表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
知らないふりをさせて下さい  作者: 樫本 紗樹
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/50

王太子妃の独り言

 シルヴィとデネブには女児なんて本当に無能ねと文句を言われたが気にしない事にした。父からも役立たず、さっさと男児を産めという失礼な手紙が届いたが、体調が完全に戻っていないのですぐには無理だと返しておいた。殿下を殺させたりはしない。アリスの父親を奪われてなるものか。私がもう殿下に抱かれなければ父の計画は頓挫する。それでいい。


 アリスには殿下が手配してくれた乳母がついているけれど、私は出来るだけアリスの側にいた。アリスの部屋はまだ正式に決まっていないので、私が出産に使用した部屋を仮の部屋として使っている。泣き声が煩いとシルヴィとデネブはこの部屋に来ないのでそれだけでも嬉しい。

 本当は一日中アリスと一緒にいたいのだけれど、体調が落ち着いたのなら夜は寝室に行くようイネスに言われてしまった。夫婦生活自体元々ないので寝室で一緒に寝る必要性はないのだけれど、一人産めば二人目を期待される事は仕方がないので、私は出産から一ヶ月を過ぎた辺りで寝室で寝起きする生活に戻った。勿論殿下は私が起きている時間には寝室に来ない。しかしシルヴィやデネブにも二人目を考えているという雰囲気を出しておかないと父に妙な事を言われるので、私も寝室で寝るしか選択肢はないのだが、本当はアリスの横で寝たい。寝室は殿下がベッドで寝ているのかさえわからなくて一人で寝ているのと変わらないけれど、アリスの横なら小さくても存在を感じて心が温まるから。



 乳母車を押して庭を散歩するのが今何よりも楽しい。レヴィ王宮の庭はとても広いので何通りもの散歩道がある。そして散歩をしていると、たまに殿下が様子を見に来るようになった。いつもなら女性に声を掛けている時間にアリスに声を掛けるのだ。だからと言って女性関係がすっきりしたわけではない。日によっては女性に声を掛けている。私は相変わらずその事に関しては知らないふりを通している。


「アリス、今日は機嫌が良さそうだね」


 乳母車を覗く殿下の表情は父親そのものだ。生後四ヶ月のアリスも父親を認識しているのか殿下に話しかけられると嬉しそうに笑う。それが嬉しいのか殿下も微笑む。その本物の笑顔が私に向けられる事はないけれど、娘に向けてくれているのだから十分と思わなければいけない。今までなら公務以外で顔も合わせなかったのに、こうしてアリスを通じて数日に一回は顔を見られるのだし。


「宜しければ抱かれますか?」

「首は座った?」

「えぇ。もう大丈夫ですよ」


 殿下は首が座っていないのが怖かったのか、アリスを頑なに抱こうとはしなかったのに、大丈夫と言った瞬間嬉しそうな表情を私に向けた。そんなにアリスを抱きたかったの?


 しかし殿下は怖いのか乳母車からどう持ち上げていいのか困っている様子だ。私は微笑んでアリスを抱きかかえると殿下へと渡した。殿下は嬉しそうにアリスを抱きかかえた。アリスも嬉しそうに笑っている。幸せな家族の一時みたいでいいな、と他人事のように私はその二人を見守っていた。



 それから殿下はアリスの様子を見に来た時は、必ず抱くようになった。少しずつ成長する娘を愛しているようなその表情はとても幸せそうだ。その表情を見て私は無理に側室を勧めなくてよかったなと思った。私は殿下に安らぎを提供する事は出来ないけれど、アリスにはそれが出来る。きっと今はアリスと触れ合う事が殿下の癒しなのだ。だから殿下がアリスを抱きかかえた時、私は少し距離を置く事にしている。きっと私は視界に入らない方がいい。殿下の大切な休憩時間を邪魔してはいけない。本当はアリスの事を話し合ったりしたいけど、そういう事は殿下が望んでいないかもしれないと思って遠慮をしている。もし殿下が望むのなら私に話しかけるはずだ。話しかけられたら応じる、それでいい。



