頼る言葉
遥の視界は、炎で埋め尽くされていた。
灼熱の熱気が肌を焼き、上空より迫り来る炎の柱が体ごと飲み込むかの様に。
死んだ――
そう思った瞬間だった。
「赤城君!!!」
名前を叫びながら、炎の中へ飛び込んできた影――樋川だ。
箒に跨り、迷いも無いその加速は空気を押し除ける。
間に合うかどうかなどは頭に無い。
ただ一直線に、宙に浮いたままの遥の右手を目掛け、樋川も右手を伸ばし――
「くぅぅぅぅぅ!!!!」
片手は箒、もう片方の手で遥の手を掴む。
それと同時に箒を全速力で加速させた。
ゴォォォォォッ!!!
炎の柱がすぐ背後を通り過ぎる。
熱風が肌を焼き、二人の髪を大きく揺らした。
「うっ!あっ!」
勢いを殺し切れないまま地面へ着地した二人は、そのまま何度も跳ね、数メートルほど転がりながらようやく、止まった。
「と、樋川……助かったよ。ありが――」
遥が身体を起こしながら、お礼を告げようとした瞬間だった。
パシッ。
乾いた音が響いた。
「いっ!?」
頬を押さえた遥の前には、肩を震わせる樋川がいた。
「バカっ!!」
その声は怒り以上に、どこか泣きそうにも、安堵の声にも聞こえた。
「考え無しに行動するなって言ったでしょ!!」
「いや作戦は……考えてはいただろ……」
遥は目線を逸らしながらそう言い、少し苦笑した。
「死にかけたけど――」
「そういう事を言ってるんじゃないの!」
樋川は遮る様に声を荒げながらも続けた。
「一人で突っ込んで!死にかけて!」
「そんなの作戦じゃない!!」
遥は少しだけ目を伏せ、そして小さく呟く。
「じゃあ……どうすりゃよかったんだよ」
その声に怒りなどは無い。
ただ、迷いだけが滲んでいた。
「樋川の魔法が通じない以上……俺に出来る事なんてこれくらいしか……ないだろ」
遥は唸り声を上げるフォルガリオンへ、視線を向け、告げた。
「今の俺にはこれしか無いんだ……俺が触れれば……触れなきゃみんなを守れないんだ」
「……」
樋川は言葉を失った。
遥が無茶をした理由は分かる。
それしか勝ち筋が見えなかったのだろう。
だが、それでも――
パシッ!!
再び頬を叩く音が響いた。
「いっ!?」
先ほどと同じ、自分の頬を抑える遥が見た樋川は、今度は純粋な怒りを込めて言った。
「"俺が、俺がって"、一人で戦ってるじゃ無いんだよ!」
「私、エルミナさんに言ったでしょ?三人で守ろうって」
樋川は少しだけ視線を落とした。
「私ってそんなに……頼りない……?」
「……」
その言葉に、遥は目を瞬かせる。
自分一人で抱え込んでいた事に、今さら気付かされ、思わず笑みが漏れた。
「そうだな」
そう言いながら立ち上がる遥は続けた。
「ハハ……そうだよな」
そして改めて樋川へ向き直り、告げた。
「悪かった」
遥は地面に座る樋川へ手を差し伸べた。
「樋川……協力してくれるか?」
樋川はその手を取り、立ち上がった。
「全く……最初からそう言いなさいよ」
その瞬間だった。
グルルルルル……と低い唸り声が響く。
二人が振り返ると、フォルガリオンは既にこちらを見据えていた。
その喉が再び赤く染まっていく。
「ヤバッ!!」
「赤城君、乗って!」
樋川は即座に箒を差し出した。
遥も迷わず飛び乗る。
次の瞬間には炎は放たれた。
ゴォォォォォッ!!!
