強者
「やはり……長文詠唱でなければ……」
煙の中から姿を現したエドワードを見つめ、エルミナが呟いた。
自分が今、扱える魔法の中では最も威力の高い一撃だった。
それすらも。
父親には、傷一つ負わせられなかった。
頬を、一筋の汗が伝う。
「なるほどな……」
エドワードは何事もなかったかのように、服へ付着した煤を払い落とした。
「ソイツの吸収で私の魔力纏を崩し、無防備になった私へ、お前の魔法を叩き込む……か」
その言葉と共に、エドワードが拳を握り直す。
そして――
フッ、と口角を上げた。
「実に合理的な作戦じゃないか――」
瞬間。
空気が変わり、遥は反射的に身構えた。
「お前に長文詠唱が使えるのならな!!」
ダンッ!!
エドワードが地面を蹴った。
先程と同様に遥との距離が一気に縮まる。
「クソッ!」
遥は左手を前へ出した。
狙いは同じ。
魔力纏を崩し、その隙にエルミナの魔法を叩き込む。
「エルミナ!」
迫るエドワードから目を離さず、遥が叫ぶ。
「準備できたら合図してくれ!」
「お前が魔法を完成させるまで――」
遥は左手を構え直した。
「俺が、捌き切ってやる……!」
「わ、分かりましたわ!」
エルミナは距離を取ると同時に両手を胸元へ掲げた。
一度も成功したことのない、長文詠唱。
練習では、最後まで魔法を完成させることができなかった。
今、この場で突然できるようになる保証などない。
それでも――
エルミナも遥も、互いに分かっている。
この魔法を完成させなければ。
この決闘に勝つことはできない。
だからこそ……
エルミナは静かに息を吸い込む。
そして――
【紅蓮の胎動、焦熱の息吹よ】
詠唱と同時に、両手の前へ赤い魔法陣が展開された。
その瞬間。
「捌ききるだぁ?舐めるなよ、ガキが!」
エドワードが吠え、遥は迫り来る右拳へ左手を伸ばした。
指先が、拳を覆う魔力纏へ触れ――剥がす。
そう判断した、その直後だった。
「なっ――」
右拳を囮に使ったエドワードは――身体を捻り、太い右脚を振り抜いた。
ドゴォッ!!
「かはっ……!」
腹部へ蹴りが突き刺さる。
遥の身体が大きく後方へ吹き飛んだ。
「赤城遥!!」
エルミナは叫ぶが、しかし――
「……っ」
すぐに意識を詠唱へ戻した。
今、止めるわけにはいかない。
【我が血肉を薪とし……我が魂を導火線と成して……此処に原初の光を召喚……せん】
言葉を紡ぐたび、魔法陣が徐々に複雑な形へ変化していく。
だが。
【た、大気を震わす熱波は……眠れる神代の……】
声が途切れた。
エルミナの両手が震えている。
それに合わせるように、魔法陣の輝きも弱まっていく。
「……いかん」
観客席から戦況を見守っていたババ様が、低く呟いた。
一方――。
吹き飛ばされた遥は、地面へ手をつき、なんとか身体を立て直した。
だが。
その直後。
「――ッ!」
目の前に、エドワードがいた。
遥は咄嗟に左手を振り抜き、迫る拳を弾いた。
しかし――
「くだらん」
反対側から繰り出された右拳が、遥の頬を捉えた。
「くそっ……ブヘッ!」
身体が横へ弾き飛ばされる。
地面を何度も擦りながら、遥はそのまま数メートルを滑った。
エドワードは追撃を急がない。
ゆっくりと歩きながら、倒れた遥へ声を投げる。
「……あの落ちこぼれに、何の希望を見ている?」
その言葉は、エルミナにも届いた。
詠唱を失敗したエルミナは、両手を膝へ置いたまま肩で息をしている。
魔法陣は、すでに消えていた。
「やっぱり……私では……」
俯いたエルミナの声は、小さかった。
エドワードはそんな娘へ視線を向ける。
「愚女は、どこまで行っても愚――」
「エルミナ!」
その言葉を、遥の声が遮った。
「もう一回だ!」
「……え?」
エルミナが顔を上げる。
遥は地面へ手をつきながら、苦痛に顔を歪めていた。
それでも、その目だけは真っ直ぐにエルミナを見ていた。
「次はきっとできる!諦め――」
「ぐはっ……!」
ドゴッ!!
言葉の途中で、遥の右頬をエドワードの拳が打ち抜いた。
「赤城遥……!」
エルミナが目を見開く。
そして――
「……わかりましたわ!」
エルミナは立ち上がった。
震える手を、もう一度前へ伸ばす。
赤い魔法陣が再び展開される。
「もう一度……!」
【紅蓮の胎動、焦熱の息吹よ】
【我が血肉を薪とし、我が魂を導火線と成して、此処に原初の光を召喚せん】
【大気を震わす熱波は、眠れる神代の目覚めの合図】
その様子を、エドワードは呆れたように眺めていた。
「……」
ほんの一瞬だけエルミナへ視線を向ける。
だが、すぐに興味を失ったように遥へ歩み寄った。
「腹立たしい……」
遥の目の前で足を止める。
「本気で私に勝てると思っているのか?」
「思ってなきゃ……」
遥はゆっくりと立ち上がった。
口元を拭い、拳を握る。
「ここに立ってねぇだろうが!!」
その言葉と同時だった。
次に仕掛けたのは、遥だ。
圧倒的な力を持つエドワードへ向かって、遥は自ら距離を詰めた。
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