第65話 街道の旅(Side:Lawless)
村を出て街道に出るまで一月。急ぐ旅でもないので街道まではのんびりと進んだ。アイオラは魔神領から一人で村まで旅して来ただけあって野営も道なき森を歩くのもさして苦ではなかったようだ。
街道で道沿いの宿で二日程疲れを癒すと、十人ほどが乗れる大型の乗り合い馬車で中央王国を目指して北へと進路をとった。
「体調は大丈夫ですか?」
より強固な繋がりを得て魂の力を譲渡した代償に、アイオラは上位妖魔としての能力が大きく減じている。それでも並みの人族では太刀打ち出来ない力を有してはいるが、それまでと比べると身体能力は随分と落ちている。動作一つ一つに負荷が掛かっているようなもので、その疲労は並大抵ではないだろう。
「ええ、大丈夫よ。ローレス君は心配性ね」
しかし、にっこりと笑うアイオラの表情からは、疲労の色は見えない。本当に平気なのか、無理をしているだけなのかはよく解らなかった。
「弟さんかね。中々に姉思いのようで」
同席の商人風の男が話しかけてきた。ローレス達の関係を姉弟と見たようだ。妙齢の女性と十そこそこの少年が共に旅路についているのだ。姉弟か親子と思うのが当然だろう。
「いいえ、私の騎士様ですのよ。私のすべては彼の物。彼無くして私は生きていけませんの」
「は、はぁ……左様ですか」
隣のローレスを抱き寄せると、アイオラは幸せそうに笑った。抱き着かれた当のローレスは恥ずかしさで頬を赤くして、同乗者達の好奇の視線に居心地悪そうに身じろぎした。
「アイオラさん、なにかに捕まって。馬車が止まるよ」
恥ずかしそうにしていたローレスの表情が一変した。足下の背負い鞄から弓と矢筒を取り出すと、衝撃に備えた。
「おいおい坊主、いきなり武器を出してどうしたって言うんだ? 危ないだろう」
同乗者の冒険者と思われる一団の一人が咎めてくるが、今はそんなことに拘っている場合ではない。
「おい、無視してんなよこの餓鬼っ!」
ローレスに無視されたと思った冒険者の男が掴みかかってこようと立ち上がった途端、馬車が急停車した。
「なんだ!?」
危うく転びそうになった冒険者の男はなんとか踏ん張ると、御者台に繋がる小窓を開いて怒鳴った。
「武装した集団に囲まれてるんですよ! 護衛だけじゃどうにもならない数だ。こういう時のための冒険者だろう、何とかしてくれよ!」
この手の乗り合い馬車は、移動中は護衛を雇うのが普通だ。この街道は比較的治安が良いので護衛の賃金も安く、そう言った依頼を受ける者も少ない。依頼を受ける冒険者も階級の低いものが多く、いざという時には不安が残る。そこで冒険者限定で乗車賃を割引き、代わりにいざというときは力を借りると言うことになっている。
「外の護衛は何してやがる!」
「睨み合いしてるよ! あんたらも早く加勢しに行ってくれ!」
馬車内の冒険者は五人。後は商人風の男が一人に小さい女の子を連れた若い夫婦、そしてローレスとアイオラだ。
「見えるだけでも二十人はいるぞ。何とかしてくれよ!」
それだけ言うと、御者台の男は小窓を閉めた。ローレスはモタモタと戦闘準備を始める冒険者達を尻目に、馬車の扉を少し開けて様子を伺う。
「有り金と武器防具、後、女を置いていけば野郎共は見逃してやるよ」
「そんな無茶な! 金も持ち物も全部やるから、女は勘弁してくれ!」
既に降参済みのようだ。馬車内の冒険者達もそれほど戦力にはなりそうもない。かと言ってこのまま座して敗北を認めるなんて真っ平だ。
「アイオラさん、自分の身を最優先で、出来たら戦えない人達のことも頼みます。僕は外の加勢に行ってきます」
アイオラが笑顔で頷くのを見て、ローレスは隠蔽と隠密を使って姿を隠し、馬車の屋根の上に移動した。気配を探り、強盗集団の数を確認する。
(正面に二十、右が五、左は三、後ろには三……この集団の頭領は後ろの男か)
目に見えるのは正面の二十と後ろの三。左の三は隠蔽でも使っているのか視覚では見つけられない。右の五は技能は使っていないようだが、茂みに隠れているのでやはり見えては居ない。
(まずは左の三と右の五を片付けて、冒険者達が前の二十を相手している間に後ろを牽制しようか)
矢筒から矢を三本取り出すと、人差し指と中指、中指と薬指、薬指と小指の間に一本ずつ挟むと、三本同時に番える。左側で隠れている三人に狙いを定め、指力強化の指輪の技能で親指一本で弦を引き絞っていく。狙いが定まったところで手を離し、三本同時に飛び出した矢が正確に三人の息の根を止める。
流れるように右を向くと、馬車が陰になって事態に気付いていない五人の内三人に先程同様矢を当てて倒す。残った二人は突然倒れた三人に驚き、慌てて木の陰に隠れるがローレスの射線を遮れていない。一人倒れ、最後の一人は地に伏せて茂みの中に完全に姿を隠すが、気配を頼りに放った矢が中った様で、うめき声を上げて大人しくなった。
「前の二十人をお願いします。護衛の六人と協力すればなんとかなりますよね?」
ようやく馬車から出てきた冒険者達に頭上から声を掛ける。冒険者達の「お、おう。任せろ」と覇気の無い声に不安に成りながらも後ろの三人に視線を向ける。矢を番え、ピタリと頭領に狙いを合わせて叫ぶ。