真っ直ぐ向かってくる炎の奔流を、樋川は箒を急上昇させる事で回避した。
熱風が真下を通り抜ける。
「危なっ――!」
その時だった。
パチッ。
小さな音が耳に届く。
「え?」
樋川が視線を落とす。
箒の先端が黒く焼け焦げていた。
表面には細かな亀裂まで走っている。
先程、遥を助ける為に炎へ飛び込んだ代償だった。
「こんな時に……」
箒は飛んでいる。
だが明らかに挙動が不安定だった。
箒本体はフラつき、高度も以前より落ちている。
「赤城君……この箒、長くは持たないよ……」
その言葉に、遥も箒を見つめた。
「わかった……」
黒く焦げた箒は、今にも限界を迎えそうだった。
だが――
フォルガリオンは待ってくれない。
遥は前方を見据える。
巨大な魔物もまた、二人を睨み返していた。
「樋川……次こそ決める!俺をアイツの近くまで……頼む!」
その遥の言葉に樋川は小さく笑い、言った。
「了解!!」
それが最後のチャンスだと理解した上で。
二人は再びフォルガリオンへ向き直った。
相手も迎え撃つ準備は整っていると言わんばかりに、その口元からは赤い炎が漏れ出している。
そして――
ゴォォォォォッ!!!
炎は轟音と共に放たれる。
「行くよ!掴まって!!」
「おう!」
それを合図に、樋川は箒を一気に加速させた。
迫る炎の直前で急旋回。
灼熱の熱風が真横を通り過ぎる。
だが止まらない。
回避された事を認識したフォルガリオンは、即座に次の炎を放つ。
ゴォォォォォッ!!
再び襲い来る炎。
樋川はそれすら躱した。
上へ。
右へ。
左へ。
それはまるで炎の隙間を縫う様に。
黒く焦げた箒は悲鳴を上げる様に軋み続けていたが、そんな事を気にする余裕はない。
ただ、遥をフォルガリオンの元へ届ける――その一心で箒を走らせた。
そして――
ついにフォルガリオンの頭上へ辿り着いた。
「行って!!」
「おう!!」
その声と同時に、遥は箒を蹴った。
重力に身を任せる様に急降下する。
グォォォォォォッ!!!
自らへ迫る遥を認識したフォルガリオンが咆哮を上げた。
口内へ再び炎が集まっていく。
迎撃の為の炎だが――遅い。
遥は既にその眉間へ降り立っていた。
「これで終わりだ!!」
その言葉と共に遥は右掌をフォルガリオンへ叩き込む。
そして――唱える。
「フル・バースト!!」
瞬間――
遥の体内を巡る魔力が一気に流れ出した。
腹から肩へ。
肩から腕へ。
腕から掌へ。
そして掌からフォルガリオンの体内へ。
ガァッ――
フォルガリオンの動きが止まる。
次の瞬間だった。
ガァァァァァァァァァァァッ!!!!
苦悶にも似たフォルガリオンの咆哮が夜空へ響き、巨大な体の至る所に亀裂が走った。
そこから溢れ出したのは眩い光。
まるで体の内側から崩壊していくかの様に。
そして――
ドゴォォォォォォンッ!!!
轟音と爆発、衝撃波が周囲へ吹き荒れる。
「うわっ!?」
その爆風に飲み込まれた遥の体が宙へ投げ出され、回転しながら吹き飛ばされた。
その時。
「赤城君っ!!」
上空から飛び込んできた影があった。
樋川だ。
彼女は躊躇なく遥へ体当たりする様に飛び込み、その体を抱き留める。
「ぐっ!!」
勢いは殺し切れない二人は、そのまま地面へ落下した。
ドサッ!!
ゴロゴロゴロッ!!
何度も転がりながら土を巻き上げる。
ようやく止まった時には、二人とも肩で息をしていた。
「いてて……」
「無茶ばっかり……」
そう呟く樋川を前に、遥は苦笑しながら体を起こした。
そして二人は同時に正面を向いた。
そこにはもうフォルガリオンの姿は無い。
巨大な体は黒い煙の様に霧散し、夜風に消え始めていた。
そして全てが消えた時――ただ一つ、その中心にだけ。
ドンッ――と。
岩の様な緑色の魔石が地面へ転がっていた。
それはフォルガリオンが、確かにそこに存在していた証の様に。
「やったね……」
その光景を目にした樋川は、遥の方を向く事なく、左手の拳を突き出していた。
遥はその姿に少し戸惑いはしたが、直ぐに少し笑って右手の拳を突き出す。
「はははっ、樋川って意外とツンデレ――」
その瞬間、拳は交わる事なく遥の頬にクリーンヒットした。
「いでぇぇー!!!」
「もう、台無し!!!」
そんな二人の締まらない声が夜空に響いた。
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