義理姉妹のお茶会 その2【後編】
「ごめんなさい、片膝をつかせたままで。足は痺れてない?」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫です」
「今更だし、ナタリー様ももういいでしょう? エミリー、宝石箱を片付けてお姉様の横に腰掛けて」
私の返事など待たずにサマンサはエミリーに指示を出す。もう現状は受け入れるしかないようだ。
「いえ、そのような事は。後ろに控えさせて頂きます」
「貴女は平気で口答えするのね。私がいいと言っているのだから座りなさい」
サマンサにそう言われ、エミリーは一礼すると立ち上がって宝石箱を戻し、大人しくライラの横に腰掛けた。
「お姉様の侍女も自由ね」
「ごめんなさい。主の私がらしくないものだからエミリーは責めないで貰えると嬉しいわ」
「別に怒ってないわよ。ただこのお茶会に参加する気なのに後ろに控えるとか、一線引く所を間違えている気がしただけで」
エミリーはサマンサに対し、謝罪の意味を込めたように腰掛けたまま頭を下げた。
「次からはティーカップを四脚用意しなさい。折角の焼き菓子が楽しめないでしょう? お兄様みたいに飲まないで食べられるというならそれでもいいけど」
サマンサはそう言ってテーブルの上に置いてある籠からフィナンシェを手に取ると口に運んだ。籠の中にはフィナンシェが山盛りに入っている。サマンサは元々エミリーを参加させるつもりでケーキのように一皿ずつ配るものではなく、摘まんで食べられるものを用意していたのか。エミリーとは一体何者なのだろう?
「お気遣いありがとうございます。それでは遠慮なく、私も紅茶を頂きます」
そう言ってエミリーは立ち上がってカートに近付いた。カートの中段に置いてある箱からエミリーはティーカップと小さなティーポッドを取り出すと紅茶をカップに注ぎ、それを持ってライラの横に腰掛けた。その態度を見て私が驚いていると隣でサマンサが笑った。
「貴女は本当にいい性格をしているわね」
「お褒めに預かり光栄です」
「ナタリー様、今から侍女候補を探しておくといいわよ。こういう性格の侍女がナタリー様にも必要だと思うわ」
「そう言われても、正直あの二人は侍女業務をしていないので、いなくなっても別段困らないのです」
シルヴィとデネブは殿下と仲良くなってから侍女業務をしなくなった。
サマンサが意外そうに私を見つめてくる。何か間違えた?
「お姉様は公爵令嬢だし侍女一人でもいいのかと思ったけど、皇女のナタリー様も侍女一人で足りると言うの?」
「えぇ。嫁ぐまで私には侍女はいなかったので」
サマンサの表情が歪んだ。しまった、侍女がいないのはおかしいから適当に言わなくてはいけない所だった?
「もしかして私がおかしいの? 侍女は三人も要らないの?」
「そのような事はございません。王妃殿下も侍女は三人ですし、ガレスでもライラ様の妹君には侍女が三人仕えておりました」
エミリーは素早く対応した。彼女は人の心を察するのが上手そうだ。是非見習いたい。
「そう? もし必要なら私の侍女を一人配置換えしてもいいわ。私の侍女になるには一つ条件があってね、ナタリー様も不快にならないはずよ」
「条件とは?」
「エドお兄様のお手付きでない者。エドお兄様と関係のある女性に世話なんてして欲しくないもの。これはエドお兄様にも言ってあるから私の侍女には手を出さないし」
「女性なら誰でも殿下に抱かれたいと思っているのかと思っていたわ」
「それはないわよ。少なくともこの二人は思っていないわよ、ねぇ?」
サマンサは意地悪そうにライラとエミリーを見て微笑む。
「私はジョージ様以外誰も考えられないだけよ」
「私は主の為にならない事は致しません」
「そう。そうよね。ごめんなさい。私がそう思っているだけで、それが皆同じ意見のはずがないわよね」
