第十一章 退屈な魔物
リサはメインルームの椅子に一人で座っていた。ザヒラ、デニス、コイはそれぞれの任務に戻っていた。アセプは先日の大雨で壊れた屋根を修理している。リサは一分おきに腕時計を確認し、新しい任務が入るのを待っていた。最初から最大音量にしていた通知音をさらに上げようとしていた。
まだ来ないのかな……
廊下から重い木の軋む音が聞こえた。
「ああ、リサ。ようやくベータガゆっくり話せる機会ができた」
ベータがドアの枠に頭をぶつけないようにかがんで入ってきて、リサの向かいに座った。ベータは上着を着ていなかった。広い胸と胸毛がはっきり見えた。浅黒いなめらかな肌にくるくるとした巻き毛。マスクからは時折煙が漏れていた。目を細めると、表情が穏やかになった。
「ベータじ、そうですね、二人でちゃんと話すのはこれが初めてです」
「どうだい、リサ。ファミリーに慣れてきた?」
ベータが聞いた。あの大きな体から出てくる声は驚くほど柔らかかった。
「だいぶ慣れてきました。みんなとも仲良くなれてきたし。でもボスとだけ……なんか距離がうまく縮まらなくて」
リサが言った。どちらかというと愚痴に近かった。
「ははは……ボスは確かに変わった性格し。昔のことを思い出すわね、ボスとベータとレイヴンと三人だけで世界を回ってた頃。いつもボスのせいで何か起きてたんだよな」
「世界を回ってたんですか?」
ベータは頭を叩いた。「そう、ずっと昔の話だ。もう六年以上前くらいかな」
「そんなに前から……ベータじ、レイヴンってどんな人ですか?」
「レイヴン? カラス人間で怖い人だ。ボスでさえ、あの子の前では頭が上がらないんだ」
ベータが説明した。小さな笑い声が混じった。
「今は……どこにいるんですか?」
「ベータの記憶が正しければ、レイヴンはフリード国で偵察任務中のはずだ。ただ、今その国は完全鎖国状態になってるはずでね」ベータが説明した。「もう二年経つのに、まだ開かれていない」
リサは背もたれに寄りかかり、ベータを見ながら首をさすった。何か聞こうと口を開いた瞬間――
リーンッ!!!
腕時計が大きく鳴り響いた。
「新しい任務が追加されました。すぐにご確認ください!」
リサは急いで音量を下げた。通知が何度も繰り返し鳴り続けた。リサは頭の上の耳を両手でふさいでいるベータを見て、気まずく笑った。
「次からは通知の音を小さくしなさい。公共の場で恥ずかしいことになるから」ベータが静かに言った。
「は、はい……ご忠告ありがとうございます、ベータじ。あとで下げておきます」
***
「リサ、実は任務が来たからって、わざわざここに来なくてもいい」
ファルハンは椅子をくるりと回してリサの方に近づけた。
「でも初めての任務だから、ちゃんと状況を把握したくて」
「まあ……でも任務場所を通り過ぎてわざわざ支部まで来たんだよ? 二度手間だよ。しかもあと少しで午後三時だよ、それが何を意味するかわかる?」
ファルハンの眉がぴくりと動き、指がテーブルを叩いた。
「午後?」
「渋滞!!」
ファルハンが顔を拭いながら叫んだ。周りのスタッフが一瞬二人を見てから、また自分の仕事に戻った。ファルハンの叫びには慣れているようだった。
「とにかく、今回はEランクの任務、一番低いランクだよ。内容は魔物生息域管理――」
「魔物が相手なのに低ランク?」リサが口を挟んだ。
「最後まで聞いて、リサ。はあ……アセプみたいになってきた、前はずっと黙ってたのに。生息域管理の担当員と一緒に動いてもらう。君の仕事は、ルートを外れたり仕切りの柵を突破したりした魔物を排除すること。担当員だけでも本来は対処できるんだけど」
ファルハンは大量の魔物が一斉に移動している映像をリサに見せた。
「今の季節は魔物の大規模な移動の時期でね、人手が足りないから呼ばれたんだ」
リサはゆっくりと頷いた。
「武器はもう持ってる?」
「はい」
リサは両ダガーを前に押し出してファルハンの前でクロスさせた。ファルハンが大きく笑った。
「いいね、ちゃんとした武器が揃ってる。今日は集中してね。魔物は弱くても数が多いから、ぼーっとしないように」
ファルハンが親指を立てた。
リサも親指を立てて返してから、くるりと向きを変えて両ダガーを同時に背中のホルスターに収めた。
「かっこいいね~」
ファルハンのぼそっとした声が後ろから聞こえた。
***
「ファミリー・インフィニットのエージェント、生息域管理のご支援に参りました」
「ファミリー・インフィニットのエージェント、生息域管理のご支援に参りました」
リサは現場に向かいながらずっと繰り返していた。担当員の建物が見えてきたところで、リサは深呼吸して唾を飲み込んだ。足取りをしっかりと固めて中に入った。
