王太子の決意
シェッド帝国とレスター公爵の陰謀の証拠が揃った。戦争が始まった後その間を行き来していた間者を捕まえ、書簡は既にこちらの手にある。この証拠がある以上もう逃げられないだろう。
「いよいよですね」
スティーヴンはテーブルの上に広げた書類を確認していた。夜に執務室ではなく私の部屋で、こうして証拠を集めるのも今夜で最後になる。
「あぁ。ここまで付き合ってくれて感謝している」
「私は祖父と父が許せなかっただけです」
レスター公爵家の歴史は長く、現王家の初代国王の弟が初代当主である。本来なら私とスティーヴンのように国の為に共に働く関係でなければならないのに、父と伯父は昔から意見が合わず、母がチャールズを産んでから更に溝が深まったらしい。伯父は弱みを握られたようなものだから、仲良くするのは難しいだろうとは思うが。
「それと殿下には幸せになって頂きたいと思っております」
「何だ、急に」
「拗らせたままにせず、もう一歩踏み込んで頂きたいのです」
私はスティーヴンを睨んだが、奴はそれを冷静な表情で受け止めた。
その時扉をノックする音がした。
「リアンです」
「あぁ」
私の返事に対し、廊下で控えていた従者が扉を開け、リアンが室内へと入ってきた。
「夜に呼び出しは勘弁して下さいよ。妻を説得するのが大変なのですから」
「強要はしなかったはずだが」
「明日議会は大揉めする、その内容を事前に知りたければ来いとは強要ですよね?」
「いや? 現にグレンは来ていない」
リアンが意外そうな顔をした。リアンは私がグレンを嫌っていると勘違いしているのかもしれない。別に特別扱いをしなかっただけで嫌ってはいないのだが。
「グレンにも声を掛けられたのですか?」
「あぁ。でももう無理だと。身体がいう事を聞かないらしい」
リアンの表情が歪んだ。
「最近やつれ方がおかしいとは思っていましたが、もう長くないのですか?」
「多分。仕事が五割増しになるから覚悟しておけ」
「五割増し? そこは人を雇いましょうよ」
「どうしても大変なら侯爵家から人を探すが、それは議会の揉め事が落ち着いてからになる」
リアンの表情が急に真面目になった。私はリアンに座るよう勧め、リアンは大人しく従うとテーブルに広げられていた資料に視線を移した。
「レスター卿を国家反逆罪で訴える為の証拠ですか?」
「何だ、知っていたのか」
「二人がこそこそしているのは知っていましたから、ある程度予測はしていました。安心して下さい、父は多分知りません」
リアンの言葉に私は思わず笑みを零してしまった。
「スミス卿が知らないのはどうかと思うが」
「父は陛下の側仕えするだけで手一杯みたいです。ですから明日は父の驚く顔を見るのを楽しみにしていますよ。勿論一番の楽しみはレスター卿の顔ですが」
「優秀な息子に裏切られるわけだからな」
私はスティーヴンを見つめた。長らく黙っていたスティーヴンは微笑む。
「私は裏切っていません。国を裏切ったのは父です」
「確かにそうだ。スティーヴンはレヴィ王国の為に働いたのだから」
「その場合スティーヴンの立場はどうなるのですか? 連座は免れますよね?」
「当たり前だ。スティーヴンを巻き込まない為に、スティーヴンが訴えるのだから。公爵家ではいられないが、別に爵位を用意して今まで通り側にいて貰う」
私の答えにリアンは安堵の表情を浮かべた。
「それを聞いて安心しました。スティーヴンもいなくなったら仕事が回らないので」
「心配はそれか」
私は呆れたように笑った。真剣な話をしているはずが、やはりリアンがいると少し変わってしまう。妙な緊張感に襲われるよりはいいのかもしれないが。
「しかし何故明日なのですか。まだ戦争の決着の連絡は来ていませんよね?」
「多分明日の昼頃来る。ジョージは優秀だから予定通り進むはずだ」
シェッド帝国が国境を侵し、総司令官であるジョージは国境沿いへ出立した。出立前に私の所へ予定表を持ってきた。多少日程の前後はあるがまず勝つと。そして何故かナタリーをどうしたいのかを尋ねてきた。ジョージに嘘を言っても仕方がないので、ナタリーの意見を尊重するが、私は正妻のままでいて欲しいと伝えた。するとジョージはわかった、それなら絶対に勝つと笑顔で部屋を出ていった。ジョージは私を理解してくれるかけがえのない弟だ。女性に声を掛けていた意味は理解していない様子だが、そこはあえて説明する気もない。
「つまりやっとナタリー様と丸く収まるわけですね?」
「何がつまりだ」
「リアン、殿下はナタリー様の前でだけ上手く対応出来ないから」
「えぇ? 他の女性にはそつがないのに? かなりの女性に手を出したにもかかわらず、誰からも怨まれないのは神業だと陰で言われているのに?」
陰とはどこだ。そのような話は初めて聞いた。しかも別に神業ではなく、ただ単に相思相愛になれないか一人一人と真摯に向き合っただけだ。
