第三の矢
月光を反射させた銀色のナイフが、エルミナの喉元へ真っ直ぐに迫っていた。
「油断したな!!!」
土煙の中からの奇襲。
魔力も体力も残っていないであろう相手故に、勝利を確信したハインが吐いたその言葉。
それと共に繰り出したナイフは確実にエルミナの喉元に辿り着く。
そのはずだった。
だが、当の本人は動揺するでもなく。
ただ、迫ってくる標的を見据えているだけだった。
そして口を開く――
「油断をしたのは――」
「あなたですわ」
「あぁ!?」
勢いをそのままにしたハインが、眉をひそめた。
その瞬間だった。
夜空を覆っていた雲が割れ、月光が差し込む。
いや、差し込んだのは月光だけではない。
ヒュンッ――と、白い一本の光が駆け抜けた。
それはまるで流星の様に。
あるいは、獲物を狙う矢の様に。
そしてその光は一直線に落下し――
「ガハッ!!?」
ハインの背中へと着弾した。
「なに――がっ!?」
理解する暇すらなかった。
背中へ突き刺さった光に、ハインの体が大きく揺らぐ。
その手からナイフが零れ落ち、エルミナの喉元まで迫っていた刃は、そのまま地面へ突き刺さった。
「どうなって……やがる……」
地面へ倒れ込んだハインは、歯を食いしばりながら顔を上げる。
「俺はお前から目を離さなかった……いや、そもそも魔力の残っていないお前が……どうやって魔法を……」
睨みつけるハインを冷静な目で見据えたエルミナは答えた。
「先程のレクシオン――アレはあなたを狙ったものではなく、魔物にあなたを守らせる為の魔法ですわ」
エルミナは続けた。
「そうすれば詠唱に必要な時間は作れますし、あなたは三本打ち上げた魔法の内、二本しか落ちてきていない事より詠唱に意識をさきますわよね?」
「くっ……」
「魔法耐性を持った魔物を得て、余裕ぶっているからこうなりますのよ」
ハインは見透かされたかのように、拳を握りしめた。
「全部読んでいたって事……かよ」
「あら?魔物の優先順位を私の攻撃ではなく、あなたの守護にしたのは――あなた自身ではなくて?」
「っ!!」
「私はそれを利用したまでですわ」
「クソっ……クソがっ!!」
怒りなのか悔しさなのか、ハインは爪で地面を掻いたのだが――
「……いやまだだ、俺を止めようがフォルガリオンは止まらねぇ!」
向こうの状況を思い出し、ハインは愉快そうに笑い始めた。
「ケヒ、ケヒヒヒ。結局あのガキ共は終わりだぜ!」
「っ……!」
その言葉に、エルミナの表情が一瞬曇る。
二人を信じ、温存をやめたエルミナだったが、やはり心配は拭い切れてはいなかった。
それは軽蔑ではなく、仲間を案じる純粋な不安だった。
「絶望だ……絶望し――」
「絶望、絶望うっせぇんだよ」
「なっ!!?」
愉快に声を上げたハインだったが、二つの足音と共に続く言葉を前に、それは止まった。
「何故お前らが……!?」
ハインの視線の先に居たのは樋川と……頬が腫れた遥だった。
「萌花!赤城……遥――
貴方はどうしていつもそう締まらないのですか……」
「俺が聞きたいわ!」
歩いてくる二人を前を確認したエルミナは、安心からか、呆れた表情で遥を見た。
そのやり取りを見た樋川はプイッと視線を逸らす。
「どうなってやがる……フォルガリオンは……フォルガリオンはどうした!」
ハインは唇を強く噛み、吠えるように告げた。
その言葉を聞いた遥はポケットに手を入れ、緑色に光る石を……フォルガリオンの魔石を取り出した。
「あのライオンなら俺たちが倒した」
「はぁ!?」
驚くハインにエルミナは続いた。
「あなたはもう動けない。フォルガリオンも、もういない。手札も何もない」
そしてスッとハインを見据え、告げた。
「終わりですわ」
「くっ……」
その瞬間、ハインから完全に余裕の表情は消えた。
「後、この魔道具は回収させていただきますわね」
「や、やめろ!それは俺の……俺が!!」
ハインに近づき、右手の爪をスッと取り外すエルミナにハインは初めて慌てた声をあげる。
その声は荒いのに弱々しく、表情は曇りを見せた。
「俺……の――」
次第に力は弱くなり、ついにハインは伏せるように意識を失った。
その最後の表情を見たエルミナは呟いた。
「それがあなたの言う、絶望の表情……ですか」
そしてフンっと鼻を鳴らし続けた。
「そんなものを見ても、ちっとも楽しくありませんわ」
その言葉共に、長いようで短い夜の戦いは幕を閉じた。
◇
「なぁなぁエルミナ、その魔道具見せてくれよ!」
ようやくひと段落ひたと思えば、遥はエルミナの手元にある、ハインの爪を見ようと駆け寄り声をかけた。
「ま、まったく……ブレませんね」
「いやほら、気になるじゃん。しかもこの厨二心をくすぐられる形状……ちょっとはめても良いかな?」
遥の言葉と表情に、呆れ顔で告げたのはエルミナだけでなく、樋川もだった。
「ダメに決まってるでしょ……証拠品として、魔法省の人達に渡さないとだから」
「えぇー!!」
子供のように声を上げ、落胆した遥に一歩近づいたエルミナは指で髪を巻きながら、恥ずかしそうに言葉を告げた。
「ま、まぁ今回はその……貴方のおかげでもありますし……見るだけなら、良いですわよ?」
「マジで!?」
「ひゃっ!!」
急に顔を近づけられた事で頬が赤く染まったエルミナは一歩後ずさる。
「も、もう!見るなら早く見なさい!」
バシッと叩きつけるように、右手を差し出す遙の掌にエルミナが爪の魔道具置いた。
その瞬間だった――
「うっ――!!」
突然右腕を押さえ、遥は地面に崩れる。
「あ、赤城君!?」
「えっ、ちょ……そこまで強く置いたつもりは……」
自分の先程の行動故の苦しみと思い、慌てたエルミナだったが――
「ち、違う……腕が……」
そう告げた遥の右腕は骨折したかのように腫れ上がっていた。
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