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#17 サッカーの王子様

「久々にいい天気だねぇ」

「そうだな。こんな日こそ、教室でまったりメシを食いたかったな」


 六月二回目の月曜日。

 わざわざ教室を出て、グランド近くのベンチに腰を掛けながら話すのは春斗と望月の二人だった。

 土日に台風並みの豪雨が続いたせいか、今日はやけに青空の主張が激しい。ギラギラと照りつける太陽と湿度の高さのダブルパンチだ。それだというのに、除湿設定で冷房を着け始めた教室ではなく、外に出てきている。そのことへの不満が、春斗の顔にぺったりと貼りついていた。


「あはは。ハルって結構根に持つタイプだよね」

「粘着質みたいに言われてもな。そもそも、わけわからんままここに連れてこられたんだぞ、俺は」

「あれ、説明しなかったっけ?」

「してない。四限が終わってすぐに俺を引っ張ってここまで来たじゃねぇか」


 春斗たちが通う久呉高校では、昼食は校内であればどこで摂っても構わないことになっている。わざわざ申請するのが面倒なため屋上を使う者は少ないが、特に申請不要なグランドや中庭などはそれなりに人気だ。


 グラウンドには、早々に昼食を終えたサッカー部が昼練習を始めようとしている。何も食後にやらなくても……と思うが、ここ数日雨が続いて練習できていなかったと考えると、彼らの気持ちも納得できる気がした。


「んー、でも説明するとハル帰っちゃいそうだしなぁ」

「その言葉を聞いただけで帰りたいんだけど。っていうか、普通に俺たち邪魔じゃね?」

「それは否めないかも。サッカー部のファン、多いんだよね」


 男二人で顔を見合わせ、うんうんと頷く。

 彼らから少し離れたところでは、それなりの数の女子がおり、昼練習中のサッカー部に声援を送っている。


 どこの学校にでも部活動カーストのようなものは存在する。運動部には自然と人気者になる生徒が集まる傾向があるように思うが、中でも久呉高校ではサッカー部が人気だ。

 その理由にはもちろん結果を出しているから、ということもある。春斗はよく覚えていないが、去年も朝礼か何かで表彰されていた気がするくらいだ。


 だがそれ以上に、サッカー部には何故かイケメンが集まるということも理由の一つだろう。学年一のイケメンは、まるで運命のようにサッカー部に集まっていく。BLにも対応可能なスポーツアニメのようだ。


「まぁ、正直に言っちゃうと今日は僕らもあの子たちと同じ目的なんだよ」

「って言うと、サッカー部か。モチってサッカー好きだったっけ?」

「どうだろ。ゲームは好きだったな。ほら、アニメとかにもなってたやつ。一緒に見てたよね」


 望月が挙げたのは、かなり人気のサッカーゲームだった。翼の方ではなく、雷属性の方である。

 ちょうど望月と出会って仲良くなっていた頃、二代目の主人公が活躍するシリーズがテレビで放送されていた。まだ無邪気だった春斗は、毎週のようにワクワクしながら見て、放送された翌日には望月とごっこ遊びで盛り上がったものだ。


「懐かしいなぁ」

「ほんとにな」


 二人でノスタルジーに浸りながら、はむはむと昼食を食む。今日の春斗の昼食はハムチーズサンドだ。肉っ気が足りないな、と少し思った。


「で? リアルサッカーにはあんまり興味がないオタクのモチがなんでサッカー部なんか見に来たんだ?」

「リアルサッカーで大活躍な、分かりやすいイケメン王子を見に来たんだよ。ほら、あそこ」


 お行儀悪く望月が箸で指した方を見ると、そこでは一人のサッカー部員がドリブルをしている。

 ぽん、ぽん、ぽんとサッカーボールと談話しているかのようにすら見える技術があり、特に知識がない春斗でも、その少年が上手いということだけは分かった。


 別の部員にドリブルを阻まれそうになると急停止。かと思えば意表を突くように足元で巧みにボールを操作し、奇術かと思うほど華麗にチームメイトにパスをする。


「田代先輩っ」

「任せろッ!」


 パスを受け取った方が田代先輩なのだろう。彼の周りには他の部員はいない、いわゆるノーマークな状態だった。この隙を無駄にすることなく、コートを切り裂くように進んでいく。

