第十五話 姫騎士と長生きしすぎたエルフー4
自動車が噴水の広場を超え、総統官邸の入口に向かう。
大きな木製の両開きドアの前には、高身長のエルフで構成された衛視が十数名、立って出迎えの準備をしていた。
どうやら、自動車の接近をあらかじめ察知し、出迎えの準備をしていたらしい。
そんな光景を見ていると、アナベルはふと懐かしい光景を思い出した。
(そうだ……あの時は、わたしが出迎える側だったな)
数万年前。
もはや、現代には正確な情報も伝わっていない神話の時代。
世界は魔法帝国によって統治されていた。
正確に言うと、この世界は魔法帝国と呼ばれる巨大な国家の植民地だった。
数万年も生きているとされる皇帝が統治する本国とは別の、亜人種が多く住む辺境の地。
それがこの世界であり、そしてアナベルはこの地を統治する人間の代官を補佐する亜人種たちのリーダーの一人だった。
世に満ちる数多の亜人種、妖精種の中から選ばれた八人の知恵者にして強者たち。
全て持つ無手 エルフ 「アナベル」
孤高の万姫 吸血鬼 「エリザベス」
豚頭の知恵者 オーク 「ナブリオ」
御使い将軍 天使 「ベアトリス」
凍土の暴王 ワーウルフ 「アンドレイ」
完全生物 龍 「翊」
皇帝の巫女 レッドオーガ 「オウメ」
蛮地の魔王 ゴブリン 「マクジャール」
現代では八天と伝わる神の御使いたち。
しかしその実情は、魔法帝国の皇帝の部下である代官を補佐する存在にすぎなかった。
アナベルはその一人として、必死にこの地を統治した。
おせじにもこの地は、平和な安定した社会とは言い難かったからだ。
本国である異郷から強制的に移住させられてきた人間たちを宥め。
大量に移住してきた人間との摩擦により反発する亜人種、妖精種を抑え。
代官の命令のまま街を作り、道を作り、橋を作り。
それまで着の身着のまま争っていた異形の者たちの世界は、魔法帝国の技術で一変した。
摩天楼がそびえ、長大な道で都市がつながれ、自動車で人々が移動する近代国家が生まれた。
そうして植民地としてではあるが、発展が一通り進んだころ。
雲にも届くような巨大な塔の最上階で、あの衛兵たちのように八天で居並び、出迎えたのだ。
魔法帝国本国から視察のために訪れた、皇帝ファーリュナス。
数万年を魔道によって生きているとされる、強大なる人間の皇帝を……。
(……あの頃はよかった。エリザベスと酒を飲み、ナブリオと学んだ。皆と協力してこの地を治めて。それが、あんなことになって……)
「アナベル様」
物思いからアナベルを解放したのは使者の呼びかけだった。
ふと気づけば、アナベルは雲より高い摩天楼の空中船発着場から、石畳とコンクリートに囲まれた地べたへ戻っていた。
顔を上げると、使者が開けたドア越しに、衛視に囲まれた総統官邸の入口が見えた。
「……ああ、ありがとう。今行くよ」
返事をして、自動車から降りると衛視が声を張り上げる。
「ささげー、銃!」
あの時ああして叫んだのは、果たして誰だっただろうか。
郷愁に心を締め付けられながら、アナベルは総統官邸内へと歩みだした。
※
総統官邸に入ると、ロビーは冷たい大理石で覆われ、アナベルと衛視の足音が大きく響いた。
空気には消毒のような匂いが漂い、アナベルの背筋を冷たくした。
そしてそこには、神経質そうな瘦せぎすのエルフが待っていた。
張り付いたような笑みを浮かべた、目つきの悪い女のエルフだ。
てっきり総統のところにすぐ行くのだと思っていたアナベルをよそに、宣伝相だと名乗るそのエルフは官邸内を連れまわした。
内容は、自慢話。
最初の使者同様、上から目線の総統官邸の素晴らしさアピールだった。
使者たちに命令を下したのがこいつだと悟った辺りで、ようやく総統の執務室に案内された。
「やあ、よく来たね」
ようやくたどり着いたそこに入るなりかけられたのは、いやになるほど気安い掛け声だった。
声の主は執務室の椅子に座り、山のような書類にサインをしている制服を着た人物だった。
「……どうも。総統……閣下」
軽い口調に対して軽い口調で応じようとしたアナベルだったが、例の宣伝相のものすごい視線が嫌で言い直す。
すると総統は……。
総統を名乗るまだ若い人物は、にこやかな笑みを浮かべながら軽く顎をしゃくった。
「ゲベラ宣伝相。席を外してくれるかね?」
総統がそういうと、神経質そうなエルフがヒステリックに悲鳴を上げた。
アナベルが思わず耳をふさぐほどだったが、総統は慣れているのか数秒ほど叫ばせた後もう一度はっきりと命じた。
「ゲベラ、席を外せ。これは命令だ」
はっきりと命じられたゲベラは唇を震わせ、鋭い視線をアナベルに投げると、静かに部屋を出た。
慣れているのか、執務室前にいる衛兵がそっとドアを閉める。
そうして部屋が密室となり、数秒ほどもすると総統は長く息を吐いた。
そして、椅子の背もたれに思い切り寄りかかると背中を伸ばした。
「申し訳ないねアナベル。彼女も悪い奴ではないんだが……少々私への崇拝の念が強すぎる」
先ほどまで以上に気安い声色だったが、アナベルはそれどころではなかった。
入室からここまで、総統を見つめ続けた結果気が付いたからだ。
「なぜ、あなたがここに……代官様」
「気が付いたかね? あの頃より格段に若い姿だからわからないと思ったが……」
正体を当てられても、総統の反応は軽いままだった。
しかし、アナベルはそれどころではない。
記憶の中の代官は四十前の人間男性だったが、それがなぜこんなところにいるのか……。
混乱せざるを得なかった。
「そんな気軽に…ただの人間だったあなたが、何万年も経った今、なぜエルフの国で独裁者を……しかも女のエルフになって!?」
とうとう語気を強めたアナベルに対し、総統と呼ばれた少年のような少女は机の上に肘をついた。
そして、笑顔から怒ったような表情へと変わる。
「なぜ、だと? 貴様らの失敗を、俺が拭うためだ。贖罪せよアナベル。今日お前を呼んだのはそのためだ」
総統は目を細め、静かな怒りを滲ませた。
次回更新は8月26日の予定です。




