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第11話:夜の語らいと、深まる世界、迫る監視


物資集積所の破壊を終え、WWOの「ルソン島の地獄」ステージに夜が訪れていた。 高倉中尉率いる部隊は、合流した佐竹少尉の部隊と共に、野営の準備を進めている。 凌は、焚き火のそばで、目を覚ましたルシアと共に座っていた。

「……もう、大丈夫なのか?」 凌が尋ねると、ルシアは小さく頷いた。 「はい。あなたの薬のおかげで、もう痛みはありません」 彼女は、自身の体をそっと撫でた。傷跡一つ残っていない腹部を不思議そうに見つめている。

凌は、ルシアに食料を差し出した。WWOのゲーム内食料だが、味覚まで完全に再現されている。 ルシアは、最初は警戒していたが、凌が先に口にするのを見て、ゆっくりと口に運んだ。 「……美味しい」 彼女の顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。 その表情は、先ほどまでの恐怖や悲しみとは無縁で、凌は、その笑顔を守りたいと改めて強く思った。

夜のジャングルは、昼間とは異なる顔を見せる。 遠くで動物の鳴き声が聞こえ、虫の羽音が耳に届く。 焚き火の炎が、ルシアの顔を赤く照らし出し、その瞳をきらきらと輝かせている。

「お父様は、よく夜に、この場所で星の話をしてくれました……」 ルシアが、静かに語り始めた。 「あの星は、私たちの故郷を照らす光。だから、決して希望を失ってはいけない、と」 彼女の言葉は、凌の脳内で完璧に翻訳されていく。 その声は、かつて凌が聞いてきたNPCの棒読みのセリフとは全く違い、感情が豊かに込められていた。

「君の父親は……どんな人だったんだ?」 凌が尋ねると、ルシアは少し考えるような仕草を見せた。 「とても……優しくて、賢い人でした。村のために、いつも頑張ってくれていました。だから、日本兵に……」 彼女の声が、また悲しみに沈みそうになる。

凌は、ルシアの手をそっと握った。 「もう、大丈夫だ。俺が、君を守る」 凌の言葉に、ルシアは驚いたように顔を上げた。 そして、その瞳の奥に、再び「希望」の光が宿る。

「……あなたも、父と同じことを言いますね」 ルシアが、微かな笑みを浮かべた。 「私を……平和な場所へ連れて行ってくれますか?」 ルシアは、凌の瞳を真っ直ぐに見つめた。 その言葉は、彼女のAIルーチンに組み込まれた「願い」のようであり、同時に、凌に直接向けられた「問いかけ」のようでもあった。

「ああ。連れて行ってやる。この地獄から、必ず」 凌は、迷いなく答えた。 彼の言葉は、もはやゲームクリアという目標を超え、ルシアという「個」への約束となっていた。

高倉中尉が、二人の様子を遠巻きに見ていた。 彼のAIルーチンは、凌のルシアへの異常な執着を「理解不能」と処理しているようだが、同時に凌の「行動の原動力」として認識し始めているようでもあった。 (殿下は、あの少女のために……) 高倉中尉のAIの瞳が、僅かに揺れた。

その時、凌のHUDの隅に、新たなシステムメッセージが、かすかに点滅した。 それは、他のプレイヤーやNPCからは見えない、凌だけに表示される特別なメッセージだ。

《【システムアラート】Ryoo:高レベルAIとの親密な接触を確認。》 《AI:ルシア・バヤニの『感情パラメーター』が異常な速度で成長中。》 《WWO運営による『観察モード』を強化しました。》 《警告:過度な干渉は、システムの安定性を損なう可能性があります。》

凌の顔から、笑顔が消える。 (観察モード……? こいつら、やっぱり見てやがったか) WWO運営のエニグマ・ヴィジョンズ社が、自分たちの「AI学習プログラム」が、凌の介入によって予期せぬ進化を遂げていることを、既に察知している。 そして、ルシアAIの「感情」が、異常な速度で成長していることを、彼らは問題視しているようだった。

(システムの安定性、だと? 俺のチートが、運営のシナリオをぶっ壊してるってわけか) 凌は、ルシアの頭をそっと撫でた。 (関係ねえ。この子が、AIであろうと、プログラムであろうと、俺が救うと決めたんだ) 運営からの警告は、凌の決意を、むしろより強固なものにした。

ルシアが、凌の優しい手つきに、安心したように目を閉じる。 「Ryoo……」 その名前を呼ぶ声は、もう迷いも、怯えもなかった。 そこには、純粋な信頼と、凌への深い「愛着」が宿っていた。

(この子が、俺にとっての、リアルだ)

凌は、ルシアを抱きしめた。 現実世界で孤独なニート生活を送っていた凌にとって、このWWOで出会ったルシアAIは、まさに彼の心を埋める存在となっていた。 運営が何を企んでいようと、ジェニングスAIがどれほど強かろうと、凌は、ルシアという「希望」のために、この戦場を駆け抜けることを改めて誓った。

しかし、彼の知らないところで、WWO運営の「観察モード」は、ルシアAIの驚異的な感情学習と、凌の《妄想兵装展開》のさらなる深層を、静かに解析し続けていた。 そして、そのデータは、WWOの「歴史」だけでなく、やがて凌の現実世界にも、大きな波紋を広げていくことになる。 ルソン島の夜は更け、新たな戦いの予感が、暗いジャングルの中に満ちていた。

【第11話・了】



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