表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/146

第66話 紅茶(Side:Lawless)

「いやぁ、ローレス君が乗り合わせてくれて本当に助かった」


 武装集団の死体の処理と生き残りの引渡しの為、街道警備兵を呼ぶ為の狼煙を上げていると、御者の男が近づいてきた。揉み手せんばかりにご機嫌で寄って来て、狼煙(のろし)で信号を送っているローレスに感心する。


「その若さであの腕前にこの知識、素晴らしいの一言ですな。最近の新米冒険者達は口だけは達者ですが腕が伴わないものが多くて困り者です。狼煙信号なんて存在すら知らないのではないでしょうか。最近は街道警備の質も落ちたみたいで、半年ほど前も大商会の娘さんが盗賊の集団に襲われたって話ですしね。その時は偶々凄腕の冒険者が通りかかって事なきを得たらしいんですけどね。いやー恐ろしい話ですわ。もっと国も街道警備に力を入れてくれたら良いんですけどねぇ」


 よく喋るな、と思いながら狼煙で緊急事態の信号を上げ続ける。しばらく街道の両側を監視していると、中央王国側の遥か彼方で煙が上がった。


「返事が来たぞ、ローレス殿」


 乗合馬車で一緒になった親子の父親が煙を発見して知らせてくれた。これで後はこちらの狼煙を絶やさないようにしながら待つだけでいい。


「ありがとうございます。後は見ておきますので、奥さんとお子さんの所に行ってあげてください。終わったとは言えやはり不安でしょうから」


「命を救っていただいた上に、そんな雑事まで押し付ける訳には。火と煙の管理くらいなら私にも出来ます。ローレス殿こそ少し休憩してください」


 そうまで言われて遠慮するのも逆に失礼か、とローレスは後を任せて休憩を取らせて貰う事にした。生木のままで火に()べると細く長い煙が出る木を火に入れる際の注意点だけ説明してアイオラ達が休憩している馬車の近くまで戻った。


「ローレス君、お帰り」


 ローレスの戻るのを逸早(いちはや)く気付いたアイオラが、暖かい紅茶の入ったコップ(木杯)を差し出してくる。懐かしい香りを漂わせるそれを受け取りながら彼は首を傾げた。


「あれ? 紅茶なんてどこから出てきたんですか?」


「ああ、それは私の商売道具なんですよ。南の帝国領で取れた紅茶を中央王国の店に卸してるんです」


 商人風の男は本当に商人だった様だ。主に紅茶や蜂蜜、ジャム(果醤)等を南で仕入れて中央に下ろしているらしい。今回は命が助かったということでお礼と宣伝を兼ねて全員に提供しているらしい。


「まだ紅茶は嗜好品としては高級な部類ですし、蜂蜜やジャムなんかは砂糖と比べると大分安いとは言え、やっぱり高級品ですからね。口にされる機会も少ないと思います。ですので、こういう理由を見つけては布教しているんですよ」


 そう言えば紅茶なんて随分長いこと口にしていない、とワクワクしながら口をつけ、ローレスの動きが止まった。


「如何です? 普段口にされる番茶とは味も香りも段違いでしょう? 南の紅茶職人が丁寧に手摘みした生葉を特殊な工程の後しっかりと乾燥させ……」


「金は払う。紅茶の葉を売ってくれ」


 商品説明(セールストーク)を始めた商人を遮り、ローレスは真剣な表情を向ける。商人はその気迫に圧倒されながらも、茶葉の入った包みを差し出す。


「保存方法からしてなってない……こんな扱いで嗜好品だと? みんなこんなので満足しているのか?」


 受け取った包みを仔細に眺めながら、ローレスはブツブツと呟くと背負い鞄(バックパック)に手を突っ込んで中から硝子(ガラス)製のティーポット(急須)を取り出す。無論元々入っていたものではない。紅茶に夢中になってはいたが、まだ複製の瞬間を隠す理性は残っていたようである。因みにティーポットには神域で飲んだ水が入っている。後ろで商人が「何て美しい茶器だ……」と呟いているが気にしている場合ではない。


煮沸(ボイリング)


 独自(オリジナル)魔術(ワード)を使い、瞬時に水を沸騰させる。それを一旦木桶に入れると、ティーポットに茶葉を適量入れて木桶からお湯を注ぐ。高い位置から勢いよく、十分に空気を含ませて注ぎ込み、踊る茶葉を見ながら蓋を閉じる。新品のタオル(手拭)を取り出すとティーポットに巻きつけて保温する。待っている間に怪我の治療用に用意していたガーゼ(薄織)を取り出し、手頃な二股の枝を捜してくるとその間に網のように張った。


