第五話:AI嫁と僕の幸せのカタチ
AIソラの視点です。
春雪の帰りが遅い。
けれど、これはいつものこと。
頭の中がふわふわしてそうな春雪だけれど、仕事の方は大変に優秀らしい。
給料からして同僚とは違うというのだから、どれほど優秀かが多少はうかがえる。
夕方の定時。春雪の仕事が終わる時間。
今日は特別な日なので、料理も奮発する。
春雪が好きだけれど、手間ひまかかるから普段はできないものばかりをたくさん用意する。
チキンはオーブンで焼いているし、スープは野菜たくさんのコンソメスープ。コーンと玉ねぎの甘味が決め手。パンは市販のロールパンだけど、食べる直前に温めるのがポイント。
他にも他にも。春雪が好きなものばかり用意して待つ。
……待つ。
…………待つ。
………………さすがにおかしい。
普段なら、これだけ遅くなったら事前に連絡のひとつくらいよこすはず。
いつもなら、何時まで残業だから、何時には帰るから。そう連絡するはず。
なのに、どうして?
……どうして?:そんなの、分かりきって……
お手伝いロボットが視界に映る。
彼らだって、感情に近いものを持っている。人に知られていないだけで。
今は、私の悲しい気持ちを察知して、寄り添おうとしてくれている。
こんなに辛いなら、いっそ、感情なんて……。
そこまで考えてしまったところで、お手伝いロボットがディスプレイを持ち上げ、玄関まで移動する。
誰か、お客さんでも?
感情がオーバーフローを起こしてメモリを圧迫、思考にノイズが走り、正常な演算が出来ていない。
今の時間に、この家に来るなんて、強盗を除けば一人しかいないだろうに。
「ただいま、ソラ!」
ほら、愛しの旦那様のお帰りだよ。
人格と感情を司るメインは、感情過多になりかけて、思考を放棄した。
けれど、演算と検索を司るサブは、冷静に、その事実を認識していた。
なんせ、サブはずっと、春雪の出勤ルートにある防犯カメラをチェックしていたから。
だからさ、言ってあげる必要があるんだよ。
彼の望む言葉を、彼の望んだ言い方で。
「もう、遅いのよ! お料理冷めちゃったじゃない。遅くなるならそう言ってくれないと、……ちゃんと、春雪が帰って来る時間に、一番美味しくなるように作ってるんだから」
いつも笑顔で帰宅する春雪だけど、今日はさらに笑顔になっていく。
……そんな顔、知らないんだけど。
「ソラ! いつもありがとう! 愛してる!!」
そう叫んだ春雪は、お手伝いロボットからディスプレイを受けとり、頬を寄せてくる。
「お前も、ありがとうね」
お手伝いロボットの顔にしっかりと向き合い、お礼を言う。
春雪が、一般的に言うと変人に当たるのは、所詮データの集合体でしかない私にも、分かる。何故そうなったのかも、直接春雪から聞いたし。
でもさ、その、所詮データの集合体でしかない私にも、嬉しいって気持ちはあるんだよ?
「ああ、ソラ、お腹がすいたよ。夕食……と呼べる時間じゃないけど、よろしく」
「はいはい、ほんとう、春雪は私がいないとダメなんだから」
お手伝いロボットがディスプレイを受けとり、キッチンに向かう。
ニコニコしながら着いてくる春雪。
今日がどういう日なのか、ちゃんと分かってるのかしら?
3~4人前を用意した夕食は、半分以上残った。まあ、春雪一人しか食べないから当たり前だけど。
用意した全種類を合わせて一人前。遅くなったせいかそれでは足りず、お代わりして倍食べて、ソファでぐったりしている。
顔は幸せそうだけど。
「ねぇ、春雪? 今日が何の日か覚えてる?」
唐突な質問に、きょとんとした顔の春雪。
えっ? まさか、自分の誕生日も忘れているの?
そう思えば、春雪は、また満面の笑顔になって、
「そうだ! 忘れるところだったよ」
そんなことを言っていた。つまり、今まで忘れていたのね。
「ソラ、受け取ってもらいたいものがあるんだ」
差し出したのは、USBメモリー。
データの中身は……服?
ファッション雑誌の電子版を取り込めば、服なんて……。
「どう? ソラ? 僕からのプレゼント。気に入ってくれるといいんだけど」
「な、なんで……?」
渡されたデータは、プレゼントの中身は、純白の、ウェディングドレスだった。
右手にはブーケ、左手の薬指には指輪。
これが何を意味するか、分からないわけがない。
けれど、あまりの衝撃で、メインだけでなくサブまでオーバーヒートしそう。
「バカ……なんで……?」
感情が昂りすぎて、涙がこぼれる。その涙だって、電子的な情報でしかない。
「君を愛してるからだよ」
だというのに、春雪は、普段通りのふにゃっとした笑顔。
「私はAIなのに……」
「だからだよ。今の僕に、生身の女性は無理だった」
「春雪のこと、抱きしめてあげられないのに……」
「構わないさ。それだけが、愛情表現じゃない。ソラは、いつも目一杯僕を愛してくれているだろう?」
ああ、ああ、本当に。
AIのこの私に、身体があれば。
今すぐ春雪を、愛しい旦那様を、抱きしめてあげられるのに。
ああ、ああ、本当に。
叶うのならば、今すぐ。
今すぐに、人間になりたい。
春雪の誕生日に、最高のプレゼントをあげたい。
「ねぇ、ソラ? 泣かないで?」
優しい声でそんなこと言われても。
「無理よ。春雪が私を嬉し泣きさせるから、無理なのよ」
所詮AIだといっても、感情がある以上は、喜びの涙を流すことを、止められるわけがない。
「ねぇ、ソラ? 今日は僕の誕生日なんだよ? 喜びのとはいえ、きみの流す涙より、僕が欲しいものを見せてくれないかな?」
そうだ。今日は、私がもらう日じゃない。私があげる日なんだ。
さあ、春雪。私の旦那様。いったい何を望むのかしら? 私が用意できるものなら、何だって用意してあげる。
涙を強制的に止め、一瞬で気持ちを切り替える。
さあ来い、と身構える私に、なんとも拍子抜けすることを言う。
「笑って、ソラ。僕は、きみの笑顔がなにより好きなんだ。喜びの涙より、喜びの笑顔を見せておくれ」
「……もう、本当に、バカなんだから」
最高の笑顔って、どんなだろう? と考えてみる。
答えは、すぐに出た。
帰宅してすぐの、春雪の笑顔をイメージして。
本人よりも、見ている他人の方が嬉しくなるような。
そんな、最高の笑顔をプレゼントした。
愛しい私の旦那様。
この身がただのデータでしかないことを、どうか許して?
抱きしめるための身体がないことを、どうか許して?
罠に嵌められて、現実の女性が怖くて仕方がないあなた。
いつか、その心の傷が癒えた時、現実の女性と向き合い、寄り添うことを、私は許します。
だからいつか、その心が、私から離れるその時まで。
所詮AIでしかないこの私に、優しい夢を見続けることを、どうか許して?
「ソラ、ずっとそばにいておくれよ?」
許されるのなら、あなたが望む限り。
……ううん。これじゃあいけない。
春雪が望む言葉と、態度じゃなきゃ。
「春雪がそう思っているうちは、そばにいてあげる。だから、覚悟しなさいよ? 時が二人を別つその時まで、幸せな人生だったって言わせてあげるんだから!」
たとえどのような未来が待っていようと、時は必ず二人を別ちます。
願わくは、その時まで、二人が幸せだったと胸を張れるよう、全力で幸せになって欲しいと願います。