妄想した世界へ
光に包まれた瞬間、視界が真っ白に染まった。
一瞬、足元の感覚が消えた気がした――
そして次の瞬間。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
俺たちが立っていたのは、広い室内だった。
白い壁と高い天井。床には灰色のタイルが敷き詰められ、さっき俺たちがくぐった扉と同じものが、いくつも壁際に設置されている。
ローブを羽織った職員らしき人達が行き交い、何やら扉を確認したり、書類のような物を手に話し合ったりしていた。
……思っていたのと、ちょっと違う。
もっとこう、石造りの城とか、ファンタジーな街並みとかを想像していたのに。
どちらかと言えば――
「……空港みたいだな」
「まぁ似たようなものじゃ」
いつのまにか俺の頭の上に乗っていた、ババ様の声が返ってくる。
「ここは人間界と魔法界を繋ぐゲートを管理しておる施設じゃ。言うなれば入国管理所みたいなものじゃの」
「入国管理所……」
なんか急に現実味が出てきた。
そんな事を考えているうちに、俺たちは施設の出口へと向かって歩いていた。
自動ドアの様に左右へ開いた扉を抜けると、外の空気が流れ込んでくる。
外に出た瞬間、俺は思わず空を見上げた。
青空。
雲。
遠くに見える街並み。
……見た目だけなら、普通の世界と変わらない。
「なんか、思ってたより普通だな」
「魔法界と言っても別世界では無いからの。人間界と同じ星の上じゃ」
肩の上に乗ったままのババ様が、当たり前の様に言った。
その言葉に「へぇ……」と頷きながら歩き出した俺だったが、ふとある事に気付いた。
「そう言えばさ」
「ん?」
「ばぁちゃん有名人なんだろ?」
俺は歩きながら頭の上を見た。
「このまま駅なんて行って大丈夫なのか?ファンでごった返しになるんじゃ?」
樋川の重鎮発言に、先程の黒ローブの魔法使いの態度。
樋川の言う大英雄の1人が、普通に街を歩いて大丈夫なのだろうか。
するとババ様は、ふんっと鼻を鳴らした。
「安心せい」
「ゲート管理局の者以外、ワシのこの姿を知っとる者はおらん」
「萌花を贔屓していると思われたら厄介じゃしの」
その言葉に、俺の隣を歩いていた樋川が小さく肩をすくめた。
「……すみません」
「謝ることではない」
ババ様は淡々と言う。
「監督官を提案したのはワシじゃ」
「そ、それは私に実践経験を積ませて下さる為で……本来なら私からババ様にお願いすべき事であって……」
「いえ、その、私がババ様にお願いなんて恐れ多いと言いますか……」
1人で慌ては始めた樋川の方をじっと見つめたババ様は深めにため息を吐く。
「相っ変わらずじゃのぉ、お主は」
「その卑屈、悪い癖じゃと言うたであろう?」
俺の頭から樋川の頭にピョンっと飛び移ったババ様は、樋川の頭にポンっと手を置き穏やかな声で伝えた。
「最後まで面倒見てやるから安心せい。」
ババ様は続けた。
「ワシとお主の仲じゃ、良いな?」
「はい!」
その言葉を聞いた樋川のすくめた肩は元に戻っる。
そして、ババ様は前方を指差した。
「ほれ、駅はあちらじゃ」
視線の先には、線路とホームのようなものが見えていた。
そしてその向こうには――
俺の知らない世界が、広がっている。
◇
ゲート管理施設から歩くこと数分。
視界が開けた先に、小さな駅舎が見えてきた。
石造りのホーム。
錆びた様な色のレール。
そして――
ホームに停まっていたそれを見た瞬間、俺は思わず声を上げた。
「うぉぉ!!」
黒い車体。
前方から白い蒸気を吐き出す巨大な機関部。
まるで映画や漫画で見たような――
「汽車だ!!」
思わずホームの柵に身を乗り出す。
「コレコレ!俺の妄想してた魔法世界って感じ!!」
テンションが上がり過ぎて、思わず拳を握りしめた。
その横で。
「汽車でそんなに興奮してたら」
呆れた様な声が聞こえた。
「学園に着いた頃には死んでんじゃないの?」
「……え?」
俺は勢いよく振り返った。
「学園?」
「あれ?ババ様、説明して無かったのですか?」
樋川は、再び俺の頭に戻ったババ様の方へ視線を向けた。
「汽車の中で説明しようとしていたのじゃが……」
ババ様の言葉に樋川は続いた。
