嫌な奴
地面に降り立った金髪の少女は、箒を軽く突き立てると、こちらへ一歩踏み出した。
「先に誰かが戦っているのは分かっていたけど――」
その視線が、樋川を捉える。
「あなただったのね。樋川さん」
小さく息を漏らすように笑い、続けた。
「低位種も倒せないなんて……相変わらずね」
「っ……」
呆れたと言いたげなその声。
この少女が樋川とどんな関係かは分からないが、俺には一つ分かった事があった。
(なんだコイツ……初対面でここまで不快な奴初めて見たぞ……)
正直、既に嫌いになりかけていた俺とは違い、樋川は躊躇いながらも言葉を返した。
「べ、別に助けてくれなくても……私にだってあの魔物くらい……」
「落ちこぼれのあなたが?」
彼女は髪をかき上げ、興味なさそうに視線を逸らす。
「まだ現実が見えていないのね」
「…………」
俯く樋川を見て、俺は思わず口を挟んだ。
「なんだよお前。いきなり来て嫌味ばっか言って」
俺は続けた。
「お前は樋川を見つけたら嫌味を言うようにプログラムでもされてんのか?」
俺の事ではないが、少しイラっとした俺はつい思うままの言葉を初対面の相手にぶつけてしまった。
彼女は一瞬だけこちらに視線を向けた。
値踏みするような沈黙。
そして――
「誰ですの?あなた」
言葉を遮るように、冷たい視線が向けられる。
「は?」
一瞬言葉に詰まる。
その空気を断ち切るように、樋川が割って入った。
「い、いいよ赤城君……貴方は関係ないでしょ」
「あら、お知り合い?」
彼女は俺を上から下まで一瞥し、鼻で笑った。
「見た所、ほとんど魔力も無いようですし――落ちこぼれ同士、お似合いですわね」
「なん……コイツ……」
流石に頭に来た、その時だった。
「ご無事ですかぁぁぁ!!」
遠くから声が響き、車掌が慌ててこちらへ駆け寄ってくる。
「ま、魔物は!?」
息が上がり、肩で呼吸をしながら、現状の確認に移った。
「既に討伐済みですわ」
彼女は淡々と答える。
「状況はアラートで把握しております。ですが、一応確認を」
そう言いながら、俺達は彼女の後に続き、汽車の方へ戻り始める。
道中、彼女は車掌に一つの質問を行った。
「魔除けのランタンは積んでいなかったのですか?義務付けられているはずですが……」
「も、もちろん積んでおります!今までこんな事は一度も……」
車掌の言葉を聞きながら、彼女はふと眉をひそめた。
少し歩いて、汽車に着いた時だった――
「……妙ですわね」
小さく呟き、視線を車内へ向けた。
その時だった。
「魔香……」
ぽつりと漏れた言葉に、俺は反応する。
「魔香?」
横から樋川が小さく答えた。
「魔物を引き寄せる道具。本来は……人のいない場所で使う誘導用の魔道具よ。一般の使用は禁止されてるのだけれど」
「はぁ!?そんな危ないもんが――」
言いかけた言葉を遮るように、彼女は一歩、ある人物の元へと足を進ませ――
目の前で止めた。
「貴方ですわよね?魔香を使用したのは」
その人は、魔物が一番初めに襲い掛かった、ブラウン色スーツの男性だった。
「わ、私!?」
「えぇ、貴方ですわ」
驚きの表情に声。
周囲の者も犯人を見つけたという状況故か、ざわざわとし始めた。
「ば、馬鹿を言わないでくれ、何故私が魔物を呼び寄せねばならない?」
男性は立ち上がり、続けた。
「それに君たちも見ていただろう!?私が魔物に襲われかけた姿を!」
俺や乗客に向けそう問いかける男性に対し、俺も。
「確かに……」
そう呟いてしまった。
だが、彼女だけは冷静に返答した。
「貴方の動機なんて知りませんわ」
「はぁ!?なんだそのいい加減な推理は!」
激昂する男性を遮る様に彼女は告げた。
「ただ……魔香を使用した者はね――」
わずかに口元を歪める。
「前髪の色が一部変化しますのよ?」
彼女はわざとらしく、男性の前髪に視線を向けた。
「なっ!?」
