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アルヴェイン家の魔法

ババ様は立てていた人差し指を静かに下ろした。


「さて……ここからが本題じゃ」


遥はその言葉に首を傾げる。


「さっき言ってた固有魔法ってやつか?」


「うむ」


ババ様は静かに頷いた。


「まず覚えておけ。固有魔法は詠唱魔法とは別物じゃ」


「別物?」


「正確には、詠唱魔法の延長線にある技術じゃがの」


遥はますます分からないと言いたげな顔をする。


そんな様子に、ババ様は苦笑した。


「例えばじゃ」


机の上へ置かれていた一本のペンを手に取る。


「長年使い込まれた道具には魂が宿る――そんな話を聞いたことはないか?」


「えっと……包丁とか剣とか?」


「うむ」


ババ様はペンを指先で転がした。


「無論、本当に魂が宿る訳ではない」


「それじゃあ一体……?」


「積み重ねじゃ」


短くそう答える。


「一度や二度では何も変わらん。しかし、十年、百年と同じ事を積み重ね続ければ、その歴史は決して無にはならぬ」


遥は黙って続きを待った。


「魔法も同じじゃ」


ババ様は静かに遥を見据える。


「何百年にも渡り、同じ一族が、同じマナと向き合い、同じ詠唱を重ね続ける」

「その積み重ねは、やがてマナそのものへ刻まれ、ある時別の魔法へと変化する事がある」


遥は眉をひそめた。


「……マナが学習してるって感じか?」


「その通りじゃ」


ババ様は満足そうに頷く。


「通常の詠唱魔法は、人がマナへ命令する」


「しかし固有魔法は違う」


「長年受け継がれた命令を、マナが既に理解しておる」


「それ故に、普通なら長文詠唱でしか伝わらぬ命令も、ほんの数語で成立する上に、通常の詠唱魔法とは一線を画す、超常の魔法を扱える」


遥は目を丸くした。


「……クソチートじゃね?」


「う、うむ……まぁそうじゃの」


ババ様はあっさり認めた。


「故に、固有魔法を扱える一族は極めて少なく、それを四大名家と呼ぶんじゃ」


それ聞き、しばらく黙っていた遥が口を開く。


「……その固有魔法って、名家じゃないと絶対に使えないのか?」


ババ様は少しだけ口元を緩めた。


「良い質問じゃ」


そう言って椅子へ深く腰掛け直す。


「結論から言えば――理論上は誰にでも可能性はある」


「おえ!?そうなの?」


思わず遥は身を乗り出し、隣の樋川もその答えには僅かに目を見開く。


「ただし」


ババ様は人差し指を一本立てる。


「一代で発現したものは、今の所記録はないがの」


「そ、そうなのか?」


「仮に今日、お主が子を成し、その子が一生同じ詠唱を積み重ねたとしても、可能性は限りなくゼロじゃ」


「さらにその子、そのまた次の子と同じ詠唱を受け継ぎ――四、五世代続いて、ようやく可能性が見えてくる程度じゃ」


遥はぽかんと口を開いたまま固まる。

そんな様子に、ババ様は苦笑しながら続けた。


「しかしそれでも、必ず発現する保証は無い」


「長い年月を経ても、何も起こらず途絶えた一族など掃いて捨てるほどおるからのぉ」


「そんなに?」


「だからこそ、固有魔法を受け継ぐ家は極めて稀なんじゃ」


ババ様は手元のペンをくるりと回した。


「西のウェントリー家に東のボルバルド家」


「今はもう滅んでしまったが、南のフロイト家」


「そして――アルヴェイン家じゃ」


「なるほど……」


遥は難しい顔をしながら腕を組んだ。


「だからエルミナの家は特別ってことか」


「そういうことじゃ」


ババ様は静かに頷く。


「そして、エドワードの最大の武器こそがアルヴェイン家に代々受け継がれる――固有魔法じゃ」


その言葉に、今まで黙って話を聞いていたエルミナだけが、僅かに表情を固くした。


まるで、その話になることを最初から理解していたかのように。


「ちなみに、その魔法って……どんな魔法なんだ?」


遥の問いに、エルミナは一瞬だけ迷うように視線を落とした。


そして、小さく呟く。


「時間……停止……ですわ」


「うん、無理。諦めよう」


「ごめんなエルミナ、幸せになれよ」


「なっ!?」


踵を返し、早々に学園長室を後にしようと、する遥。

それを引き止める様にエルミナの拳が遥の頭へ着弾した。


「いったぁ!!」


「あ、赤城遥、貴方ねぇ!!」


「昨日は、あれほど格好良く啖呵を切っていたではありませんの!」


「そうだよ、いつもみたいにズル賢い作戦考えなよ」


エルミナの言葉に続いた樋川。


そして、その場で後頭部を押さえた遥は、顔だけをエルミナの方へと向けた。


「いや、時間止める相手とどう戦えばいいんだよ!」


「後、ズル賢いはやめろよな」


「最後まで話を聞かんか」


呆れたようにババ様が口を挟んだ。


「確かにアルヴェイン家の魔法は強力じゃ」


「しかし、当然ながらその力に比例したデメリットもある」


「デメリット?」


聞き返す遥に、ババ様は頷いた。


「発動に必要な魔力量じゃ」


「アルヴェイン家の固有魔法は、自らを中心に大量のマナを展開し、周囲の時間へ干渉する」


「それ故に、消費される魔力は通常の魔法とは比較にならん」


「使用すれば……もちろん停止時間にもよるが、魔力量が全体の半分は削れるじゃろうな」


遥は顎に手を当て、少し考え込む。


「それって大体どれくらいだ?」


「10秒……」


答えたのはエルミナだった。


「一度の時間停止で、止められるのは10秒くらいだそうですわ」


それを聞いた遥の表情は少し明るみを取り戻した。


「10秒なら……何とかなる……かな?多分」


「ならんな」


ババ様は直ぐにその考えを否定した。


「一瞬で距離を詰めて来ると、言うたであろう?」


「じゃあ、使われた瞬間に負け確って事?」


「まぁ、そういうことじゃ」


遥は少し考え込む。


「……あれ?」


「でもエルミナもアルヴェイン家なんだろ?」


「だったらエルミナがその魔法を使えば――」


「私は使えませんわ」


その返事はあまりにもあっさりしていた。


「……え?」


遥は思わず聞き返す。


「使えないって……どういう……」


エルミナは少しだけ俯く。


「アルヴェイン家の固有魔法は、莫大な魔力量を前提とした魔法です」


「父や兄姉、歴代当主は皆、それに見合う魔力量を持っておりました」


「ですが私は……」


唇を噛むエルミナの声は次第に弱まった。


「一般的な魔法少女と、ほとんど変わらない魔力量しかありませんの」


学園長室が静まり返る。


「私の魔力量ですと、一秒も止められるかどうか……」


「だから私は……落ちこぼれと呼ばれているのですわ」


遥は何も言えなかった。


防御は突破できない。


時間停止も防げない。


そして、その対抗手段となるはずの固有魔法を、エルミナは使えない。


しばらく黙り込んでいた遥は、頭を掻きながら大きく息を吐いた。


「……」


そして、ぽつりと呟く。


「詰んでね?」


その言葉に、誰も返事をすることはなかった。


学園長室には、重苦しい沈黙だけが流れていた。

読んで頂きありがとうございました。

また次回も見てもらえると嬉しいです。

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