「エージェント・リサ、ようこそ」
担当員が装備一式をつけながら出迎えた。
リサは固まった。冷や汗が出てきた。
「え……私は……インフィニット、リサといいます……来ました、て、て……き、き、き……きゅうかん……」
リサ以外の担当員たちが、なぜか一斉に別の方向を向いて別のことをし始めた。
「あ、え……はじめまして、リサ……わ、わたし、ルディといいます、こちらのリーダーで……は、は? は……はびたーい、はびたっ……」
ルディさんが誤って自分の舌を噛んだ。
リサの自己紹介のせいで、それまでにぎやかだった部屋が静まり返った。それ以上の会話は続かなかった。ルディさんはリサと他の担当員たちをそのまま現場へ連れていった。
現場に着くと、魔物たちはすでに柵に群がっていた。担当員たちが水を噴射し続けて魔物が近づかないよう押し返していた。リサは後ろを振り返った。街が遠くに小さく見えた。目が柵に沿って森の奥へと続いていくラインを追った。
「エージェント・リサ、ここで待機していてください。もし柵を突破した魔物がいたら、その時に排除をお願いします」
担当員が説明した。
リサは倒木の上に腰を下ろした。担当員たちは噴射器を持って走り回っていた。お互いの背中を叩いてポジションを交代しながら、シフトを終えた担当員がリサの横を通り過ぎていく。
リサは待った。待って、待って、また待った。
リサは大きなあくびをした。さっきから魔物が一体も通り抜けてこないし、柵を突破しようとする魔物も水を浴びせられてすぐにルートを変えていた。
「一体逃げた!」担当員の一人が叫んだ。
リサは両ダガーを前に押し出して飛び出した
そして拍子抜けした。
小さなティリアがとろとろと走ってきた。リサはただ背中に刺しただけ。魔物はすぐに倒れた。体からビー玉ほどの丸いクリスタルのコアが転がり出てきた。
「Eランクな訳だ」リサがため息をついた。コアを拾い上げた。「これ、一ルピにもならないんじゃないかな。五十銀?」
***
太陽が傾き始め、魔物の姿も見えなくなってきた。リサは手の中で小さなクリスタルを三つ転がしていた。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました。おかげで生息域管理がスムーズに進みました」
他の担当員たちが歓声を上げて拍手した。リサも眠たそうな目でゆっくり拍手した。担当員たちと一緒に帰り始めた。一人だけ現場に引き返す担当員がいた。
「スマホ忘れたわ」
森からざわざわと音が聞こえた。リサは眠そうにそのまま歩いていた。
ギィィィッ!!
鉄の柵が曲がる音が担当員たちを含めリサを驚かせた。リサが振り返った。地面から突然黒い壁が伸び上がり、建物のように高く聳えた。リサは近づこうとしたが、ルディさんに肩を引き止められた。
「ダメだ、あの担当員はもう助からない」
「助からないってどういうことですか? あの黒い壁は何ですか?」
「マンティスだ!! 逃げろ!!」
担当員たちが四方八方に散り始めた。
「マンティス? それって何ですか、ルディさん?」
ルディさんの目がリサのまっすぐな
視線を見て大きく開いた。
「後で説明する、今は逃げ――」
黒い壁がゆっくりと下がった。血の匂いが空気に広がった。リサが後ろを見ると、さっきの担当員が首なしで倒れていた。目の前には赤く濡れた脚節が地面に血を滴らせていた。脚節がざわざわと揺れた。ルディさんはリサの肩から手を離して走り出した。
「逃げてください、エージェント。食べられてしまいますよ!!」ルディさんが叫んだ。
リサはマンティスと呼ばれたものをじっと見据えた。口から新鮮な血が流れ出している。マンティスは膝をつき、脚節を震わせてざわざわとした音を出した。そして素早くリサに向かって飛んだ。地面から黒い壁が次々と立ち上がった。
リサは素早く息を吸い込み、両ダガーを前に押し出してクロスさせた。脚節とダガーが衝突して火花が散った。リサは後ろへ押されながらも膝をついて踏ん張った。マンティスは目の前の暗闇に沈んでいった。
リサは集中しようとしたが、あたりは真っ暗だった。
またざわざわと音がした。リサは後退しながら右のダガーを前へ振った。火花が散り、目の前で脚節がクロスしていた。
「ラアァァッ!!」マンティスが叫んだ。
口から濃い血の匂いと共に血しぶきがリサの顔に飛び散った。
リサの初任務、どうでしたか?
最初はEランクで余裕かと思いきや……まさかこんな終わり方になるとは。リサも、僕も、予想外でした。
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また次話でお会いしましょう~!