男性は、反射的に窓へと駆け寄った。
自分の髪を必死に確認するのだが――
「ど、どこも変わってないじゃないか……!」
その様子を見て、少女は小さく息を吐いた。
「えぇ、そうですわね」
一歩、男に近づく。
「――今のは私が作った嘘ですもの」
「は……?」
男の顔が固まる。
少女は淡々と続けた。
「ですが、“何もしていない人”はそんな反応はしませんわよね?」
「っ……!」
男の喉がひくりと鳴る。
「えぇ、その動揺こそが証拠ですわ」
その言葉を聞いた瞬間、男の目が、完全に“逃げ場のない獣”のそれに変わった。
「クソがっ!!」
そう言い放った男の手にはナイフが。
そして――
車内に響く悲鳴。
「く、来るんじゃねぇ!!」
男は近くに居た女性の首元にナイフを当てた。
脅しの体制だ。
「樋川、アイツも魔法でなんとかならないのか?」
「む、無理よ……あんなに密着してたら、あのお姉さんにも当たっちゃう……」
この状況を打破しようと、樋川に小声で話しかけたのだが。
犯人と人質の距離故に、打つ手無し――
では無い者が一人だけいた。
「やれやれ、大人しく捕まっていれば良いものを……」
嫌味女もとい、金髪の彼女が犯人に向け、掌を突き出した。
「て、てめぇ!人質が見えてねぇのか!!」
鼻で笑った彼女は一言。
「犯罪者に手加減してあげる程、私……優しくありませんの」
次の瞬間。
――バンッ!!
その言葉が合図かの様に、鋭い破裂音と共に、男性の背中が小さく爆ぜた。
「グハッ!!」
空気ごと押し出されたように、こちらに飛んできた男は。
白目を向いていた。
そしてその男をロープで拘束した彼女は気を失っている男性に告げた。
「入手経路、使用目的――諸々、署で告白してくださいな」
「うぉぉぉぉ!!!」
そのスマートさなのか、そもそも魔法少女ってこう言う物なのかは知らないけど。
車内は歓声に包まれた。
俺たちは完全に……蚊帳の外。
そのまま男を車外に連行しながら、こちらを一瞥する。
そして――
「見習いは見習いらしく、箒の手入れでもしていなさいな」
それだけ言い残し、彼女は男を箒に乗せ、その場を後にした。
「なんだアイツ……むちゃくちゃ嫌な奴じゃん!」
思わず吐き捨てる。
その瞬間――
「まぁ、アレでも腕は確かじゃ」
「うおっ!?」
頭の上から声がして、思わず見上げた。
いつの間にか、ババ様が姿を現している。
「いつの間に出てきたんだよ……」
「一件落着したからの」
軽く伸びをしながら、ババ様は続けた。
「エルミナ・アルヴェイン――萌花の同級生の中でも、極めて優秀な子じゃ」
「やっぱすげぇ奴なんだな……性格は終わってるけど」
「うーむ……」
その言葉を聞きながら、ふと違和感がよぎる。
「……なぁ、ばぁちゃん」
「ん?」
「さっきの犯人の男」
「乗車前に目で追って無かった?」
一瞬の沈黙。
「それにさ、萌花に杖持たせたのも……」
「もしかして全部分かってたとか……無いよな?」
少しだけ間を置いて。
ババ様は小さく笑った。
「さぁて、何のことやら」
「絶対なんかあるだろ……」
俺がぼやいた、その時。
「ありがとうございました!」
振り返ると、小さな少女が駆け寄ってきていた。
「あの時、助けてくれて……本当にありがとうございました!」
深く頭を下げる少女。
その言葉に、樋川は目を丸くした。
「え……あ、えっと……」
戸惑いながらも、少しだけ頬を赤くする。
「……別に、大した事、してないわ」
そっぽを向きながらそう言った。
その様子を見て、俺は思わず笑う。
「素直じゃないなぁ」
「……うるさい」
小さく返されたその声は、どこか柔らかかった。
その時だった。
「そろそろじゃな」
ババ様が空を見上げる。
「汽車が動き出す頃合いじゃ」
前方車両から、汽笛の音が鳴り響く。
「学園までは、もうすぐじゃぞ」
その言葉に、俺は静かに前を見た。




