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十年越しの計画を始めよう

 カルマンはかつて魔王と呼ばれた魔術師の一番弟子である。

 師匠と死に別れてからと言うもの、必ず転生術が成功していると信じてこの十年を生きていた。


 ようやく念願かなった今日のこの日、寝起きであることも相まってなにやら不思議な精神状態になっていた。妙に浮ついてそわそわしているのだ。


「カルマン君、さっきも言ったがもう少し離れてくれ」

「あ、すんません。このぐらいでいいっすか?」

「いや、もう少し後ろの方がいいな。私の方はどうだ?」

「師匠が可愛らしくて変な感じです」

「それは慣れろ」

 ため息を一つ。


「さて師匠、なにから話せばいいですか?」

「決まっている。城の資料はどのぐらい持ち出せたのだ?」


 かつて魔王と呼ばれた男は、居城に籠もって何十年も魔術の研究を続けていた。蓄積された知見はかなりの量だ。勇者が攻めてきた時も追い返せるはずとぎりぎりまで研究を続けていた。いよいよ危ないというときに部下に研究成果の持ち出しを命じて、自らは撃退あるいは時間稼ぎのために勇者のもとへと向かった。


 師の言葉に、ややばつの悪そうな笑みを浮かべるカルマン。

「いやー、それがっすねえ…実は自分の所には使えそうなのあんま無いんすよ。ミラちゃんと手分けして持ち出したんすけど、最後の方にやってた研究の資料はあらかたミラちゃんが担当してたもんで、オイラのところにあるのは基礎研究とか頓挫したやつのが大半スね」


「ミラはどうしている?一緒じゃないのか?」

「最初は一緒だったんスけどねえ。勇者一行の別働隊の追っ手を撒いてる間にはぐれちゃったんすよ。通信機でも連絡つかないし…もしかしたら死んじゃってるかも?みたいな?」


「ふむ。ミラの捜索が必要だな。何か手掛かりはあるのか?」

「遺物の管理で手一杯だったんであんまりですねえ。ほら、魔術具の整備って結構大変で、道具類の持ち出しはオイラの担当だったんでそれのお守りがもー大変で大変で」


「わかった。言い訳はいらん」

「い、言い訳じゃないっすよー…」


 研究に使っていた魔術具の整備が大変なのはハイドランジアも重々承知している。一旦止まると再び動かすのに何年も要するようなものや、そもそも壊れて使い物にならなくなる物もある。城にいたときは三人がかりで、さらに魔術で命令通りに動くゴーレムも動員して整備していたのだ。


「あ、でもアレはちゃんと持ち出せたんで安心してくださいっス!」

「あれ、とは?」


 何しろ十年も前のことなので定かではないが、特にこれを持ち出せと言明したものはなかったように思う。


「やだなー、アレっすよ、アレ」

 なぜかほほを染めて目をそらしたカルマンが言いづらそうにもじもじしていた。


「ほら、勇者一行が迷宮とかで《ピー》して《ピー》《ピー》で《ピー》の記録映像」

「あー、あったな、そんなの」


 自分の年齢が示している通り、勇者一行では旅の途中からそういうことが行われていた。それも結構頻繁に。勇者一行の動向を魔術具を駆使して監視していた魔王のもとにはその時の記録映像が大量に残っていたのだ。時には悪趣味にも迷宮内の安全地帯を装ってその実監視魔術具の山、というおあつらえ向きの舞台を作って積極的に集めたこともある。


