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【プロローグ】泡沫の記憶

「詠唱のコツ?」


初等部へ入学するよりも前。


私は母――ルナ・アルヴェインへ、詠唱のコツを尋ねた。


病床に伏せる母は私の言葉を繰り返すと、小さく咳をした。


「うん。私はまだ、お兄ちゃんとお姉ちゃんみたいにアルヴェイン家の魔法が使えないから……」


「エルミナ……」


母は優しく微笑みながら、そっと私の頭へ手を置いた。


「どうしても魔女になりたいの? 他の道だって――」


私は母の言葉を遮る様に言葉を返した。


「いやだ!」


ベッドの布団をぎゅっと掴む。


「私はお母さんみたいにカッコいい魔女になりたいの!」


そのまま身を乗り出しながら続けた。


「だから、詠唱だけでも先に使えるようになれたらって!」


私に魔法の才能はなかった。


五歳の子供が何を言っているんだ――そう思われても仕方がない。


それでも、兄と姉は私と同じ年の頃には既に魔法の才能に目覚めていたと父はよく話していた。


だから。


少しでも早く母に近付きたくて。


少しでも早く父に褒めてもらいたくて。


その為だけに、私は毎日特訓に励んでいた。


「うーん、そうねぇ。本当はもう少し大きくなってから教わることなのだけれどね」


「何でもできるよ!」


私は勢いよく手を上げた。


「ちゃんと毎日お勉強もしてるし、魔力操作の練習だってしてるもん!」


「わかった、わかったわ」


母は苦笑しながら私の頭を撫でる。


「教えるから落ち着きなさい」


「ほんと!?」


「えぇ。でもその前に――」


母は少しだけ表情を柔らかくした。


「わんぱくなエルミナも可愛いけど、アルヴェイン家を背負うなら、お淑やかでいなくちゃね?」


「オシトヤカ?」


聞き慣れない言葉に私は首を傾げる。


すると母は一本ずつ指を立てながら説明を始めた。


「例えば言葉遣い」


言葉と共に人差し指が立つ。


「それに立ち振る舞い。これも大事なお勉強よ」


続いて中指が立った。


「えぇー……なんだか難しそう」


私はベッドへ顔を埋めた。


けれど、すぐに本来の目的を思い出して勢いよく顔を上げる。


「それより詠唱!教えてよ、お母さん!」


「まったく……」


母は呆れたように笑った。


「今のお勉強もちゃんと続けなさいよ?」


「はーい!」


詠唱を教えてもらえる。


それだけで頭がいっぱいだった私は、元気よく返事をした。


案の定、聞き流していたことは見抜かれていたらしい。


母は細めた目で私を見つめ、小さくため息を吐いた。


それでも優しい笑みを浮かべたまま、私だけの特別授業を始めてくれた。


「じゃあまず、エルミナは詠唱がどういうものか分かる?」


母は人差し指を立てて尋ねた。


「えっと……私の魔力と、お外の魔力を合わせるための……やつ?」


本で読んだ知識を思い出しながら答える。


「うん、まぁ。大体は合ってるわね」


母は優しく頷いた。


「じゃあ、その詠唱ってどうやってするのか分かる?」


「えーっと……お外の魔力に"命令"して……『混ざれ』ってするの」


自信なさげにそう答える私に、母は少し考えるように視線を上げた。


「それも間違ってないわ。教科書通りなら満点かもしれないわね」


「ほんと!?」


「えぇ。でもね――」


母はゆっくりと私へ視線を戻した。


「私は少し違うと思うの」


「違う?」


「そうね。私はこう思うの。詠唱は――」


母との会話はいつもここまでしか思い出せない。


母が亡くなって、記憶に蓋をしたからだろうか。

あの日の……記憶の中の最後の講義が、いつも途中で終わっていた。


「あの時……なんて言っていたのかしら……」


私は小鳥の囀りが聞こえる早朝。


学園寮の自室で目を覚ました。

読んでいただきありがとうございました。

今回の章もお付き合い頂けますと嬉しいです。

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