義理姉妹のお茶会 その2【前編】
義理姉妹三人での初お茶会から四日後、二回目のお茶会はライラの部屋でとサマンサから連絡がきた。五年半もいるのにまだ知らない場所がある王宮の広さに素直に驚いていると、ライラの侍女に会った。彼女が押しているカートには上段に茶器が乗っており、中段には箱が置いてあった。
一緒に廊下を歩き、侍女が扉をノックして失礼しますと言った後、扉を開けてくれたので部屋に入る。その後にカートを押して彼女も続いた。
「今日も遅くなってしまったみたいでごめんなさい」
サマンサとライラは向かい合わせに座っている。どこに腰掛けようかと戸惑っているとサマンサが隣を勧めてくれたので、私は軽く頭を下げてサマンサの隣に腰掛けた。ライラの侍女は手際よく紅茶を淹れていく。
「ナタリー様のお部屋の場所を知らずにこの部屋と決めてしまったけど、遠くなかった?」
ライラの砕けた口調に戸惑った。この前は三人だったからわかるけど今はまだ侍女がいる。ライラの侍女だからライラは平気かもしれないけど、私は流石に抵抗がある。
「いえ。五年もいるのに歩いた事のない場所がまだまだありまして、ここも初めてきましたけど遠くはなかったですよ」
「ナタリー様、丁寧な口調はやめましょうと前回言ったでしょ? お姉様が崩しているのだからナタリー様も付き合って」
「しかし、彼女は……」
私は侍女を見た。彼女は気にも留めずに淹れ終わった紅茶を私達の前に配った。
「エミリーの性格からして口調を崩す事は出来ないけれど、お茶会仲間に入れてくれたら嬉しいわ」
私は困惑の表情でライラを見つめた。侍女がお茶会仲間というのはどういう事だろう? 私の表情がおかしかったのかサマンサは笑った。
「ナタリー様。彼女の腕を見て。あの腕章、赤鷲隊隊長の物なの。ただの侍女ではなく、お兄様の信頼を得ているのよ。ナタリー様の侍女とは違うの」
確かにこの前の舞踏会でジョージがつけていた腕章と同じように見える。気にしていなかったけれど、以前会った時も腕章をしていたかもしれない。侍女に腕章は要らないから特別という事なのかな。そういえば殿下も特別と言っていた気がする。
「私はこの部屋で話された事を誰かに言う事はありません。それでも不都合という事でしたら下がらせて頂きます。ただ、サマンサ殿下からご依頼の件がまだですので、そちらだけ対応をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「それは勿論」
エミリーはありがとうございますと一礼し、部屋の奥へと歩いて行く。ライラが紅茶を口に運んだので私も紅茶を口に運ぶ。サマンサの侍女が淹れる紅茶より美味しい。今まで飲んだ中で一番美味しいかも。私と同じ事を思ったのかサマンサは紅茶を飲んだ後ライラに問いかけた。
「これは何の茶葉かしら? いつものより美味しいのだけど」
「サマンサ様御用達の茶葉よ。ジョージ様に貰ったの」
サマンサは納得していない表情を浮かべた。そこにエミリーが箱を抱えて持ってきた。
「こちらがライラ様の宝石箱になります」
「まずこの紅茶の説明をして。どういう事?」
「どういう事と申されましても、淹れ方が変わると同じ茶葉でも味が変わるとしか言いようがございません。またライラ様の為に研究したものであり、誰かに淹れ方を教える気はございませんので、何卒ご容赦願います」
エミリーは頭を下げた。サマンサはそんな彼女に冷めた視線を送る。
「つまりこの紅茶が飲みたければ、ここにこなければいけないわけ?」
「ご希望があれば紅茶を淹れに伺います。サマンサ様の部屋でしたら味の再現が可能ですから」
エミリーは微笑んだ。味の再現? 紅茶の淹れ方はわからないけれどイネスが淹れる紅茶よりも美味しい。あの腕章は何でも出来る侍女に支給される物なのかしら?
「それはいいわ。私の侍女に悪いもの。それよりその箱を開けてみせて」
サマンサは微笑んだ。エミリーは頷くとテーブルに箱を置き、床に片膝をついて箱を開けた。
「お姉様、色々とお持ちなのね。しかもどれも素敵」
「ありがとう」
「ナタリー様の宝飾品は侍女の趣味なの?」
サマンサが私を振り返った。その隙で宝石箱の中身が見えて私は頷いた。確かに国から送られてきた私の宝飾品とは違い過ぎる。ライラの物はどれも気品を感じた。
「あれは父の趣味です。定期的に送られてくるのです」
私が言葉を崩さないせいか、サマンサは不満げな表情を浮かべた。
「つまりナタリー様は御自分で選ばれたものはお持ちではないの?」
「自分で選んだ宝飾品や服は持っていません。今まで自分で選んだ事がないので選べと言われても困ってしまうのです」
サマンサとライラは不思議そうな顔をした。私、何かおかしい事を言った?