「今となってはどうでもいいなぁ、それ」

「ええっ!?結構がんばって持ち出したんスよ!?ミラちゃんにバレないようにするの大変だったんスから!なんなら研究資料より優先したぐらいゲフンゲフン」

「それは個人の趣味ですよね」

「ま、まぁそれは否定できないっすけど」


 カルマンの目が泳ぐ。その様子を見てハイドランジアはため息しか出ない。


「今は師匠、十歳のおこちゃまですもんね。まだ使いませんよね」

「使うとかいうなし。いや、そうか、まだ言ってなかったか」


 ハイドランジアはまだカルマンにいくつか重要な「こちらの事情」を開示できていなかったことに思い当たる。


「あーカルマン君、言ってなかったんだけどね。今の私の両親ってその勇者たちなんだわ。ほら、勇者と、すごいおっぱいのでっかい魔術師いたじゃん。あれが今の両親」

「うわー、マジっすか」


 反応が軽い。別にもったいぶっていたわけではないが、少し不満に感じるから不思議だ。


「転生先はもうちょい調整できるかと思ってたんだけどな。結局条件に設定した『魔力のできるだけ強そうなところ』って条件でその魔術師の子供になってしまったようなのだ」

「あー、それはなるほどっすねぇ。あれ?師匠今十歳でしたっけ?ということは…」

「うむ、私が殺された時にはもう身篭っていたようだ」


 転生術でアンの胎内に宿った時に深手で死にそうだった母親の傷を魔術で必死に修復したりもしたのだが、それは今は関係ない。

「そりゃーあんだけやることやってりゃそうでしょうね」

 しみじみと頷くカルマン。


「ということはこれ、今となっては両親のハ《ピー》りですね。地獄っスね」

 映像を記録していた小さな魔術具を手のひらに転がしながら、カルマンは苦笑い。


「うむ。それもあるが」

 なぜかやや言いよどむ魔王ことハイドランジア。


「まだあるんすか」

「カルマン君は今の私を見てどう思う?」

「いやぁ、かわいらしくて利発そうなお子さんですね、って感じスかね…てあれ?もしかして?」


 ハイドランジアが距離をとったことでカルマンから全身が見えるようになった。

 そうなれば、気づくことがある。その服装が、完全に女児のそれだった。


「うん、私今女の子なんよね」

「あー、そうなんすか」

「あれ?そんだけ?」


 個人的にはそこそこ重大な告白だったのだが、再びあっさり流されて若干拍子抜けである。


「や、だって師匠、魔力は母子継承だから転生するなら女子がいいだろうなーとか言ってたじゃないスか。女の子に転生して女の子産んでその子に女の子産ませてそっちに転生すれば実質的に不死じゃね?とか恐ろしいことも言ってたスよ」


 カルマンの言ったことは確かに合理的ではあるがそんなことを言った記憶はなかった。


「あん時の師匠はだいぶ酔っぱらってたみたいなんで、それで憶えてなかったのかもですけどねー」

「ふーん…」


 生返事を返しながら『不死化』の実現性を検討する。たった一回の転生でも結構綱渡りだったが、そちらは術の精度を上げられれば何とかなりそうだ。ただ、試してわかった事だが、転生術の対象にできそうなのが死んだ時点でまだ小さな胎児だけのようだ、ということだ。うまくその契機を捕まえる工夫が必要か…


「師匠?」

「あ、すまん。考えことをしていた」

「いえ、いいスよ。で、これからどうします?」

「そうだな。とりあえず手元にある資料は魔力伝送でこっちにちょっとずつ送ってくれ」

「結構量ありますけど、魔石たります?」


 研究成果は情報を魔石に刻み込んで保存してある。そこに魔力を流せば再生が可能だ。ついでにその魔力を通信機経由で受け取れば遠隔地に複製を置くことができるが、それを保存しておくためには受け取る側にも同じ容量の魔石が必要になる。


「心配ない。結構良いのが手には入った」

 通信機を作ったときのあまりを取り出してみせると、カルマンの顔がわずかに引きつった。


「結構、ってそれヤバいスね。お城が幾つか買えそうス」

「ぬ?そんなにするか?精々豪邸がいくつか、じゃないか?」


「ああ、師匠は田舎暮らしなんであんまり実感ないかもですが、魔石の値段が高騰してるんス。ほら、一時期はうちらが作った魔石を勇者達が売りさばいて値段がこなれてたんスけど、そんときに増えた需要を今は支えられてないみたいなんスよね。特にここ最近は酷くて、一年で倍以上の相場になっちゃいましたね」

「そんなことになってるのか」


 『魔王』として研究をしていた頃はその辺の動物を捕まえてきて魔獣に『改造』する事でいくらでも魔石を生産できたが、今は設備がないしあったとしてもそんな怪しげな養殖業を両親に見つからずにできるとは思えない。手元にある分はできるだけ節約した方がいいだろう。