殿下が魅力的だと思わない人もいるのは当然だ。私がもう一度抱いて欲しいと思っているだけで、誰もがそう思っているわけではないのに、なんて恥ずかしい事を言ってしまったのだろう。穴があったら入りたい。
「ナタリー様、差し出がましいとは思いますけれど、そういうお気持ちをエドワード殿下に言葉で伝えていらっしゃいますか?」
「いいえ。でも殿下は私の思っている事などわかっているの。わかっていて見ない振りをしているの。だから私も何も言わない。政略結婚はきっとこういうものよ」
私は紅茶を口に運んだ。殿下は優秀な方だから私の心くらい簡単に見破っている。それでも何も言わないのだから私も何も言わない、それは政略結婚を破綻させず仮面夫婦を続ける為の絶対条件。
「本当にこの紅茶は美味しいわね。シェッドには紅茶がなくて、大抵白湯を飲んでいたわ。焼き菓子もなかったし、レヴィは本当凄いわ。何故レヴィに勝てると父や兄が思ったのか不思議なくらい」
もうこれ以上この話を引っ張って欲しくない。お願いだから話題を変えて。
「それはナタリー様が嫁いで、攻略の手掛かりになると思ったのではないの?」
サマンサが空気を読んでくれた。私は内心ほっとしながらサマンサに不思議そうな表情を向けた。
「父も兄も私を信用していないのに?」
「レスター家の協力もあったからではないの? 当主は結構親密らしいのでしょう?」
「スティーヴンのお父様? あの人は私に冷たいのよ。スティーヴンは表面的には優しいのに」
レスター卿は私にはあまり近付かない。先日スティーヴンに聞かれた後も特に接触してきていない。
「スティーヴンは私にも表面的よ。リアンはお人好しで無害そうで、グレンは最近見ていないわね」
「そう言えば私もグレンは最近見ていないわ。先月見た時は顔色が悪かったから、どこか病気なのかもしれない」
殿下の側近の中で一番顔を合わせないのがグレンだけど、偶然先月廊下ですれ違った。元々健康そうな感じはしなかったけれど、やつれている感じがした。
「病気? 大丈夫なの?」
「グレンに何かあってもハリスン家は息子があと二人いるから大丈夫よ。私はグレンが苦手なの。カイルと違って怖いし。ハリスンと言えばお姉様、あれ。ほらナタリー様にお土産があると言っていたでしょう?」
サマンサに言われエミリーは立ち上がると部屋の奥へ向かい、化粧水と乳液と思われる瓶を私の前に置いてライラの横に戻った。
「お土産? いいの?」
「私は髪飾りを貰ったの。綺麗でしょう?」
サマンサは髪飾りを見せてくれた。とても素敵な銀の髪飾りだ。父から送りつけられてくるものとは違いとても綺麗な細工がしてある。
「えぇ、とても綺麗。そういう細工が細かいのはシェッドにはないから少し羨ましいわ」
「髪飾りなんて商人に頼めば手に入るわよ。でもこれは非売品。欲しいと思っても手に入らない幻の化粧水と乳液なのよ」
幻とはどういう意味かしら? 私が使っていい物なのかしら?
「そのようないい物を貰ってもいいの?」
私の問いにライラは微笑んだ。
「えぇ。ジョージ様は薔薇の匂いが苦手みたいだから」
「ちなみにエドお兄様は薔薇の匂いは好きよ。ナタリー様は香水も使われないでしょう? これなら微かに香る位だしいいと思うの。アリス姫のいい母親も大切だけれど、女性らしさも王太子妃には必要だから」
サマンサは柔らかく微笑んだ。サマンサの気遣いが嬉しくて思わず私も微笑んでしまう。
「ありがとう。早速使ってみるわ」
「出来たらあの侍女に見つからないようにね。もし侍女が使ったと露見したらウォーレンは二度と譲ってくれなくなるから。宜しくね」
「ウォーレン? どこかで聞いたような名前ね」
「ハリスン家次男よ。チャールズお兄様の元側近で、今はハリスン領に引っ込んでいるわ」
殿下を苦しめたチャールズの名前を、ここで聞く事になるとは思わなかった。つまりこれはあの中性的な側近が作った物。これを使ったら殿下は苦しんだりしないかしら?