「正直アリス姫がいるのに、もたもたしている殿下が理解出来ないですけれどね」
「もたもたとは何だ?」
「十分もたついていますよ。殿下らしくありません」
私らしくないと言われても困る。ナタリーにはこれ以上嫌われたくなくて、どうしたらいいのかわからない。他の女性は上手くいかなければそこで終了で良かった訳だが、ナタリーには終わらせない為に何をすればいいのか全く見えない。
「格好つけようとせず素直になればいいのに」
「格好つけようとは思っていない」
リアンが猜疑の眼差しを向けてくる。自分が最低な事をした自覚があるから、そのような事は本当に考えていない。ただ素直になる事には抵抗がある。
「殿下が何も言わなければ、ナタリー様は去ってしまうと思いますけれどね」
「私もそう思います。ナタリー様はシェッド皇女である事を重く受け止められていますから」
側近二人が私に訴えかけてくる。今は明日の国家反逆罪を訴える為の相談の時間であって、私の恋愛感情について語る時間ではないはずなのだが。
「殿下は恩着せがましくしたくないので、何故帝国と戦争をしたかは仰らないと思いますけれど、言わないとナタリー様には伝わらないと思います」
「そういう事? ナタリー様からシェッド皇女の肩書を外す為の戦争だったのか」
「一番の目的は国内から帝国派を追い出してレヴィ王国を守る事。勿論、ナタリー様の件も理由の一つだけど、それは途中から増えただけだ」
「途中? この計画はいつから始まっていたの?」
リアンが間抜けな声でスティーヴンに尋ねたのを、スティーヴンが丁寧に説明している。私は反論するのも面倒なので放っておいた。どうせここで止めた所でリアンが聞き出す事くらいわかっている。
「殿下が慎重なのは知っていますけど、回り道過ぎませんか?」
「煩い」
「どう対応されても構いませんけれど、後悔だけはしないようにお願いします」
「何故そのような事を言われなければならない」
「殿下が面倒だからに決まっているではないですか」
軽口のリアンを睨んだが、彼は意に介さず笑顔を返した。
「面倒な殿下に付き合える女性はそうそういないのですから、ナタリー様は大切にされた方が宜しいですよ」
ナタリーは私に付き合ってくれるとは思うが、それは政略結婚上の話であり、ただの夫婦とした場合は違う気がする。
「殿下は何を疑っているのですか? 愛は疑うものではなく信じるものですよ」
リアンは笑顔だ。何故愛についてリアンに説教されなければならないのかと思うが、言っている事は至極真っ当でどう対応していいかわからない。スティーヴンは呆れ顔でリアンを見た。
「それを奥方が実践していたら言葉の重みが出たのに」
「妻は俺を信じているから! 信じていないのは周囲の女性だから!」
「そこを上手くしておいてくれないから、妻も色々言われているらしくて迷惑している」
スティーヴンが自分の妻に言及する所を初めて聞いた気がする。結婚して長いが子供もいないし、こここそ仮面夫婦の代表だと思っていたのに。
「定期的に言っているけど、また何かあったの?」
「詳細はまた今度。話が脱線し過ぎると帰りが遅くなる」
スティーヴンにそう言われリアンは渋々納得し、真面目な表情をした。
「明日の私の立ち位置は知らなかった、でいいのですか?」
「それでいい。この件はレスター家の問題であり、他家は誰も知らなくていい」
「だいぶ議会が荒れそうですが、それなりに手は打ってあるのですよね?」
「当たり前だ。追放する人間が多いから人事に時間はかかるだろうが、国民の生活に影響が出ないように配慮はしてある」
「帝国派の貴族達を追放ですか。色々作った伝手をまた一からやり直すのは面倒ですね」
「そもそもスミス家は公国派だろう?」
「父はそうでも私は独自に色々伝手を作っていたのですよ。個人的に公国は好きではありませんし、私もレヴィ王国は他国の介在不要と思っていますから」
「そう遠くない未来、リアンは国王の側近だ。伝手はなくても何とかなるだろう」
「それは肩書が重いから嫌です。友人くらいの肩書になりませんか?」
「そんな気楽な肩書、王宮内にあると思うな」
「昔一緒に遊んだ仲ではないですか」
「二十年近く前の話を持ち出すな」
そう言いながら王宮内に籠っていては息が詰まるからと、クラウディア様が配慮をしてくれて十歳前後の時に四人で川に遊びに行った事が、まるで昨日の事のように思い出された。あの頃はまだグレンも普通で、仲良く捕まえた川魚を護衛の兵士達が火をおこして焼いてくれたのがとても美味しかった。
「昔食べた川魚は美味しかったですね」
スティーヴンも同じ事を思い出していたようだ。リアンも頷いている。
「子供達に同じ事をさせたいので二人とも頑張って」
結局そこに戻るのかと思いながら私は頷いた。シェッド帝国との決着後、素直になってナタリーと向き合おうと密かに心に決めた。