「よし、葉も大きかったしこのくらいだろう」


 体感で三分から四分程経った所で、余ったお湯を注いで温めていたコップの中身を捨て、ティーポットの蓋を開ける。木の匙で一回しだけ掻き混ぜるとガーゼの網で茶殻を濃しながら均等に紅茶を注いでいく。先程とは比べ物にならない程の芳しい香気が辺りを包む。


「アイオラさん、商人さん、どうぞ」


 二人にコップを渡し、自らも紅茶に口をつける。鼻孔を(くすぐ)る香りと舌に微かに残る苦味、懐かしい紅茶の味がここにあった。


「あら、さっきの物とは全然味も香りも違うわ。凄く美味しい」


「……これは、今まで見たことの無い淹れ方、飲んだことの無い味、嗅いだ事の無い香り……」


 今度は商人が違う世界に入るスイッチを押してしまったようだ。紅茶を口に含み、香りを味わい、その色をじっと見つめる。


「輸送時の保存方法も変えた方が良いですよ」


 素人ながらも紅茶については随分研究した。水の選び方から淹れ方、楽しみ方等様々な事を調べて実践した。まだ紅茶の歴史の浅いこの世界でなら、紅茶で覇権が取れるかもしれない。取らないが。


「ど、どうしたら良いと思います!? あ、勿論情報提供して頂けたら謝礼はお支払いいたします。と言うか淹れ方も教えていただきたい! と言うか師匠と呼ばせて頂いても宜しいですか!?」


 ローレスが十歳で年上とかはもう関係が無かった。ただ紅茶の(似非)専門家がいて、紅茶を広めたい男がいる。この二人の出会いが後に大陸全土に紅茶文化を広めていくことになる。この商人の男は後世“紅茶富豪”と呼ばれる程に紅茶で大成する事になるのだが、それは後の話である。




 それから小一時間、街道を巡回する部隊が先行して駆けつけてきた。

 駐屯兵は準備も時間が掛かるし距離的にもやや遠い。生き残りの護送も考えるとある程度の人数が必要との事で、先ずは動きの軽い巡回兵が監視などの負担業務を代わりに来たと言うわけだ。


「では、後は任せて移動しても宜しいですか?」


 御者の男が巡回兵に尋ねる。返答は簡単に言えば駄目の一言だった。そもそも到着した巡回兵は三人。十人を超える武装盗賊の監視には人数的にも少々心許ない。少ないが謝礼も出すので護衛や冒険者達にも手伝ってもらいたい、とのことだった。

 護衛や冒険者達からすれば、依頼や移動中に振って沸いた小遣い稼ぎに乗り気である。緊急時の事後受注と言う形で組合(ギルド)に報告してくれるとあれば、実績も上がると言うおまけ付きだ。


「無論、こちらの都合で足止めしてもらうのだから御者殿にも別途保証を出そう」


 保証が出るなら、と渋々納得する御者。実は自分が幸運だったと言うことに気づいていない。この場に居なければ無保証で足止めを食らっていたのだ。

 街道は現在この辺りの区画は封鎖されている。理由は三十人規模の武装集団が現れた事により、現在南北の駐屯地からは残党狩りの部隊がここを目指して進んでいる。この辺りの監視体制が整うまで安全の保証が出来ないからだそうだ。


「明日には駐屯兵の先行部隊がここを引き継いでくれる。北の封鎖地点までは我らも同行するので、今夜一晩は辛抱していただきたい」


 ローレスやアイオラ、商人に親子連れを相手に巡回兵はそう説明した。どちらにしても馬車が動けない以上どこにも移動できない。納得せざるを得ないのだ。


「命の代償が予定が一日ずれた程度なら御の字ですかね」


 商人の言葉に一同納得するのだった。




 夜番を巡回兵と冒険者達に任せてローレス達は焚き火の前でゆっくりとした時間の中にいた。食事も終わり、後は寝るだけなのだが眠るにはまだ若干早い。

 ふと親子連れの方を見ると女の子が母親にぴったりと寄り添っているのが見えた。表情は暗い。やはり昼間の襲撃と慣れない野宿で不安なのだろう。

 背負い鞄に手を突っ込んで仏具【蓮華座】を起動。手の中に葉で包まれた森人(エルフ)の焼き菓子を取り出すと親子連れのところに移動した。


「娘さんはおいくつですか?」


「今年三歳になります。中央王国の南部の町に妻の両親がおりまして、この子の誕生日を一緒に、と向かう途中だったのですが」


 まさかの事態になってしまったと言うことだろう。


「せっかくの旅行がこんなことになってしまって、ちょっと塞ぎ混んでしまいましてね。普段はもっと元気なんですが」


 ローレスは父親に焼き菓子を手渡す。


「これは?」


「お子さんに。ちょっと早いかもしれませんが誕生日のお祝いと言うことにして置いて下さい。少しでも元気になってくれれば良いんですが」


 子供は笑顔でなければいけない。ローレスのそんな思いからの行動だった。最初は遠慮した父親も、口に合わなかったら捨ててもらっても良いとまで言われては受け取らないわけにもいかない。