そんな事を考えているとライラが王宮の料理について話し始めた。公国の味付けになったのは私への嫌がらせではなく、陛下の健康を心配する王妃殿下の配慮からだったと。サマンサはその理由を聞いて肩を落としている。私も美味しいとは思っていないけれど、余程サマンサの口には合わず苦痛だったのだろう。無言で二人のやり取りを聞いていると、話の内容はジョージがライラに仮面夫婦を演じるよう指示しているというものに変わった。何故そんな事をするのか私にはわからない。サマンサもわからないのか首を傾げている。
私はフィナンシェを頬張った。先程からエミリーは私の様子を窺っている気がするけど、私は何かしたかしら? そう考えているとエミリーもフィナンシェを一つ口に運んだ。それをサマンサは冷めた目で見ていた。
「私が用意しておいてあれだけど、本当に食べるのね」
「折角ですから頂きます。サマンサ殿下の侍女の方々は食べられないのですか?」
「食べないわね。あの子達はそもそも話さないし。昔ね、悪口しかい言わない侍女が煩くて辞めさせた事があるの。それ以来、私の所に来る侍女は皆自分から口を開かないわ。煩くすると辞めさせられると勘違いしているのよ。私が辞めさせると傷物扱いになって嫁にいけなくなるらしいわ」
サマンサの侍女はいつも淡々と職務をこなしているのだと思っていたけど、そんな事情があったなんて初耳だ。
「それもまた微妙な関係ね」
「こう見えて王女も結構大変なの。でもやっと息抜きが出来る場所を見つけたわ。ナタリー様も息抜きになっている? もし苦痛なら遠慮なく言ってね。別に誘いを断ったからと言って、エドお兄様に悪いように言ったりしないから」
「苦痛だなんてそんな。美味しいお菓子を用意してくれて、いつもお茶会をしてくれる事が嬉しかったの。でも私と話しても楽しくないだろうし、悪いとも思っていたの」
「そうね、話していて楽しくはないわね」
楽しくなかったの? それなのに定期的にお茶会をしてくれたの? 何の為に?
私が困惑しているとサマンサがにっこりと微笑んだ。
「だって本音を話してくれないのだもの。私はナタリー様に将来レヴィ王妃になって欲しいと思っているのよ?」
「王妃だなんて、そんな。私はアリスと共に王宮の端でひっそり生活が出来ればそれでいいの」
「だからそれが嫌なの。それは本音ではないでしょう?」
サマンサは不機嫌そうだ。本音は殿下の側にいたいのだけれど、そんな事を言える立場ではない。殿下を困らせるような事を言ってはいけない。
「殿下を困らせたくない、それが本音なの。戦争で決着がつけば私との政略結婚の意味もなくなるし、私が正妻でいる必要もないでしょう?」
「つまりエドお兄様が別の女性を正妻にしたいと言ったら、大人しく側室へ下がるという事?」
「側室としてここに置いて頂けるのなら、それで十分よ」
側室になれるのなら十分だけれど、それが難しい事くらいわかっている。シェッド皇女である以上、戦争がレヴィ勝利で終われば私はもうここにはいられない。
「サマンサ殿下。夫婦の事は外野がとやかく言う事ではございません」
エミリーの窘めにサマンサだけでなく、ライラも不快そうな表情を浮かべた。それをエミリーは無表情で受け流した。
「ナタリー様も悩まれないはずはありません。本音を伺いたいのであれば、ナタリー様が相談出来るような雰囲気を作るべきであって、自分の考えを押し付けるのはよくありません」
「貴女は本当にいい性格をしているわね。私に堂々と意見する意味はわかっているの?」
「存じております。それに私は嫁ぎ先がなくても困りません」
無表情のエミリーにサマンサは笑う。
「流石その腕章つけているだけあるわね。エミリー、好きなお菓子は何? 次に用意してあげるわ」
「ありがとうございます。それでしたら先日ライラ様から伺ったケーキというものを、私も食べてみたいのですけれども」
「わかったわ。次回一台手配するわ。切り分けはしてくれるでしょう?」
「勿論です」
私はこれ以上追及されずに済んでほっとした。エミリーの目的はわからないけれど、とりあえず助かった。サマンサの気持ちは嬉しいけれど、私は殿下を困らせる事だけは絶対にしたくない。それは嘘ではなく本心だ。




