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『悪役令嬢の汚名を着せられましたが、真実を知った皇太子殿下が離してくれません』  作者: 御上常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第65話 公爵夫人の答え

 翌日、アリアは久しぶりに朝から心が落ち着かなかった。


 昨日、レオンハルトの前で自分の口から“好きです”と言ってしまったこと。

 その言葉の熱が、まだ胸に残っている。


 もちろん告白ではない。

 少なくとも、自分の中ではそう整理している。

 けれど、本人を前にしてそこまで言ってしまえば、もう“気持ちを隠したまま考えている”段階ではない。


 あとは、自分がどこまで覚悟を持ってその先を選ぶかだけなのだろう。


 そう分かっているからこそ、今日は母ときちんと話したいと思った。


 昼前、クラウディアの私室を訪ねると、母はちょうど手紙の整理を終えたところだった。


「珍しいわね。自分から来るなんて」


「お時間、よろしいですか」


 その言い方で、ただ事ではないと察したのだろう。

 クラウディアは侍女を下がらせ、ソファを示した。


「座りなさい」


 アリアは向かいへ腰を下ろす。


 少しだけ沈黙があった。

 けれど、その沈黙は苦しくなかった。

 何を話すべきかを、自分の中で整理するための時間だった。


「お母様」


「ええ」


「私、やはりあの方が好きです」


 クラウディアは驚かなかった。

 ただ静かに頷いた。


「そうでしょうね」


「でも、まだ迷いはあります」


「責任のこと?」


「はい」


 アリアは息を整える。


「私は、殿下の隣へ行きたい。けれど、それがただ好きだからでは駄目だと思っていました」


「ええ」


「でも今は、好きだからこそ、その責任から逃げたくないのだとも思い始めています」


 そこまで言うと、母の目がほんの少しやわらいだ。


「ようやく、そこまで来たのね」


「……遅いでしょうか」


「いいえ。むしろ、それが普通よ」


 クラウディアの声は落ち着いていた。


「王家の隣に立つことを、恋だけで決めてしまえる方が危ういの。あなたは今、恋を軽く扱っていない。だからこそ、ちゃんと重さも見ている」


 アリアはその言葉を胸の中で反芻する。


 恋を軽く扱っていない。

 そう言われると、少しだけ救われる。


「責任を果たす覚悟があるからこそ好きだと言える、ということもあるのよ」


 クラウディアは続ける。


「逆ではないの」


「逆、ではない……」


「ええ。“好きだから責任を忘れる”のではなく、“好きだから責任も引き受ける”。それなら、何も恥じることはないわ」


 その一言で、アリアの中の迷いの形が少し変わる。


 足りない、と思っていた。

 好きだけでは足りない、と。


 でも、責任を果たす覚悟のある好きなら、それはもう足りないものではなく、ちゃんと前へ進む力になりうるのかもしれない。


「お母様は……」


 アリアは少しだけためらってから問う。


「私が、殿下の隣を選ぶことに賛成してくださいますか」


 その問いに、クラウディアはすぐには答えなかった。

 娘をまっすぐ見つめ、やがて静かに口を開く。


「賛成する、しない、という段階ではもうないわ」


 アリアは息を呑む。


「あなたは、もう自分でそこへ行こうとしているもの」


 そう言われると、否定できない。


 たしかに今の自分は、誰かに押されているのではない。

 怖くても、自分でそちらへ向かおうとしている。


「だから、私が言えるのは一つだけ」


 クラウディアはゆっくりと告げた。


「選ぶなら、最後まで自分の足で選びなさい」


 胸の奥が熱を持つ。


「誰かに選ばれたから、ではなく」

「はい」

「誰かに期待されたから、でもなく」

「はい」

「あなた自身が、そこへ行きたいから行くのだと、最後まで忘れないこと」


 その言葉は、今のアリアにとって答えそのものだった。


 悪役令嬢と呼ばれた時、自分には何も選べなかった。

 婚約破棄された時も、ただ切り捨てられるだけだった。

 けれど今は違う。


 選べる。

 そして、選びたいと思っている。


「……はい」


 ようやくそう答えると、クラウディアはほんの少しだけ微笑んだ。


「なら、もう十分よ」


「十分……」


「ええ。あとは、あなたがその方へ自分の言葉で返すだけ」


 自分の言葉で返す。

 その一言に、アリアの心は静かに定まっていく。


 レオンハルトは待つと言った。

 でも、長く待たせたくないとも思っている。

 それなら今度は、自分から行くべきなのだろう。


「お母様」


「何?」


「私、たぶんもう答えは決まっています」


 クラウディアは頷いた。


「そう見えるわ」


「怖くはあります」


「ええ」


「でも、もう逃げるつもりはありません」


「知っているわ」


 その返事に、アリアは思わず少し笑った。


 母はとっくに見抜いていたのだろう。

 だからこそ、ここで最後の背中を押した。


 窓の外には、午後の光が静かに差していた。

 その光の中で、アリアはようやく、自分の心が迷いの中心を抜けたことを感じていた。


 好きだけでは足りない。

 そう思っていた。

 でも今は分かる。


 好きだからこそ、責任も引き受ける。

 その覚悟があるからこそ、隣へ行くと言えるのだと。

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