと違う事情から図書室を目指していた。

(勝手かもしれないけど、今の関係は崩したくないし・・・・・・でもけじめは必要だし・・・・)

 そんなことを考えながら、階段の前を通り過ぎようとした時、誰かの声が聞こえた。

「仄宮?」

 その方向は屋上に上がる階段だったが、鍵がかかっていて屋上には上がれないようになっているので、ひとけがない。

(仄宮、鍵かかってるの知らないから、ただ重い扉だと思ってたりして・・・・?)

 軽快な足取りで、クラスメイトのもとに向かった明の耳に、明らかに場に似合わない声が聞こえた。

「はい・・・・はい、なんとか馴染めそうです。・・・・・え?・・・・・・・・・なるほど、注意して観察しておきます。・・・・・そうですね、ただのどこにでも高校生、といったところですか」

 踊り場におかれた箱の陰から覗いてみると、底には冷たい表情で携帯で話す仄宮の姿があった。

 教室での穏やかで明るい雰囲気は嘘の様になくなり、代わりに触れれば凍傷で火傷するような、そんな空気をまとっていた。

(?・・・なんの話してんだろ・・・・・馴染めそうってことは、親・・・・?じゃないだろ、観察とかなんか・・・・)

「ええ、大丈夫です。やはり転校を一年ずらしたのが良かったのでしょう。・・・・・・なるほど。・・・・・・大丈夫です、俺はメシア様を裏切りません」

(メシア様って・・・・・キ、キリスト????あいつキリシタン??????????)

「では、失礼します」

(どうしょ、この状況!!!と、とりあえず・・・・)

 仄宮が携帯をカバンにしまおうとゴソゴソしだしたタイミングを見計らい、明は隠れていた場所から飛び出した。

「よ!ここは屋上上がれないぞ?」

 笑いながら言ってみたが、頬が少々ひきつるのは仕方がない。明とて良心があるのだ。盗み聞きをして平然といることはできない。

「ええ、でもここ人来ないんで。聞いてならわかると思いますが、あまり人に聞かれたくない電話でしたので」

 爽やかに笑いながら、仄宮は実になんでもないように答えてきた。

(ば、バレてる・・・・・)

「まぁでも、あれですよね。クラスメイトに一人くらい協力者がいるのも、悪くないですよね」

 笑顔の仄宮を見ていると、なんだか背中を嫌な汗が流れたよなきがした。

「きょ、協力者って、まさか・・・・あたし???」

「ええ、当り前です。ああ、でも大したことじゃないですよ、ちょっと図書委員長さんの不思議な言動を教えてくれるだけでいいんですから」

 昨日の言動から、三吉がかなりイカレタ部類の人間だということはわかっていた。

 どこかで何かやらかしていても不思議はないが、その場合明もある程度の危険は覚悟しなければいけないはずだ。

 なんの見返りもないのにそんな危ない橋を渡るのは、何となくしゃくな気がした。

「で、あたしのメリットは?」

「倉庫街の魔女に会える、というのはどうでしょう?」

 倉庫街の魔女。

 明が今もっとも気になっている存在う交換条件が、三吉の話だという。

「ホントに会えるの??」

「ええ、もちろんです。なんなら、ほかの情報も教えますよ?覚悟次第ですが」

 柔らかい、本当に柔らかく爽やかな笑みを浮かべながら、仄宮 蓉が持ちかけたアヤシゲな相談。

 だがそれは、明が求めていた非日常の入り口だった。

「もちろんいいよ。じゃ、さっそくメアドの交換でもしよっか」

 とびっきりの笑顔で、明は非日常の住人に話しかけた。

「ええ、でもなぜ?」

 意味側からいという風情に仄宮は眉根を寄せた。

「男と女があんまり仲いいと、色々勘繰られるからよ!」

「ふ~ん?」

 仄宮の返事はあまり意味を理解していないような気がした。

「いい?学校では今まで通り、連絡はケータイで、ね?」

「面倒ですけど、仕方ないですね・・・・」

 小さくため息をつきながら、それでもうなずいた。

「じゃ、あたし用事あるから!」

「ああ。委員会頑張ってください」

「ありがと!」

 にっこりと笑う仄宮に手をふり、明は図書室へと急いだ。

 いつもは鼻歌まじりであける図書室のドアがとてつもなく重いものに感じるが、それでも開けないわけにはいかない。

 深呼吸を一つして、勢いよくドアを開ける。

「や、明ちゃん♪今日も来てくれたんだ♪」

 三吉はいつものように満面の笑みでそこにいた。

(ケジメ・・・は、いるよね?)

「あの、先輩、あたし・・・・」

「知ってるよ?」

 断ろうとした時、三吉が明の言葉を遮った。

「え?」

「明ちゃんは恋愛に興味ないんでしょ?僕はただ宣戦布告のつもりで言っただけだから、気にしないで?」

「・・・・・・・・」

(せ、宣戦布告???)

「要するに、これからガンガン口説いてくから気をつけてねってこと❤」

 スッと明に顔を近づけると、三吉は耳元で囁いた。

「!?」

「ふふふ。あ、アレだよ?昨日明ちゃんにちょっかいかけた子達には僕がちゃんと言っといたから安心してね?」

 花のような、という言葉が何よりも似合う笑みを湛えながら、図書室の王子は明に囁く。

「えっ・・・と・・・ありがとうございます・・・」

「ふふふ❤放課後はいいね♪僕ら以外に人がいないから!!」

 三吉が笑いながら何か言うたびに、明の体感気温は1℃づつ下がっていくような気がした。

(ヤバイ!ヤバイ!!ヤバイ!!!)