「当面は通信で連絡すればいいから、資料は必要になった奴から送ってくれ」

「了解ッス」


 これで案件は一つ片づいた。あと確認しておくことは…


「ミラ、だな。どうしよう?」

「残党狩りがいまだに嗅ぎ回ってるみたいスから、積極的に探すのは難しいス」

「しつこい連中だな。向こうからの連絡がないってのは何か事情があるんだろうし」

「案外俺達のことなんかすっかり忘れて遺産で楽しくやってるかもッスけどね」

「ははは、こやつめ」

「ははは」


 冗談めかして言ってはいるが強ち無いとも言い切れない微妙な線だった。カルマンにしてもそうだが、魔王時代の側近二人は別に魔王に忠誠を誓っていたわけではない。魔術の研究者として雇用されていただけ、という方が近い関係だったのだ。

 それでも最期まで裏切らなかったのは、魔術の研究という一点においてそこが最高峰であったからに他ならない。カルマンは魔王の帰還を信じていたが、ミラはどうか。


「正直オイラもあと二、三年で潮時かなーって思ってましたからね」

「ぐぬぬ」

 二人しか居なかった側近の片割れにそう言われてしまうと返す言葉もない。


「私が転生したことが伝わればいいんだよな」

「あんまり大々的にやってまた追われるのも面倒ッスよ。今度も無事逃げきれるとは限りませんし」

「そうだよね」

 誰がやるか、も問題だ。カルマンが実施したとしても、道具の維持で手一杯の彼ではまともに抵抗できない。対して自分だと、最大の脅威である元勇者とあまりにも近すぎて危険だ。魔王とて準備不足のまま不眠不休でいつまでも応戦することはできない。ただでさえまだ幼いこの身体はかなりの睡眠を毎日毎日要求してくるのだ。


「さっさと勇者達ぶち殺して家を出たらいいんスよ」

「それは確かに有りなんだけどなあ」

「歯切れ悪いすね。情が移ったんスか?相手は両親かも知れませんが、師匠を殺した仇敵っスよ?」


 目を閉じて考える。答えは、すぐに出た。


「いや、情が移ったとかじゃないな。どちらかというと打算が近い」

「打算?」


「ああ。今勇者から訓練を受けてるんだけどさ、これが結構よくて、かなり強くなった感じなんだよね。このまま続けてたらもうすぐ勇者超えそうなぐらい」

「なるほど?」


「あと、母親の魔術師は辺境の出身で、私らがいた中央ではすでに失われた古代術式の知識があるっぽいんだよな。もう少しおおきくなったら教えてくれるって言ってたからそれは教わっておきたい」


 これらは理由ではあるが、なくてもどうにかなりそうなことでもある。


「でも一番はやはり、今の『勇者の娘』って立場はいろいろ使えると思うんだよね」


 例えば王族との交渉事などもすんなりいくだろう。生前は後ろ盾がなかったせいで王族に追われる立場になってしまったが、今ならば合法的に研究を続けられる可能性が高い。


「なるほど!師匠の考えは理解したッス。んじゃま、当面は今の立場を生かして地盤を固める感じすか」

「だな。ある程度自由に動けるようになったら魔王復活の噂でも流してミラを誘い出そう」

「了解ッス」


 具体的な話はまだまだこれからとはいえ、一応話がまとまったことでハイドランジアは急激な眠気に襲われた。今はまだ十歳にもならない子供なのだ。鍛えているとはいえ魔獣を狩りに山に入り、風呂と夕食をすませてからぶっ続けで魔石の加工をしていたのだから疲れて当然。ついでに通信機を使うのにも魔術が要るし、その間ずっと《サイレントルーム》を維持していたのだ。


「悪い、もう限界だ。すごく眠い。また明日な」

「はは、子供スからね。早く寝ないと大きくなれないッスよ!おやすみなさい」



 少し小馬鹿にしたような物言いに腹が立ったが眠気の方が勝ったハイドランジアは、せめてもの抵抗に一睨みしてから通信を切った。


これまでずっと「子供」と書いていたのはこのためなのでした。

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