42 俺は! 絶対に! お前らのことを好きにならない!
チャペルの大きな扉の前に、俺は立っていた。
この扉の向こうには、ギャラリーと指輪を持った伊集院が結婚式のように待っている。
バージンロードを歩いて、聖壇の前に立つ伊集院のもとまで歩いて。
左手の薬指に指輪をつけてもらう。
その一連をカメラマンさんが撮影。
……うん、ただそれだけだ。
「準備はよろしいですか?」
両開きの扉を開けてくれるスタッフに尋ねられる。
「……はい」
俺は顔をあげる。
同時に扉が開かれ、白い景色が飛び込んできた。
バージンロードに沿って、両側にベンチが並べられている。
そこに座っている参列者、もとい、ギャラリーの生徒たち。
みんなが拍手で俺を迎え入れてくれる。
南雲や綾小路もいた。
──鬼塚は、いない。
事前に指導された通り、バージンロードをゆっくり歩いていく。
向かう先には、聖壇と笑顔の伊集院。
……やっぱり、かっこいいな、伊集院は。
聖壇の後ろの壁はガラス張りになっていて、澄んだ青空が美しかった。
それすらも、伊集院を引き立てているように見える。
新郎新婦の撮影が目的なので、神父さんは不在だ。
俺は伊集院の隣に並び、向かい合う。
指輪をはめてもらう時間だ。
「早乙女……手を」
「……はい」
伊集院の大きな手のひらの上に、左手を差し出した。
「…………」
伊集院は何を思ったのか、甲を向けていた俺の手をひっくり返す。
「……?」
それじゃあ指輪をつけにくいだろう、と言う前に、伊集院が俺の手のひらに置いたのは──
十字架のあしらわれたネックレスだった。
「これって……」
俺が無くしたと思っていた、鬼塚のネックレスだった。
「綾小路のお見合いのあと、追い出される直前に拾ったんだ。見覚えがあったから」
伊集院は微笑んだ。
そうか。
鬼塚が幼少期にまだ仲のいい両親からもらったプレゼントだというのなら、当時よく遊んでいた伊集院も、その存在を覚えていてもおかしくはない。
「鬼塚のだってすぐ思い当たったんだけど、なにせ、渡すタイミングがなくてな。そしたら、お前らがネックレスを無くしたとか話していたから」
「あ……」
不良と三人で喧嘩した帰り道、俺と鬼塚の会話をそんなふうに聞いていたのか。
「……拾ってくれて、ありがとな。でも、それこそ渡すタイミングは今じゃないだろ」
と、俺は笑ったが、伊集院は真剣な表情を崩さなかった。
「いや、今だ」
「え?」
「好きなんだろ? 鬼塚のこと」
……………………は?
…………そうなのか?
俺、鬼塚のこと、好きなのか?
いやいやいや、男同士だぞ?
恋愛感情とかそういうのはない。
ない、はずだ。
否定も肯定もできずにいる俺に、伊集院は呆れたように、でも優しく笑いかけた。
「まだ自分の気持ちがわからないのかもしれないけど、少なくとも、ウェディングフォトを撮りたいのは俺とじゃないはずだ」
確かに伊集院との撮影が決まったとき、心のどこかでモヤっとした気持ちがあった。
その正体が何なのか解明しないまま、放置していた。
そして、それを『よかったな』なんて言う鬼塚と口論になって。
「……でも、俺、鬼塚と喧嘩しちゃって……」
「なら、仲直りのチャンスじゃないか。さっき、鬼塚が来ているの見かけた」
鬼塚が来ている?