 そして、他の部員に道を塞がれる前にシュート。


 ――ばんっ


 狙いが狂ってしまったのか、ボールは勢いよく逆側のゴールポストに弾かれてしまう。

 くるるっ、と滑稽に跳ね返ったボールの行く先を目で追うと――そこには先ほどパスをした少年がいた。


 計算通りだと言わんばかりに、勢いはそのまま、ボールをゴールに押し込む。

 ふわん、とネットが揺れた。サッカーの中継ならば実況が言うであろう『ゴール!』という興奮した声の代わりに、そのゲームを見ていた女子たちの黄色い歓声が弾けた。


「流石冬樹(ふゆき)くん!」

「冬樹くんかっこいいー!」


 なんとテンプレな、と苦笑する。けれども、女子たちの歓声に同意してしまうくらいに、かっこいいプレーでもあった。


「すげぇな、今の。素人目でもオーラがあるわ」

「ね。詳しくないから全然気づけないけど、多分凄いこと色々してると思う」

「それな。で、あいつがどうかしたのか?」


 件の男子は、額に搔いた汗を拭いながら他の部員たちと爽やかに笑い合っている。青春の教科書にでも載っていそうなワンシーンすぎて、うっかり憎悪が湧いてきそうなほどだ。

 望月は圧倒的なインドア派だ。たまに運動したくなる春斗とは違い、楓に誘われるときと買い物くらいでしか外に出ない。春斗と遊ぶ際も、専らどちらかの家だ。


 だからまさか、あの男子のファンになったわけではないだろう。

 はてと首を傾げて望月の方を見ると、ミニハンバーグをごくんと飲み込んでから望月は答えた。


「あの子、一年生の中じゃ王子様的存在らしいよ。冬樹大河(たいが)くん」

「ほーん。だろうな、としか思わん。あんだけ爽やかボーイだったら、そりゃ人気者になるだろうよ」


 ちゃんと気を遣われたヘアスタイル、アイドルにも見劣りしないルックス、そして今見せつけられたサッカープレイヤーとしての技量。そういったものを考えれば、人気者にならないはずがない。


(俺も、一応似たようなものは揃えてるんだけどな……)


 サッカーをできるかは別だが、春斗も運動神経には自信がある。髪型も整えてはいるし、ルックスも悪くない。それなのに初対面だとチャラ男、ヤリチン扱いなのだから世界は不平等だ。


 ともあれ、彼――冬樹――が人気者だと説明するためにわざわざこんなところに来たわけではないだろう。春斗はひとまず、望月に先を促す。


「昨日楓から聞いたんだけど。なんか、先月の終わりくらいから仲がいいらしいんだよ」

「楓と?」

「ううん。桜内さんと」

「……ふぅん」


 ほんの一瞬だけ言葉に詰まった。

 靄よりは少し濃くて霧よりは少し薄い何かが、唐突に思考を覆う。吐き出した声は自分が思っていたよりもどこか不機嫌に聞こえて、そのことに少なくない自己嫌悪を覚えた。


「モチ、桜内のこと気にかけすぎじゃないか?」

「そうでもないよ? けどまぁ、可愛い彼女の力になりたいなって思うじゃん。この前は誰かさんにかっこい台詞取られちゃったけど」


 時々、望月はその名の通り満月のように煌々と輝いて見えるときがある。

 センチメンタルに浸りそうになった自分をぐいぐい引っ張って、目の前のハムチーズサンドに集中させた。


「冬樹くんが告白とかしたら絶対荒れると思うんだよねぇ。桜内さんが受け入れても、断っても」

「だろうな」


 人気者と付き合うことになれば、いよいよ小悪魔な花火への嫉妬が凄いことになるだろう。あることないこと噂され……ているのは今もだが、もっと酷いことになるかもしれない。かと言って断っても反感を買うことは間違いない。


「だからとりあえず偵察に来たんだよ。王子様ってどんなもんなのかなって」

「なるほどな。それで感想は?」

「ハルと大違いだなって」

「引っぱたくぞ」


 睨みながら春斗が言うと、望月は『ごめんごめん』と言いながらけらけら笑った。


「まぁ、そういうことなら納得だし、帰りたいとも思わねぇよ。できることがあるかは知らんが、万が一の備えはしたいしな」

「そっか。じゃあ、暫くは冬樹くんを一緒にストーカーしようね」

「しねぇから。偵察は今日で終わりだから」

「えー。せっかくサッカーに目覚めたのに」

「サッカーに目覚めても意味ねぇからなっ?」

「じゃあBLに」

「目覚めない!」


 可愛い系の美少年だから割とシャレにならないんだよなぁ、と笑いながらしみじみと思った。

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