「私たち、これから魔法学校に行くのよ」
「……マジで?」
俺は再び汽車を見る。
魔法の世界。
魔法の列車。
そして――
魔法学校。
「いやちょっと待て」
「それ俺、完全にファンタジー主人公のルートじゃん」
「はぁ……バカバカしい」
樋川は深くため息を吐き。
その様子を見て、ババ様は小さく笑った。
◇
ホームの端。
俺とババ様は汽車と樋川を待ちながら立っていた。
「樋川のやつトイレ長いなぁ……」
「これ!お前は本当に足りたらんな……」
ポンではなく、コツンっとババ様の手が俺の頭に当たった。
「いてて……」
叩かれた場所を押さえていた時だった。
「何が長いって?」
「うおっ!」
背後から聞こえた声に振り返るとそこには、腕を組みながら、鋭い目つきで睨む樋川がいた。
「い、いや別に……」
「ふーん……」
その視線は更に鋭くなったのだが。
「はい、これ」
視線を必死に逸らした俺に、樋川は何かを差し出した。
「ん?何これ」
受け取ったものは小さな紙。
どこか見覚えのある形状だった。
「何って切符よ。これを買いに行ってたの」
「俺の分も買ってくれたのか?」
俺の問いかけに少しのため息。
「だって赤城君、お金持ってないでしょ?」
「いやいや、お金くらい俺にだって――」
俺は財布を取り出し、千円札を広げた。
そのお札を見た樋川のツッコミは素早く――
「使えるわけないでしょ」
そして続けた。
「そもそも通貨が違うのよ」
よく考えれば当たり前の事だった。
ファンタジーに野口さんと樋口さん、それと偉大なる諭吉さんは少し合わないもんな。
「今回は私が出しておくから」
「ありがとう……」
純粋にお礼を言ったのだが、樋川は少しそっぽを向いた。
「ふむ……」
そんなやり取りを俺の頭の上で見ていたババ様は、ポツリと呟いた。
「ばぁちゃん?どうかしたか?」
「いいや……なんでもないぞ」
俺の問いに、ただそう答えたババ様は。
それに続き、樋川に尋ねる。
「萌花よ、杖は荷物の中か?」
「はい、そのつもりですが」
ひらりと俺の肩から降りると、そのままカバンの中へと潜り込み、ひょこっと頭だけを外に出した。
「杖は身に着けておけ」
「え?でも……汽車に乗るだけですし……」
「それでもじゃ」
不思議がる樋川に、ババ様は淡々と続けた。
「魔法少女たる者、休息時以外、武器は肌身離さずじゃ」
「わ、わかりました」
一瞬だけ迷う様な表情をした後。
樋川はカバンから杖とホルスターを取り出し、
右太ももにホルスターを装着し、カチッと音を立てて固定する。
そして、そのホルスターに杖を差し込んだ。
やがて、発車を告げる汽笛がホームに響いた。
「行くよ」
樋川の一言に続き、俺は汽車へと乗り込んだ。
車内は思っていたよりも広く、木目調の内装がどこか落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
窓際に並ぶ座席。
天井には淡い光を灯すランプ。
外から見た通りの古い汽車――のはずなのに、どこか不思議と居心地がいい。
「おぉ……」
思わず感嘆の声が漏れる。
「なにその反応……」
向かいの席に座った樋川が呆れたように言う。
「いやだってさ、これだぞ?」
俺は窓の外に視線を向ける。
白い蒸気を吐き出す機関部。
ゆっくりと動き出す車体。
「魔法界に来たって感じじゃん!」
「汽車でそんなに感動する?」
「するだろ普通!」
「他の人もいるんだから、静かにしなさいよ……」
樋川は小さくため息を吐き。
子供を落ち着かせる様にそう言った。
その隣、空いている席にはそれぞれの荷物が置かれている。
俺のカバンと、樋川の荷物。
そして――その中にいるババ様。
ガタン、と軽い揺れと共に汽車が本格的に動き出した。
線路の音が規則的に響き始める。
「そう言えば……さ」
ふと、俺は向かいに座る樋川に視線を向けた。
「結局、俺ってなんで学校行く事になってるんだ?」
「……え?」
「いや、魔法学校っていかにもな俺の憧れの場所に行ける事は嬉しいんだけどさ、なんでかなぁって」
漫画とかでよく観た、あの魔法学校。
俺の妄想と憧れの地に行けるなんて、サプライズの連続だが、目的は何かわからなかった。
そもそも入学ってできるのか?
