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92話 買い出しその2

 この国がそうなのか、はたまたこの世界の常識がそうなのかは分からないが、鶏肉を部位単位で売っている店は珍しいらしい。

 リディアについていく形で市場の中を進むカズトは、通り過ぎる数々の肉屋を見て改めてそう思った。

 そしてそれは正解である。


 しばらくの間歩いていると、カズトは歩いている人々が物珍しげに眺める店があることに気がついた。

 するとその店の前でリディアが立ち止まる。



「着いた。ここは肉屋の中でも珍しい肉を専門に扱っているお店。もちろんカズト君が言ったように部位ごとの肉も売られている。けどその分少し高くなってる」

「……ああ、なるほど。店側で解体しているから、その分の値段が高くなってるのか」

「その通り」

「まあダンジョン都市の奪還作戦の報酬のおかげでお金はあるから、少し高くてもいいか。それじゃリディアさんは……一緒に来る? 退屈だとおもうけど、さっきみたいに変な奴に絡まれると面倒だと思うし」

「大丈夫。ここで待っとく」

「分かった。なるべく早く買い物は終わらすけど、もし何かあったらすぐに僕のところまで来てね」

「うん」



 そう言ってカズトは店の中に入っていった。

 それを見送ったリディアは、さっき彼が油を買っている間待っていたように。その店の入口の横に立つ。

 そして鼻歌を歌い出した。

 さっきカズトにナンパから助けて貰った時の事を思い返しているのだろう。

 その顔はまるで美しい花のようでとても幸せそうだ。

 しかし容姿端麗な彼女がそのような顔をしていれば変な虫がよってくるのは当然である。



「へへ。なあ嬢ちゃん。ちょっと俺達につきあえよ。いい思いさせてやるぜ」

「そうそう。たっぷり可愛がってやるからさあ」

「俺たちのことが忘れられないくらい気持ちよくさせてやらあ」



 どうやら寄ってきた虫はただの虫ではなく汚らしいハエみたいだ。それも一匹ではなく複数匹いる。

 リディアは幸せそうな表情から一転して、まさしくハエどころか汚物を見るような目で男達を見た。

 それだけでなく幸せな時間を邪魔されたからか、その顔からは怒りも滲み出ている。

 しかしそんな彼女を見ても男たちは怯まない。

 むしろその反応を予想していたみたいだ。

 おもむろにその男たちのうち一人が彼女の腕に手を伸ばした。



「へへへ。やっぱ女のそういう顔はたまんねえな。さあ俺たちと一緒に向こうに行こうぜ」

「待ちきれねえ! そこの路地裏でやっちまおうぜ!」

「おいおい早まるなよ。宿までがまんしろ」



 どうやらこのハエ達はリディアのことを全く考えていないらしい。

 その頭の中にはあるのはゲスなことだけだ。

 リディアはそのような男たちに触れられるのはごめんだとばかりにその手をかわす。

 そしてそのままカズトがいる店の中に入ろうとそちらに足を向けた瞬間、ランクB冒険者の彼女でも背筋が凍るほどの怒気を感じた。

 反射的にそちらを見ると、そこにはたった今肉屋から出てきたカズトがいた。

 この恐ろしい怒気を放っているのは彼だ。

 彼はその怒気をむき出しにしたまま男たちに話しかける。



「おいハエども、失せろ」



 そう言って彼は一歩踏み出した。

 それだけでハエたちは重圧に押されるように一歩後ずざる。

 その顔には恐怖が浮かんでおり、さらにはあまりの恐怖からか声を出そうとしても出ないみたいだ。

 先程から口を動かしているが殆ど声が出ていない。

 しかしそれでも美少女の前でそのような醜態を晒すのは恥だとでもおもったのか。

 プライドが高そうなリーダー格の男が震える口に力を入れて声を発した。



「だ、黙りやがれ! その女は俺たちが最初に目をつけていたんだ! 後からしゃしゃり出てーー」


「お前が黙れ」


「ひっ」



 しかしその男はあっけなくカズトの怒気の前に敗退した。

 そして彼らはその怒気から逃れようとさらに一歩、二歩と後ずざり、やがて背を向けて我先にと走り去って行く。

 そんな彼らに向かって、カズトは魔法を使った。



「うお!?」

「なっ!?」

「があ!?」



 パチン! という指を鳴らす音ともに放たれた魔法は、特別強力な魔法でもなんでもない。

 単に男達が走る地面の摩擦力を激減させただけだ。

 それによって三人の男達はものの見事にすっ転ぶ。

 その転びざまはまるでアニメのように見事なものであり、それを見た周囲の人達がクスクスと笑い出す。

 そうして公衆の面前で恥をかいた男達は顔を真っ赤にさせながら、再び立ち上がって走り去って行った。


 しかしそんな男達の様子を見てもカズトの怒りは収まらない。

 そのため彼はは深呼吸し、己の中に今も尚燃え上がっている怒りの炎を沈めようとする。

 そんな彼の傍にリディアは寄っていき、はにかみながら声をかけた。



「カズト君、ありがとう。助かった」

「き、気にしなくていいよ、これくらい」



 リディアにそう言われて、単純ながらもカズトの怒りはあっという間に鎮火した。

 そしてニヤけそうになる顔に力を入れながら、やや早口で口を開く。



「そ、それより次に行こう。ここにいたらまた変な奴らが来るかもしれないし」

「うん。なら次は何を買うの?」

「えっと、次はねーー」



 そうして二人はさらに二時間ほど市場を歩き回り、カズトが作る料理に必要な物を買い揃えた。







「これで調味料はよし、と。うん、これで全部だな。ありがとうリディアさん、助かったよ。僕だけだったら多分一日はかかってたからね」

「この街の市場は大きいから仕方ない。詳しくない人は市場の出口がどこか分からなくなって迷うぐらいだから」



 リディアの言葉を聞いて、思わず顔をひきつらせるカズト。

 だが彼女の言うことは誇張でもなんでもなく、事実である。

 それだけこのバッセルの街の市場は広いのだ。



「そ、そうだったんだ……。本当にリディアさんがいてくれて良かったよ……」

「どういたしまして。それで次はどうする?」

「ん? 次? もう食材は全て買ったしこれ以上買うものは無いよ」



 そう言いながらもリディアの口振りからしてまだ何か買うものがあるらしいと思ったカズトは、今一度頭の中で何か買い忘れがないかを確認する。

 しかしやはり買い忘れた物は何も無い。

 材料は全て揃えたし、リディアは持ってないと言うので調理器具も揃えた。

 心苦しいことにリディアの亜空の腕輪に全ての荷物を収納してもらうことになってしまうが、その迷惑を帳消しにしてしまうほどの料理を作る準備は完璧にできている。

 さらに言えばカズトには彼女を満足させられるだけの物を作れる自信がある。

 そのためカズトは買い忘れがないことを確信して口を開いた。



「うん。これで買うものは全部だよ」

「そう? なら杖は買わないの?」

「あ、忘れてた」



 リディアを喜ばせるための料理を作ることに意識が行ってしまっており、カズトは自分のことをすっかりと忘れていた。

 彼はすかさずリディアに謝って、杖を扱っている店がどこにあるか聞く。



「それならこっちにある。ついてきて」

「ありがとうございます」



 思わず敬語で礼を言ってしまうカズト。

 リディアはそんな彼の様子を見て微笑を浮かべながら先導した。

もっと楽しんでもらえる物語を書きたいので、悪い所や良かった所があれば教えて下さい。よろしくお願いします。

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