後悔しない同好会選び
閉めた扉を中から開けられないように全力で魔術まで使って固定して走って逃げていると、放課後を告げる鐘が鳴った。これからは同好会の時間だ。
ハイディはあらかじめ約束してあったので、リリィが所属する馬術部が活動している屋外の馬術場へと向かう。
馬術場にはすでにいくらか人が集まっていて、新入生らしい生徒が策の外から様子をうかがっているようだった。ハイディもその中に混じってリリィを探す。
「おや、小さなお嬢さん、馬術に興味がおありですか?」
笑顔がまぶしい一人の先輩がハイディに気付いて声をかけてきた。
すぐ隣に立っていた女生徒たちがキャーキャーと黄色い声を上げる。人気があるようだ。かっこいいもんな。
どことなくシリウスに似た雰囲気があるからちょっといけ好かないが、一般的に見ればかなりの男前だろう。しかも魔術師にありがちな貧相な体ではなく、それでいて馬術の邪魔になる無駄な筋肉のついていないスラッとした美形だ。それが嫌味になっていない自然なふるまいが受けているようだ。
「はあ、そうですね。田舎で暮らしていたときは馬を飼っていましたが、家族で出かけるときは小さな馬車だったのでで乗る機会はありませんでした。興味はあります」
「そうか。大変結構。どうだ、試しに乗ってみないか?」
「そうですね、やってみます」
リリィはまだ来ていないようだったので、時間つぶしにもちょうどいいだろう。
柵を乗り越えて、イケメン先輩のそばに寄った。その脇で大きな黒馬が鼻息荒くハイディを見つめていた。ぽんぽん、と顔をなでてやるとすり寄ってきてかわいい。
「乗り方はわかるかな?」
「ええ、一応」
しかし転生してから一人で馬に乗るのは初めてだ。あまり外出することのなかった魔王時代ではあったが、どこかに出かけるときは馬に乗っていた。シリウスたちと住んでいた村ではそもそもどこかに行く用事が殆どなかった。馬が必要になるほどの距離に行くことは滅多になく、あったとしても家族そろってだったので先ほど言ったように馬車に乗っていた。シリウスに至っては、一人で遠出するときは走ったほうが早いなどと言う始末で、実家での馬は乗り物というより農具の一つという扱いだったように思う。
隣に立ってみると馬の大きさがよくわかる。手を伸ばして背中にどうにか触れるかどうか、というところ。これはどちらかというとハイディが小さいのだけど。
しかしこうも大きさが違うとなかなか勝手がわからない。
やきもきしていると、すっと脇から手を差し込まれて持ち上げられ、すとん、と馬上に乗せられてしまった。その様子を見ていた観客たちがひときわ大きな悲鳴を上げた。
ハイディの顔も知らず知らず真っ赤になっている。観客たちの悲鳴もいつしか冷やかすようなものに変わっていったが、ハイディが幼すぎるせいでかなりほほえましい光景になっていた。
「あとは、大丈夫だと思います」
「そう?一応口取りはさせてもらうよ」
「お願いします」
手綱をとって馬に小さく声をかけてから、足で合図を出すとゆっくりと歩き始めた。久方ぶりの馬上はかなり視線が高くて見晴らしがいい。少し行ったところで先輩のお許しが出たので駆け足でぐるりと一周回って戻ってくると、笑顔の先輩たちが拍手で迎えてくれた。
「やるね!これだけ乗れれば即戦力だよ。馬の扱いもよく理解しているし、体の使い方やつり合いもすごく上手い」
「ありがとうございます」
少し離れたところから、わっと歓声が聞こえてきた。
見ると、障害走の練習をしているようだった。跳ね回る馬上にリリィの姿を見つけた。リリィは器用に馬を操り、次々と障害を飛び越えていく。無駄のない動きで、まさに人馬一体といった風情だった。
「君は、彼女と同室のハイドランジア君、でいいんだよね?」
「え、ええ、はい。そうです」
なぜわかったんだろう、と思ったが、リリィが昨日のうちに伝えていたのだろう。なにしろ十歳ぐらいの子供はほかにいないのだから、その特徴だけで個人特定が容易なのだ。
「彼女はね、うちの中でも随一の腕前だよ。三か月後にある各学院対抗の馬術大会にも出場予定だから、そのための練習をしているんだ」
「馬術大会、そういうのもあるんですか」
「ああ。年に二回の恒例行事でね。例年は騎士校の独擅場になってしまうのだけど、彼女が入ってくれたおかげで前回はそこそこ戦えたんだ。惜しくも敗れてしまったが、今年こそはと頑張っているんだよ」
「そうなんですか」
馬上できらきらと汗が輝いている様子すら幻視できる。
一周が終わったリリィが二人が見ていることに気付いて手を振ってくれた。手を振り返すと、にぱーっとかわいらしい笑顔が返ってきた。
「あと、彼女は新入部員をたくさん連れてきてくれるんだ」
