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比較・検討が研究職の基本です

 説明会の次の日から早速授業が始まる。


 ハイディは意気揚々と初級魔術理論の授業を聞いていた。

 もちろん自分にとっては常識以前の内容ではあるが、件の魔石割りの件といい、自分の常識的な知識と世の中の知識に大いなる隔たりがある可能性があるので、どの程度の内容を常識とすればいいのかを確認する意味合いが強い。うっかり初級の授業を落として上級の合格要件を満たさなくなってしまっては立つ瀬がない。


 というわけで一応授業の内容を確認していたのだが、予想以上に暇な授業で開始十五分もした時からどうやって瞼がくっつかないようにするかを考えるだけの機械と化していた。


 その次の授業は初級の外国語で、こちらは若干成果があった。

 まずは実力を見るために翻訳の例文をいくつか発表することになったのだが、教師からは「よくできているが言い回しが古臭い。本でばかり勉強していたからかな?」というありがたいお言葉をいただいた。

 であれば、最新の語彙を習得すれば事足りる。これに気付かず試験を受けていたら、下手すると不合格もあり得た。


 そんなこんなで眠気と戦っているうちに昼になった。


 まともに内容を覚えていたのは三割もない。もしかしたら半分以上は寝ていたか別のことを考えていたかもしれない。興味のない授業がこれほど苦痛だとは、知ってはいたが実感としてはとっくに忘れ去っていたのだ。


「ハイディちゃん、お昼ごはんにしましょう」


 片づけをしていると同室の二人、きつい目のリリィとおさげ髪のマチスが迎えに来きた。

 昼ご飯を食堂で一緒に食べる約束をしていたのだ。

 本当は昨日約束していたのだが、子豚に拉致されたのでお流れになっていた。


「ハイドランジアさん、ちょっといいかしら?」

 行動を出たところで教員に声をかけられた。とがったメガネが厳つい、まだ若い女性教諭。はて、誰だっただろうか。


「私の授業は暇だったかしら?」

「は、え、いえ、そんなことはありません」


 ぎくり、とした。ほとんど寝そうになっていたことがバレていたようだ。正直この教師が担当していた教科が何なのかすら怪しい。 少なくとも外国語ではないことだけはわかるが。


 ほかの授業といえば、初級の魔術理論と算術と魔術具理論。たぶん、最後のやつだ。その授業が終わったばかりなのだから。


「初日からあのような様子では、先が思いやられますね」

 ふぅ、とため息を一つついて、女性教諭は去っていった。呆然とその様子を見送る。去り際に小さく何事か呟いて。

 本当に小さな声だったからほかの誰にも聞こえなかっただろう。ただ一人、すぐそばですれ違ったハイディを除いて。



『勇者の娘だからって生意気なのよ』



 彼女はそう呟いていた。


 やっぱりね。こういうこともあるとは思っていた。まさか授業初日から、しかも教師の側からやられるのは想定外だが。まぁ、授業中上の空だった自分にも非はある。今度から気を付けよう。


「珍しいね、マヤ先生があんなこと言うなんて」

「ハイディちゃん、何かした?」

「いやあ、まぁ、ちょっと、授業に集中できていなかったかな、と」


 寝てました、とは言えなかった。



◇



 予想は裏切られた。


 この半世紀で学院はほとんど変わっていないように思えたから油断していた。

 まさか食堂がこれほど進化していようとは。昔の食堂といえば、薄暗くてじめっとしていて、品書きはいつも代り映えしない定食で、一週間も通えばすべての料理を制覇できたというのに。


 それがどうか。


 たっぷりと日が差し込む、よく掃除の行き届いた清潔な食堂。

 町中の高級食事処と比べても遜色無さそうな、しかし派手すぎない落ち着いた雰囲気の什器たち。

 品書きのほうも多種多様な料理がずらっと並び、しかも日替わりまであるという。それでいてお値段もお手頃!

 なんでも学院長肝いりの政策で、近年(勇者シリウスの活躍によって)生徒数を伸ばしている騎士校に対抗するためらしい。よくやった!アトラス学院長!ハイディは心の中で盛大な拍手を送った。


 しかし、問題がないわけではない。


「ううう、これは迷う。究極の選択です!」


「そんな大げさな。これから先ほぼ毎日通うんだから、気軽に選べばいいんだよ」

「そうは言いますけどね、マチスさん。一週間全部のお昼でも週に六回分、一年で卒業するなら二百四十食ぐらいしかないんですよ!?当たりがあったら何回も食べたいし、一回でも無駄にはできませんよ!」

「一年で卒業する気満々なんだ」

「当然です」


 ハイディは食堂の前に置かれたお品書きと、すでに食事中の生徒が食べているものを交互に睨みつけながら唸っていた。あとから来た生徒たちが次々と追い抜かしていってもお構いなしだ。