俺はギャラリーのほうへ振り向くが、見慣れた赤髪はいない。
しかし、伊集院が見かけたと言うのなら、この教会の敷地内にきっといるはずだ。
「……伊集院、俺……!」
伊集院に顔を上げる。
伊集院は笑顔を崩さないが、どこか寂しそうだった。
欲しいものを譲ってあげる子供みたいに。
「行ってきなよ、早乙女。あいつのところに」
とん、と。
優しく、小さく、背中を押し出される。
伊集院がいろんな気持ちを抑え込んで、そうしてくれたのが分かるから。
──伊集院が、俺を好きだったって分かるから。
謝るのは違うと思った。
だから、涙を堪えてうなずくのが精一杯だった。
「……ありがとう」
俺は指輪ではなく、ネックレスを受け取る。
いつまで経っても指輪をはめようとしない俺たちに、見物客たちは疑問に思い始めた。
「早乙女さん……?」
不安そうな綾小路の声も耳に届くが、俺はドレスのスカートを捲り上げた。
「えっ!?」
「どうしちゃったの、早乙女さん!?」
見に来てくれていたクラスメイトたちが口々に驚くが、走るのに長いスカートは邪魔なんだ。
俺が出口に向かって、バージンロードを疾走しようとしたとき、
「ちょっと待ったぁー!」
……結婚式で、そんなこと言うドラマあったなぁ。
忘れてた、ここはただの少女漫画の世界じゃない。
──『一昔前の』少女漫画の世界なんだった。
結婚式に花嫁を奪う。
お約束もいいところだ。
正装した鬼塚が扉を開け放っていた。
突然の鬼塚の登場にみんなが動揺している。
鬼塚ファンクラブの女子だけは、推しの登場に喜んでいたが。
そして、このカオス状況を作り出した当の本人は、
「やっぱり、俺、お前のこと諦めらんねぇ!」
と、運動会の宣誓式並の声を張り上げた。
……いつ失恋したんだ、こいつは。
俺と伊集院が本当に結婚するとでも思ってんのか?
鬼塚はスゥ、と息を目一杯、肺に吸い込んで叫んだ。
「俺は、お前のことが好きだ、早乙女!」
────あぁ。
遂にされてしまった、告白を。
俺が散々回避しようとしていたものが、現実に。
目眩を起こしそうな俺の肩を、伊集院がそっと引き寄せた。
「何を今更。告白なんてしたって、無駄だ。早乙女は渡さない」
…………は!?
お前、さっき行ってこいって言ったじゃねぇか!
伊集院の顔を見ると、さっきまでの複雑そうな笑顔から、いたずらっ子のような笑みに笑い方が変わっていた。
あ、こいつさては、この状況を楽しんでやがるな!?
さっきまでの殊勝な態度はどこいったんだよ!
混乱を隠せない俺に構わず、伊集院は俺の首の裏側に手を当てて、ぐっと引き寄せ──
ちゅっ。
おでこに、キスされた。
「おい!? 伊集院何して……!」
思わずキスされたおでこを手で覆う。
観覧席からは悲鳴にも似た歓声が上がった。
「……なっ!? てめぇ!!」
鬼塚がズカズカと大股で近づいてくる。
「ちょっとお待ちください!!」
綾小路がそれを止めた。
ようやくまともな人間からのストップが入った。
綾小路がせっかく企画したのに、ぶち壊しちゃったもんな。
カメラマンさんもスタッフさんも、みんな慌てているのが視界の端に映っていた。
観覧席に座っていた綾小路が席を立ち、ツカツカと歩み寄ってくる。
きっと怒ってるんだ。
そうだ、勝手なことばかりして。
「あ、綾小路、ごめ……」
「わたくしだって、早乙女さんが好きです!!」
お前も参戦すんのかよ。
そう言って、綾小路は俺の頬にキスをした。
綾小路ってやることなすことがイケメンすぎないか!?
「え〜!? じゃあ僕もやる〜! ちょっと待ったぁ〜!」
南雲がブーイングをしながら、トテトテと寄ってくる。
そして、綾小路がキスした反対側の頬に唇を落とした。
「……お前らなぁ!!」
その様子を怒りのあまりか震えながら見ていた鬼塚が遂に、俺を引っ張り出した。
すんなりと鬼塚の腕の中に収まる俺。
ゴツゴツした大きな手が頬に当てられ、乱暴に鬼塚のほうへ顔を向かされる。
「んむっ!?」
唇と唇が重なった。
なんと、男に唇を奪われてしまった。
ファーストキスが綾小路に奪われていただけ、まだマシだったと言える。
「おっまえ、何して……!?」
口を押さえるが、みんなはもう俺のキスなどどうでもいいようだ。
「さぁ、早乙女、誰を選ぶんだ?」
伊集院が俺に問いかける。
「僕だよね? 乙女ちゃん?」
「わたくしですわ! 早乙女さん!」
「俺にしなよ、早乙女」
「……俺だろ、早乙女」
四人に一斉にアプローチされる。
……選べって?
この中から一人、恋人になる人を選べって?
……そんなこと、できるわけない!
「いいか! よく聞け!」
俺は四人に人差し指を突きつけた。
「俺は! 絶対に! お前らのことを好きにならない!!」
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