入学届とか持ってきていないし……
「はぁ……まぁ、簡単に言えば」
樋川は少しだけ言葉を選びながら続ける。
「赤城君の力をちゃんと扱えるようにする為よ」
「俺の……吸収のやつか?」
「そう」
樋川は頷いた。
「あのままじゃ、補佐係は務まらないでしょ」
「補佐係?」
俺はそのまま聞き返した。
が、樋川は少し窓の方へ視線を向けて言った。
「屋上でババ様が言ってたでしょ?私は別に、赤城君がいなくたって……」
「あー、そう言うことね」
ようやく俺の中で話が繋がった。
「それに制御できないと、周りにも影響出る可能性あるの」
樋川は俺の方は目線を戻した。
「だから学校で基礎を学ぶって訳」
「魔力ゼロなのに?」
「魔力が無くても、魔法の原理や基礎知識を知っているのと知らないとでは、天地の差よ……受け売りだけど……」
最後の方をボソッと呟いた樋川の言葉を受け、俺は背もたれに体を預けた。
「じゃあさ、その魔法学校ってどんな所なんだ?」
その問いに、樋川は少しだけ考える素振りを見せる。
「そうね……」
「魔法の使い方を学ぶのはもちろんだけど、それだけじゃないわ」
樋川は顔を天井に向け、親指から順に折りながらカウントしていく。
「魔物の知識とか、実戦訓練とか……」
「あとは座学ね」
「え!?座学あるの?」
「当たり前でしょ。」
「魔法使えれば何でもいいって訳じゃないの。魔法の歴史から魔法式、貴方が覚える事は山積みよ」
「えぇ……異世界来ても勉強かよ……」
思わず項垂れる。
そんな俺を見て、樋川は小さく笑った。
「居眠りしない様に、頑張りなさい」
「それは励まし?」
「さぁ?どうかしら」
少しだけ、空気が緩んだ。
――その時だった。
ふと、妙な違和感が走る。
「……?」
なんだろう。
今、何か――
鼻をかすめるような、微かな匂い。
気のせいかと思った、その瞬間。
「……そろそろかの」
カバンの中から、頭を出していたババ様の声が小さく響いた。
「え?」
聞き返そうとした――その時。
バキィィン!!
激しい衝撃音と共に、窓ガラスが内側へと弾け飛んだ。
破片が宙を舞い、冷たい風が車内へと流れ込む。
乗客の悲鳴が車内に響き渡り、人の波が前方からこちら側へと流れてくる。
そして、パキパキとガラスを踏み締めながら車内に入ってきた黒い影は姿を表した。
二本足で立つその影の背には大きな翼が広がっており、掻き分ける様に置いた手から出たであろう爪跡が、座席の背もたれに深く形を残している。
人より少し大きい体躯だが、どこか河川敷で見たあの化け物と同じ雰囲気を感じた。
そう、化け物だ。
俺はゆっくりとこちら側に歩いてくる化け物を見て、叫んでいた。
「ま、魔物!?」
目線の先の魔物はあの夜と同じ様に唸り声を上げていた。