「でしょうね、ははは」
自分もまだ男だったらころっといっていたかもしれない。
「入部したくなったらいつでもいで。君なら大歓迎だよ」
「ありがとうございます」
馬から降りて(一人では降りられなかったので再び抱えておろされて)、挨拶をして別れた。イケメン先輩はすぐに女性陣に埋まって見えなくなってしまった。
ハイディはリリィにも挨拶してから、次の目的地へと向かった。
馬術、いいかもしれない。リリィほどうまく馬を扱えれば格好いい。
馬術場のすぐ横に、いくつか建物が建っている。それらはいろいろな武術・剣術の道場になっていた。
試しに全部のぞいてみたが、大体が気合の空回りする先輩と貧弱な後輩たち、というような組み合わせで、微妙に活気があるんだかないんだかわからない雰囲気で練習していた。そもそもここは魔術師の学校である。肉体労働系は不得意なのだ。
特に剣術はこの十年最高峰だけを見続けてきたせいか期待外れの感が強すぎる。毎朝の素振りや型の練習は続けるにしても、同好会でやる意義は見いだせなかった。そのうち道場破りとかすると楽しいかもしれない、とは思ったが。
道場群の脇を抜けていくと、畑が広がる区画があって、その奥に目的地である飼育小屋があった。
「見せてもらってもいいですか?」
丁度水桶の交換を終えたらしいマチスに声をかける。
「あ、ハイディちゃん。来てくれたんだ。どうぞどうぞ、好きなだけ見ていってね。鳥につつかれないように気を付けてね!」
言いながらも、マチスは手慣れた様子で飼い葉を変えたり掃除をしたりと忙しそうに動き回っている。
ほかには誰もいなかった。ちなみに、鳥はその辺に放し飼いである。動き回るマチスの後をよたよたとついて歩いていて、餌が零れ落ちてこないかを期待しているのかもしれない。
手を伸ばすと何の警戒もしていなかったのか簡単に捕まえることができたが、手を突かれたので放してやった。
「一人なんですか?」
「うん、前は先輩が三人居たんだけど、みんな去年卒業しちゃったからねー。でも日頃の管理ぐらいなら一人でも大丈夫だよ。たまに料理部のみんなが手伝ってくれるしねー」
少なくとも、マチスの手際は勇者をやめて農家になった初心者の両親よりは手慣れているように見えた。
「んー、よいしょ、掃除はこんなもんかなー。……《ウォーターフィラー》!」
マチスの詠唱に応えてニワトリ小屋の水桶に水が満たされる。このあたりが魔術師の便利なところである。
普通ならばこの作業は井戸から水をくみ上げて運び、を何度も繰り返す重労働であるが、魔術を使えばなんてことはない。魔術なしで一人では世話しきれなかっただろう。
「魔獣はいないんですか?」
「今はいないよー。危ないからねえ。たまーに生まれるみたいなんだけど、すぐに騎士団とかに引き取られていくらしいよー。私はまだ見たことないんだけどね」
「そうですか」
せっかく生き物を育てるのであれば、ここで魔王時代のように魔石を得るための魔獣を養殖できないかと考えたのだが。
魔獣の飼育は届け出制なので学院ではかつてほど派手にはできないが、家畜から生まれた魔獣であれば赤子のころから育てることでよく懐いてくれるので騎士や魔術師の中には魔獣を育てている人もいる。数匹程度なら認められる可能性は高いはず。
もっとも、ハイディのようにハナから魔石が目的で育てようという人はいない。魔獣の体内にそれなりの魔石ができるまでには相応の時間が必要だし、そこまで育てたのであればそのまま使役したほうが役に立つだからだ。
そうこうしている間に、片づけが終わったようだ。
「これでよし、と」
続けざまに風の魔法を駆使して散らばっていたゴミを一塊に集め、そこにゴザをかける。こうしておけば堆肥ができるのだ。
「さて、帰りましょうかー」
部屋に戻ると、すでに戻っていたリリィと一緒に三人仲良くお風呂で汗を流す。三日目にして早くも少し慣れてしまった自分が怖い。ただ、こちらからキャッキャウフウの攻撃を仕掛けるのは犯罪じみている気がしてまだできないが。
そうこうしているとあっという間に消灯時間になってしまう。
魔王時代であればこれからが研究の本番だ!ぐらいの時間帯ではあるが、まだ幼いこの体はどれだけ寝ても足りるという事は無いらしい。寝台に体を投げ出すと途端に睡魔が襲ってくる。体力は当時よりはるかにあるはずなのに不思議だ。
(そろそろどうにか魔石を手に入れてカルマン君と連絡を取りたいんだがなぁ)
石を入れていた首飾りをいじりながら考えているうちに、いつの間にか寝入ってしまっていた。
寝息を立て始めたハイディに同室の二人はそっと毛布を掛けてやってから、もぞもぞとその両となりにもぐりこんだ。
最初から隣居ると追い出されるのです。