 食事にはもともと執着していないつもりであったが、それは気のせい、あるいは単なる思い込みであったと船で豪華な食事を食べているうちに思うようになっていた。


「二人はどれにします?おすすめとかありますか?」


「うーん、季節柄魚はあんまりいいものがないから、この時期は鶏肉とかがおすすめだよ。この香草焼きなんかは、結構人気があるね」

 マチスが指したものは、確かにハイディも気になっていた。しかし今一つ決め手が欠けるような気がしていた。


「私はいつも面倒だから日替わりのものを選んでいるの。旬の食材を使った煮込み料理が多いよ」

 一方のリリィはやや投げやりだった。あまり食事を選ぶことに執着がないらしい。参考にはならなかった。


「あのさ、私とリリィがそれぞれおすすめのやつを頼むから、それを少しずつ分けてあげるよ」

「いいの!?神か!!?」

「そんな大げさな」

 マチスには笑われてしまったが、今なら神に祈ってもいい。


 というわけで、机に三人で注文した鶏肉の香草焼きと日替わりの煮込み料理、そして豚肉の鉄板焼きを並べて仲良く分けて食べることになった。


「うん、どれもおいしい」


 これからはこの昼食を目標に午前中の授業を乗り切ろう、そう心に決めたハイディだった。



◇



 この魔術学院では午前中に授業があり、午後は各自の研究時間に割り当てられている。さらにそのあとには日が暮れるまで同好会活動などに勤しむ。


 というわけで、まずは研究室の下見である。どこかの研究室に所属してそれなりの成果を示さなければ卒業はない。ここで選択を誤ると(前回のように)大変なことになるので、慎重に選択する必要があるのだ。


「えっと、マチスさんが魔術を農業に活用する研究で、リリィさんがガチガチに硬派な魔術理論の研究、でしたっけ」

 初対面の時の会話を思い返しながら二人に尋ねた。


「そうだよ。ハイディちゃんは魔術具の研究がしたいんだっけ?」

「そうなのですが…」


 昼前に嫌味を言われた教師の顔がちらつく。

 あの教師が魔術具の担当であることは食事中に二人から聞いていた。あそこまで敵視されている教師の下で研究をするのは、「事故」が起こる可能性がそれなりに高そうだ。避けておいたほうが無難だろう。


「とりあえず、お二人の研究室を見学させてください」

「もちろんいいよ!」



 というわけで、まずはリリィが所属している魔術理論の研究室にやってきた。

 ハイディたちのほかにも数名見学者らしい姿があったが、みんなあまり興味津々、という感じではなかった。一応見ておこうか、という雰囲気が感じられる。


「やあ、リリィ君。新入生を連れてきてくれたのかな?」

「はい、ラヴィオ先生。寮で同室の、ハイドランジアです」


 紹介を受けて会釈する。ぴくり、と小さく教師の眉が上がったのに気付いた。向こうもハイディが何者であるかに気付いたのだろう。


「先生はまだ若いけど、独創的な理論の実践で評価が高いんだよ。魔術理論の研究はほかのあらゆる魔術の基礎になるから、絶対に損はないよ」

 まるで自分のことのように誉めそやすリリィを同室の二人は生暖かい目で見守っていた。なんとなく察してしまった。この先生、確かに若いし顔もいいもんな。


 後で聞いた話だが、この教師、ラヴィオは女生徒の間でかなりの人気を集めているが浮いた話が全くない。そこもまた人気を集めている理由ではあるのだが、あまりにも浮いた話がないせいで幼女趣味の疑惑まで立っているらしい。この噂は後にハイディに全く(性的な意味で)興味が無さそうなことが知れ渡るにつれて下火になっていったがそれはまた別の話だ。


 さて、肝心の研究内容だが、基本的には過去の文献をあたる、魔術陣や魔石の分類や組み合わせで発生する効果、詠唱の分解解読再構成などなど、びっくりするほど地味な内容だ。見学者の大半は教師の話は右から左で意識がなくなっている。ハイディはこの内容であれば知識を小出しにすればさほど拘束されずに卒業できるかもな、などと邪なことを考えていた。


 研究室にリリィを残し、マチスが所属する農学系の研究室を見学することにした。

 今の所属はマチスのほかにあと一人だけの不人気、もとい、少数精鋭の研究室だった。


 主な研究内容は魔術による土壌の改良によって植物の生産性を高めること、らしい。正直あまり興味はない。この手の研究は魔王時代一人で生きていくためにさんざんやってきたし、当時のつらい記憶が蘇ってくるのだ。マチスには悪いがあまり積極的にやりたくはなかった。


 ここでマチスを残してひとりで見学に回ることになったが、いくつか回ったところでなんだかどれでもいいような投げやりな気分になっていた。


「正直なところ、担当の教授には何も期待していないからそれなりの資金か設備が使えるところであればどこでもいいかなぁ」

 そういう意味では、最初にみた魔術理論の研究室がいろいろと融通が利きそうだった。



 そんなことを考えながら、本日最後の見学先、大本命の古代魔術研究室の前に立つ。古代魔術はハイディが手を出せていない数少ない分野の一つなのだ。


「おじゃまします。新入生のハイドランジアといいます。見学に来まし…た?」


 部屋の中に入ると、何やらおどろおどろしい雰囲気の先輩が一人部屋の真ん中に立って項垂れていた。


 その相貌がハイディの顔をとらえた瞬間、ぱっ、と満面の笑みでとびかかってきてハイディの手を取った。


「あなた、ハイドランジアと言ったかしら?この目、この顔立ち、あなた、アン様の娘ね!!?」

「いいえ違います。人違いです」

 異様なまでにしっかりと握りしめられた手を振りほどいてそっと扉を閉じ、二度とここには近寄らないことを決めた。


説明回ですいません。

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