 こうして平和な日々がゆっくりと流れていった。その間、殿下が何に忙しかったのか私は気にも留めなかった。ただ殿下に抱かれなければ父の計画は失敗に終わり、アリスと幸せに暮らしていけると漠然と思っていた。



 アリスが生まれて一年が過ぎた。議会では長らく揉めていた隣国ガレス王国との休戦協定が締結される事で決まったようだ。私は政治的な事は詳しくない。しかしその協定にレスター家が反対していた事は知っている。表向きは何も獲得していないのに戦争をやめるのは今までの戦費が無駄になるという事だが、本心は二国間が戦争して疲弊してくれないとシェッドに都合が悪いという事らしい。


 シェッドは長雨の影響で食糧難に陥っているようで、私の所にもレヴィからの輸出量を増やすようにと懇願の手紙が来たけれど、私には何の権限もありませんと返事をしておいた。そのような事、命を狙っている殿下に頼めるはずがないと何故わからないのだろう? そのせいかはわからないがシェッドは食料を武力で奪うという判断をし、ローレンツ公国との国境で揉め始めたらしい。私はアリスと安穏生活を送りたいので、出来たら二国間で何とか決着をして欲しい。ただでさえ王妃派対王太子妃派の派閥争いがまだ収まっていないのに、それぞれの出身国が戦争に発展したとなると、流石に王宮内でも混乱が出てくるかもしれない。妙な事に巻き込まれないようにアリスを守らなければ。


 殿下は相変わらずお忙しそうだ。陛下が少しずつ殿下に仕事を引き継いでいるらしい。健康そうに見えるけれど何か不安でもあるのだろうか? それとも隠居をしたいのだろうか? 陛下は二十一歳という若さで国王に即位し、その時まだ独身だったのでレスター公爵家がなかば強引に娘を嫁がせたと聞いた。そのせいか夫婦仲は冷めていて、仮面夫婦を演じる事もなかったそうだ。それでも義務感に縛られて殿下を出産した義母が、子供に愛情を持てなかったのは仕方のない事かもしれないと、最近では思うようになった。私もアリスが殿下の子供だからこそ可愛いのであり、他の男性の子供だったなら同じように愛せるかは自信がない。


 陛下の側室だったクラウディア様の話を聞くとあまりいい印象を持っている人は少ないみたいだけれど、サマンサの母親なのだからいい人だったと私は思う。しかも殿下の育ての母と言う立場で、自分の子供達と分け隔てなく愛情を注いだというのだから立派な人だ。クラウディア様の教育方針のおかげか殿下は王太子としての地位をほぼ確立している。ほぼというのは王妃派であるスミス家が難色を示しているからだ。王太子は長男と決まっているが、廃太子は不可能ではない。そして王太子として相応しくないという理由が、殿下の女性関係と言われると私には何も対策出来る事はない。しかし私は殿下が王位に就くかどうかは興味がないし、王妃になりたいと思った事もない、むしろ荷が重いので遠慮したいくらいだ。私はただアリスの成長を見守る環境さえあればそれでいい。


 殿下は未だに側室を持とうとはしない。あれだけ女性に声を掛けているのに本当に不思議でならない。不特定多数に声を掛けるよりは側室を何人か抱えた方が女性関係が乱れて見えないと思うのだけれど、殿下は飽き性なのだろうか? とりあえず正妻の座を譲れと喚く女性が今まで一人もいなかったのだから、殿下の女性に対する態度は紳士的なのだろうとは思う。不特定多数の女性と関係を持って紳士的というのが矛盾しているけれど、私が殿下に抱かれた時は殿下の精神状態が悪い状況にもかかわらず、あれだけ優しかったのだ。きっと他の女性にも優しく対応して好印象を残しているに違いない。もう一度抱かれたいと思う事もあるけれど、殿下の命と引き換えになる可能性を考えるとそのような事は口が裂けても言えない。今日も声を掛けられた女性を羨ましく思いながら、私に出来る事は知らないふりだけなんて本当に自分が情けない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手
宜しければ拍手をお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