 危険だということだけは何となく空気でわかってきていた。。

「えっと・・・・今日は何か仕事ありましたっけ?」

 反応のしようはがよくわからなくなり、いつものようにそう聞いてみた。

「ん~、今日はないかな?あ、でも新しい本は入ったよ♪」

「え!?ホントですか!!?」

 本の話になったとたん明の声が一オクターブ上がった。

(し、新刊本~~❤でも、ここにはあんま居たくない・・・・)

「まだ登録できてないから借りれないけど、よんでく?」

 笑顔で差し出されたのは明が読んでいたシリーズ本の最新刊。

 いつもならものすごい速さでうけとって、そくざに読んでいる。

「・・・・・・・」

 しかし、今はいつもとは状況が違う。

 はたしてここに長いしてもいいのかどうか。

「ははは。大丈夫、なにもしないから、ね?」

 小さく首を傾けながら三吉が言った。

「じゃ、お言葉に甘えて!!」

 明はすぐに受け取って本を開いた。


     * * *

 午後九時 三吉邸

 

 窓から美しい月が見えるころ、三吉 和一はグラスの中の炭酸水を見つめる。

 考えているのは、もちろん”彼女”のこと。

「ねぇ、ニコラス。アキラちゃんは本当に図書室が好きなんだよ。毎日図書室に来て、本棚の本の整理をして、いつも図書室にいる僕や清水さんなんかと話してる時が一番楽しそうなんだ」

 部屋の中には和一以外、誰もいない。けれども和一はまるで友達と話ているかのように、語りかける。

「僕に好きだと言う人間は星の数ほどいるけど、彼女のように”僕”っていう個人を見てくれる人はそうそういないよ。他の人間は僕の顔や外ずら、この三吉家の跡取りっていう地位にしか興味ないんだから。

 でもアキラちゃんは違う!僕っていう個人を見てくれる!それにきっと彼女は僕の全てを知っても受け入れてくれる!」

 まるで無邪気な子供のように、それは嬉しそうに、和一は笑った。

「知りませんよ、そんなこと」

 突然、和一にこたえる声がした。

 どこからともなく響くような、高くも低くもない、無機質な声。

「ふふふ。ニコは恋愛なんかしたことないもんね」

 和一は背後のベランダを振り返りながら、ことさら楽しそうに笑う。

 そのこにいたのは、長い銀髪をした一人の青年だった。

「そんなものしたいとも思いませんよ。私にとって大切なのはメシアを倒すことのみ。後のことはどうでもいいです」

 どこまでも無感情で無機質な声が夜の空気にしみこんでいく。

「わかってるよ。それにね、僕はこれからはもっと積極的に協力してあげたもいいよ?だった彼女の従者はアキラちゃんに近づきすぎな気がするからね」

 にっこりと笑いながら、和一はそう言い放った。

「・・・・期待しています、東洋の魔術師どの」

「魔女狩りのニコが僕を頼るなんてね・・・・・・ま、僕は魔術師ではなく呪術者、又は陰陽師とでもいった方が正確だけど」

 どろりとした、いつもとは違う笑みを浮かべた和一は、珍しく皮肉を口にした。


    *  *  *

 柔らかい午後の日差しの差し込む美術室で、明は筆を走らせる。

 目の前の描きかけの水彩画ににじませるようにして直接画面の上で色を混ぜる。

 脳内の情景を具現化させるような、そんな気持ちで筆を走らせ続ける。

「神埼、それ何?」

 隣で一緒に絵を描いていた部員の古宮は、明の手元を覗きこみながら訪ねた。

 そこには、緑やオレンジ、黄色などの色が塗られていた。

「森。で、ここに後で水を少なくした白いアクリル音の具で白馬を描くんだ」

「・・・・なんでアクリル絵の具?」

「その方が色が混じりにくそうだから」

「変わんないと思うよ・・・・」

 話ている間も色を塗っていく。

「・・・・・・三吉先輩はやめといたほうがいいよ」

「へ?」

 筆を洗って次の色を作ろうとしていた明は、古宮の方を見た。

「あの人、なんか色々あるみたいだから、あんまり深入りしないほうがいいよ」

 自分の絵に手直しを加えながら、古宮はそう続けた。

「なんでいきなりそんなこと言うの??」

 確かに三吉に告白はされたし、あの男はかなりイカレている。でも、明と三吉は付き合っているわけではなく、ただの先輩と後輩だ。

「なんかね、あの人教室で神埼のことが好きって公言したらしいよ」

「・・・・・ヘン人にうらまれなきゃいいよ、あたしは」

 この間のような呼び出しのような実害さえなければ、明としては他の女子から恨まれようが奇異の目でみられようが関係ないという考えだった。

「・・・・・そっかでも、なんか変な宗教に手出してるみたいだよ・・・・」

「・・・・・ビョーキの人?」

「そうじゃなくて、アヤシイ人。変って言ってもよくある新興宗教じゃなくて、一応はそれなりに歴史もあるし」

「じゃ、大丈夫じゃない?」

「だといいけどね」

 再び古宮との会話が途切れると、昨日の仄宮の言葉が耳の裏によみがえってきた。

  『図書委員長さんの不思議な言動を教えて下さい』

 その宗教を探れば、何か面白いことが分かるかもしれない。

 そんなことを考えながら、明は一人、そっと笑った。










先生、まともです。

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