「今までどうしていたの? 宝飾品はまだしも服は困るでしょう?」
「この結婚が決まって初めて自分用に服を仕立てて貰いました。レヴィでは定期的に服を買わなければいけないと殿下が仰るのですが、商人に勧められても困ってしまって、結局いつも殿下のお手を煩わせてしまって申し訳ないと思っています」
「買わなければいけない? そのような決まりはないけど」
「しかし殿下が定期的に商人を呼ばれて、傷んだ服を着ているのは王太子妃としてよくないからと、結局何も決められない私の代わりに選んで下さるのです。お忙しい方ですからいつも心苦しくて。ですがそのような決まりがないのでしたら、次はそう言ってみます」
結婚当初から続いているから、てっきりレヴィのしきたりだと思っていたけれど違うのか。それならもう断ろう。この五年で服は十分揃った。イネスが丁寧に洗濯をしてくれるので傷みにくいし、今後はアリスの服だけお願いすれば十分だ。
しかしサマンサは首を横に振った。
「明確な決まりがあるわけではないけど、傷んだ服を着るのは王太子妃としてはよくないわ。王妃殿下の代理公務もあるわけだから、エドお兄様に恥をかかせない為にもね。何なら私とお姉様と一緒に選べばいいわ。このお茶会の延長で話しながら選べば楽しいわよ」
サマンサの提案は嬉しいけれど、私の為に時間を割いてもらうのは申し訳ない。
「そのような、手を煩わせるような事……」
「私は特に仕事がないからいつでもいいわよ」
ライラは私の言葉に被せるように言った。サマンサも微笑む。
「私も公務はほぼないからいつでもいいわよ。自分の部屋は侍女がいて嫌だと言うなら私の部屋でもいいわ。遠慮し過ぎといつも言っているでしょう?」
「ですが、もう本当に十分ですから。私にとってこの国での生活は華やか過ぎて、申し訳なさ過ぎて、せめて公務で返そうとは思っているのですが、返せているのかもわからなくて」
「別に申し訳ないと思う必要はないわ。王太子妃なのだからもっと堂々としていていいの。その態度こそがシェッドの女と呼ばれ続けている原因なのよ?」
私の態度がレヴィに馴染めない原因? シルヴィとデネブのせいではなくて?
「いい? レヴィでの帝国の印象はあの侍女達の不遜な態度そのものよ。それに対してナタリー様はその態度がないから、皆内心は少し友好的なの。だけども侍女に対して何も出来ないから、所詮シェッドに逆らえない女と言われているの。わかった?」
王宮の人達からそう思われていたなんて初めて知った。だけど実際二人を抑えられないのだから、シェッドに逆らえない女と言われると返す言葉がない。
「わかったけど、でも私はあの二人には本当に逆らえないのよ」
「その愛妾の娘にいかほどの力があるか私は知らないけど、もうすぐお兄様が帝国に勝利を収めるから、その時は勝ち誇った顔をしたらいいわ。私はレヴィの人間ですからこの勝利を心から喜びますと。帝国派の人間は王宮に居辛くなり、レスター家を筆頭に色々と騒動が王宮内でも起こるはず。その時ナタリー様はレヴィ王太子妃として帝国なんて知りませんと言う顔さえしておけば、もう皆も受け入れてくれるわよ」
「そのような単純なものなの?」
「力のある方に味方する、そういう単純なものよ。均衡状態だった王宮内の揉め事は、一気に帝国派を追い出す形で収束するわ。ナタリー様を追い出せという声も上がるかもしれない。でもそれを抑える手をエドお兄様はうっている」
「手?」
手とは何だろう? 私には見当もつかない。
「あれだけお兄様はアリス姫を溺愛しているのよ? 母親とは引き離したくないとエドお兄様が言えば議会は強く出られないはず。帝国もナタリー様を返せとは言ってこないでしょう?」
「それは言ってこないわ。政略結婚の為だけに仕方なく生かしてきただけだもの。戦争に負けた後なら、戻して再度嫁に出す国もないでしょうし」
この大陸ではシェッドとレヴィが二大大国なのだ。私がルジョン教の教えを曲げてまで再度嫁ぐ国など思い当たらない。
「そうね、思い浮かばないわ。むしろルイ皇太子殿下の所に嫁ぐ娘もいないのではないかしら? 負かした国に私を嫁がせる事もないでしょうし」
「駄目。兄の所なんて絶対に行かないで。幸せになれないわ」
可愛いサマンサを兄の所になど絶対に行かせたくない。たとえそれを殿下が願ったとしても、それだけは阻止したい。
「ナタリー様は二人兄妹でしょう? そこまで仲が悪いの?」
「兄のせいで私は侍女二人にも頭が上がらない程立場が弱くなってしまったの。だから殿下とサマンサ様が異母兄妹なのにとても仲が良くて、最初は信じられなかったわ」
「エドお兄様は異母という感じがしないの。お兄様よりエドお兄様との方が兄妹みたいに見えるでしょう?」
サマンサは微笑んだ。顔のつくりは殿下もサマンサも父親似なので似ている。サマンサとジョージは見た目が似ていないので一見兄妹には思えないけれど、纏っている雰囲気は似ていると思う。
「えぇ。本当に仲が良くて羨ましいわ。仕方がないとわかっていても少し嫉妬してしまうほど」
私は自虐的に微笑んだ。殿下にいつでも会いに行けるサマンサを、ずっと羨ましいと思っている。サマンサはそれに呆れた顔を返してきた。
「だからそういう事はエドお兄様に言いなさいよ。ねぇ、お姉様」
「私にそのような事を言われても困るわ」
「ライラ様にはそういう感情は理解出来ませんから御容赦下さいませ」
エミリーが口を挟んだ。エミリーはずっとサマンサの横に片膝をついたまま控えていた。私はすっかり彼女の存在を忘れていて口調を崩していた。あぁ、やってしまったと後悔しているとサマンサが笑った。