「左右は無力化しました! 前も時間の問題でしょう! 三人では勝ち目はありません! 降伏しろとは言いませんが、引いてくれませんか!?」
真ん中の頭領と思しき壮年の男が肩を竦めると腰の剣を抜いた。左右の男もそれぞれに獲物を構える。
「餓鬼に言われてはいそうですかと引き下がってたら、この商売やってられないんだよ!」
頭領が真正面から突っ込んでくる。左右の男はそれぞれ右と左に別れて馬車の左右を取るつもりのようだ。
ローレスは大きな斧を持った右側の男を放置して、左の短剣の双剣使いに狙いをつける。狙われていることに気付いた男は額と胸を短剣で隠し、そのまま走ってくる。ローレスは狙いを腹に定めて矢を射る。狙い過たず正確に鳩尾を打ち抜いて男が痛みに倒れたのを確認、右側の斧使いが前面に斧を翳して防御するのを見て、斧を持つ手に狙いを定めて射る。右手の中指と人差し指の付け根に命中、指二本を吹き飛ばされて斧を取り落としたところでもう一射する。右足に矢が突き刺さり、斧使いは姿勢を崩して地面に転がった。
「この餓鬼、えげつねぇことしやがるな!」
二人を仕留めた所で頭領が馬車の直ぐ近くまで到着していた。馬車の後部に手を掛け、一気に身体を引き上げて屋根の上に立つ。
「これで弓の有利は消えた。さて、餓鬼が俺の剣をどう防ぐ?」
にやりと笑い、剣を構える。ローレスは矢を番えようと腰裏に手を回そうとしたがその動きを見た頭領が剣を突き出して邪魔をする。不安定な屋根の上と言うこともあり、中々矢を取り出す隙が見つからない。
「ほらほら、少しずつ掠ってるぞ」
頭領はローレスを嬲るようにギリギリ服だけを切り裂くように剣を振った。お世辞にも回避が上手いとはいえないローレスが避け続けられているのは、不安定な屋根の上と言う地の利と、頭領がローレスを何時でも始末出来ると判断した結果だった。手下を消耗させられた怒りを存分に晴らしてから殺そうというつもりのようだ。
そんな余裕を出さずに、一息に止めを刺していればこの頭領にもまだ再起の目はあったのかもしれない。だがローレスに小細工の時間を与えてしまったのが頭領の運命を決めた。
「大分愉快な姿になったな、痛みで辛いだろう。そろそろ殺してやるよ」
徐々に服から皮膚へ、皮膚から肉へと剣が切り裂いていき、ローレスは至る所から血が流れている。確かに傷口は痛いが、これで諦めたらアイオラを護るなんて夢のまた夢だ。大きく剣を振りかぶった頭領の姿に、好機は今だと弓を振り上げた。
頭領の剣がローレスの弓の弦に迫る。頭領の振る剣の前には細い弦等、何の抵抗にもならない。勢いよく切りつけた剣は弦とぶつかり合い、勢いよく弾かれた。
振り下ろした等速で弾き飛ばされた剣に引かれ上半身が仰け反る。血まみれのローレスが、いつの間にか右手に持っていた瓶を頭領目掛けて思いっきり投げつけた。伸び切った身体はそれを回避できず、瓶は弾かれて頭上にある頭領の剣に当たり中の液体が頭領にぶちまけられる。
「何だ!? ……酒、か?」
口に入った液体は馴染みの深い酒精の味がした。それもえらく度のキツイ最高級の火酒に似ていた。
「点火!」
ローレスが叫ぶ。自然魔術の発火を応用したローレスの独自魔術で、火花を散らせて可燃物に瞬時に火を点ける事が出来る。燃えやすいものでないと意味は無いが、頭領に掛けたのは高濃縮蒸留酒、火がつく濃度の酒精である。
全身に火がついた頭領は絶叫を上げて馬車から転げ落ちる。必死で地面を転がって火を消そうとするが、衣類に染み込んだ酒精はその程度では抜けてくれない。あっという間に熱と酸欠で頭領は動かなくなった。
馬車の前の戦闘もどうやら終わったようだ。歓声が上がるのを安堵の吐息を漏らしながら聞き、仏具【蓮華座】を起動して治癒薬を複製、一気に飲み干すと自らの身体を点検する。特別痛みも異常も見受けられないことを確認すると、無茶をした弓の弦を確認する。
「大丈夫だとは思っていたけど、剣の跡すらないとはね」
ローレスの弓の弦は火竜の髭で出来ている。たかだか量産品の剣如きで切れるような柔な物ではない。あの瞬間防御に使えそうなものが他に思いつかなかったので仕方なく使ったが、出来たらもう二度とこれを盾代わりには使いたくない。
「弓の本体が歪んでなければ良いんだけど」
森人特製の弓が早々歪むとも思えないが、後できちんと点検をしよう、と思いながらローレスは屋根から飛び降りる。扉を開けると親子と商人はローレスの姿にぎょっとするが、アイオラはさして驚きもせず代えの衣類を渡してくれる。
「ありがとう」
それを受け取りながら感謝を伝えると、アイオラは「このくらい当たり前です。信じてましたが、無事で良かったです」と笑って答えた。
その笑顔だけで頑張った甲斐があった、とローレスは自然と頬が緩むのを感じる。そんな自分に内心で発破を掛ける。勝って兜の緒を締めよ、だ。
今日勝てたのはたまたまだ。まだまだ自分は弱い、と。どんなことがあってもアイオラを護れる力を手に入れるために、もっと頑張らなければいけない。
ローレスはそんな風に、決意を新たにするのだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。