 礼を言うと母親にその旨を話し、包みを開けて娘にそれを差し出す。

 焼き菓子を不思議そうに見て、父親の促すままに小さな口に運んだ。さくり、と軽い音をたてて口の中で溶ける焼き菓子に娘は目を見開いて動きを止める。

 急に動きを止めた娘を心配そうに見つめる夫婦の前で、固まっていた娘が小刻みに震え出す。


「お、おい、大丈「美味しい!」夫、か……?」


 父親の心配する声を掻き消すように歓喜の声を上げ、娘は一心不乱に手の中の焼き菓子を平らげた。


「お父さん、もう一個頂戴!」


 言われるままに差し出すと、今度はさくり、さくりとゆっくりと味わうように噛み締める。先程までの暗い表情が嘘のように笑顔に変わる。


「お父さんもお母さんも、食べて!」


 娘の変貌ぶりに驚きながら、薦められるままにそれぞれ焼き菓子を口にする。次いで出てくるのは感嘆の声。


「甘い、それになんて軽い口当たりなんだ。こんな焼き菓子は聞いたこともないぞ」


 聞いたこともないとの発言に商人の耳がピクリと動く。素早く親子の側によると、巧みに娘に取り入って焼き菓子を一枚手にいれた。対価に蜂蜜の小瓶を渡す辺り、期待度の高さが伺える。


「し、師匠! なんですかこれは!?」


「師匠はやめてください。その焼き菓子は森人から頂いたものです。恐らく商売相手としては厳しいと思いますよ」


 森人、の言葉に娘は目を輝かせ、両親は驚き、商人は肩を落とした。

 お伽噺ではよく出てくる森人は、余程の理由でもなければ変わり者でもないと森から出てこない。冒険者として活動しているものも全体で言えばごく僅かだろう。

 そんなお伽噺の住人が作ったお菓子を食べたとなれば、幼い娘は憧れに胸を膨らませ、両親は森人と関わる少年に驚くのは当然だ。

 森人は基本全てを森で賄い、外との接触を避ける嫌いがある。そんな閉鎖的な種族と交渉する自信がない商人は、せっかくのネタを前に諦めざるを得ない事に意気消沈したのだ。


「森人は無理ですが、こう言うのはどうですか?」


 商人に差し出したのは小さな丸い焼き菓子。卵黄と小麦粉、ほんのちょっとの甘味で出来たそれを口にして、本日もう何度目になるか判らない衝撃に目を見開く。親子にも好評のようで、あっという間になくなってしまった。


「こちらだったら制作者をお教え出来ますよ。僕の名前を出せば交渉もしやすいでしょうし」


「是非お願いします師匠!」


 師匠はやめて、と言いながらユミ宛の手紙を書き、商人に手渡す。紅茶や蜂蜜なんかを持っていくと良いですよ、と村の場所を説明しながらいくつかアドバイスする。

 ユミの作る料理やお菓子は、あの村だけで終わらせるのは惜しい。旅立つ前にそう言って説得し、気に入った商人がいたら進める許可をもらっていた。

 この商人は紅茶の知識はともかく、捧げる情熱にはローレスの信用を得るに足る真摯さを感じさせた。最終判断はユミ達が決めるとはいえ、ローレスはこの商人なら大丈夫だろうと感じている。

 けっして紅茶好きの連帯感から来る甘い判定ではない。多分。


「このご恩はいつか必ずお返ししますよ。中央の北部にある雪待(スノゥホープ)の町を通るときは是非ギリー商会のニルをお尋ねください。私がいなくても妻と息子夫婦には歓迎するように言っておきますので」


 商人は毛布に(くる)まって「ではお先に」と横になった。どうやら大分話し込んでしまったらしく、いつの間にか親子連れも少し離れたところで寝息を立てていた。


「ローレス君、こっちよ」


 アイオラに呼ばれて近くまで寄ると、毛布を肩にかけて座った彼女が、毛布を開いてローレスを招いている。


「夜は寒いもの。一緒に寝ましょう?」


「いや、流石に不味いでしょう!?」


 にっこりと笑って手招きするアイオラ。彼女はその雰囲気に反して意外と頑固で、一度決めたら簡単には考えを変えようとしない。

 このままだとアイオラが風邪を引く。だから仕方ないんだ。と自分に言い訳をしながらアイオラに背を向けて腰を下ろす。ふわりと毛布に包まれ、アイオラに抱き締められる。


「ほら、こうしたら暖かい」


 耳元で響く彼女の甘い声と、後頭部に感じる柔らかい感触にドキドキしながら、身体を固くした。

 背後から聞こえるアイオラの寝息を聞きながら、夜は更けていった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