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87話 帝国

「……」



 腹の底が響くほどの音を発生させて地に落ちたマシンガンビートルを見ながら、カズトは何を言うでもなくじっとしていた。

 マシンガンビートルは顔に風穴を開けているため絶命しているのは明らかだ。

 しかしカズトはランクAのその魔物を一撃で倒すという偉業を成し遂げたにもかかわらず、満足していなかった。



(ここまでの威力を出すには発動時間が長すぎる。もっと早く発動できないと使い所が限られるな。日頃やってる魔力制御の訓練の他に、より鮮明なイメージを素早く構築する訓練もすることにしよう)



 カズトが一瞬で戦いを終わらせたその魔法について反省会を頭の中で行なっていると、その横でリディアは未だに衝撃の渦から抜け出せないでいるようだ。

 ただただ口と目を大きく開き固まっている。

 すると彼女は隣に立っているカズトにゆっくりと話しかけた。



「か、カズトくん。今の魔法もあなたがやったの?」

「うん。そうだよ」

「こんなにも強力な魔法が放てるなんて……」

「でもここまでの威力を出すためには準備にそれなりの時間が必要だから頻繁に放てる訳じゃないんだけどね」

「それでも凄い。ランクAの魔物を一撃で倒せる魔法なんて、聞いた事がない」



 そう言ってリディアは再び呆然と地に落ちたマシンガンビートルを見続ける。

 そんな彼女の肩に、一人脳内反省会を終えたカズトは手を置いた。



「それじゃあ帰ろうか。さっき見たんだけどアンファングアントとかアングリースパイダーとかランクA以上の魔物は軒並み倒されていたから、奪還作戦は成功だと思うよ」

「うん、分かった。帰ろう」



 二人はそう言葉を交わすと、ゆっくりとした歩みで拠点に帰った。




 こうしてダンジョン都市奪還作戦は終わったのだが、外壁の上で初日から彼らの様子をずっと観察していた人間がいることには最後の最後まで誰も気付かなかった。



◇◆◇◆◇◆



 ここはヴァーム帝国の帝都に存在する城。

 その中にある皇室である。

 そこには二人の男が向かい合っている。

 片方の白い軍服を着た青年は跪き、もう片方の豪奢な服に身を包んでいる壮年の男は椅子に座って軍服の男を静かに見据えていた。

 すると豪奢な服を着た男が口を開いた。



「ふむ。魔物に占領されていたヘルテーのダンジョン都市は奪還されたか」

「はい」

「随分と早かったものだ。まだ時間がかかると考えていたのだがな。たしかそこではランクSの魔物が出たのだろう?」

「はい。ランクSのアンファングアントがおりました」

「アンファングアント……あの厄介な城砦蟻か。それだけの魔物を倒せる人材がいるのならば見込みがあるかもしれんな。我が帝国に引き入れるか?」



 一人呟くようにそう口にした豪奢な男。

 その髪は白色で、顔に皺ができている。

 そしてその目は濃い緑色をしており、深い知性を感じさせる。

 彼の名はアドルフ=レオン=ヴァーム。

 ヴァーム帝国の皇帝である。

 彼は思案げな顔をして虚空を見つめる。

 すると軍服の男が彼に声をかけた。



「陛下。たしかにアンファングアントを倒したのは向こうの国々で言うランクA冒険者の男達ですが、彼らを帝国に加えても精々下級騎士程度の、あってもなくても変わらない戦力にしかならないでしょう。それよりももっと良い人材がおります」

「ほう……。ローナンがそのようなことを言うとは珍しいな。言ってみよ」



 余程ローナンと呼んだ男がそう言ったことが珍しいのか、アドルフは前かがみになって興味を示した。

 それに対してローナンと呼ばれた黒髪で軍服を着た青年は無表情に淡々とした様子で口を開く。



「カズトという青年の冒険者がおります。冒険者ランクはまだEと駆け出しもいいところですが、その実力はランクA冒険者に迫るほどです。それだけでなく彼にはまだまだ伸びしろがある。帝国に加えればさぞかし大きな戦力となるでしょう」

「ふむ。ローナンがそう言うのならば正しいのだろうが、そのカズトとやらと先程言ったランクSの魔物を倒した冒険者達と何が違うんだ? ランクEということはまだまだ経験が浅いということ。戦場では力が劣る者よりも経験がものを言う場面の方が多いぞ? それに我らには時間がない。経験を積ませることも殆ど出来ないだろう。それを考えるとやはりカズトとやらよりもアンファングアントを倒した冒険者達の方が良いと思うが」



 例えば敵に囲まれた時のことを考える。

 その場合、どのような立ち回りをし、どの敵から倒すか、そしてどのように自分の有利な状況に持っていくかなど、一瞬のうちで答えを導き出さなければならない。

 しかしそれができるのはそのような状況に陥ったことがある、またはそのような場合に備えた訓練をするといった、そのような状況に対応できるだけの経験を持っている者だけだ。

 他にそのような状況を突破できるのは、囲んできた敵との強さに絶対的な隔たりがある程の強さを持つ場合か天才だけだろう。

 だが絶対的な隔たりがあるほど弱い敵に囲まれる状況などまず無い上に、囲まれた者が天才であるといった場合はさらに無い。

 そういった理由からアドルフはローナンが推薦してるカズトよりも、アンファングアントを倒した冒険者達を引き入れた方が帝国の戦力になると考えたのだ。

 しかしローナンがそれに対して口を開いた。



「たしかに戦場では圧倒的な力を持たない限り、必要とされるのは知識と経験でしょう。しかしカズトという冒険者は圧倒的な力をその身に秘めています。それに加えて彼を帝国に引き入れた暁には自分が彼に短時間で必要な経験を全て積ませましょう」

「ほう……。その男はお前がそこまで期待を寄せる程なのか?」

「はい。なにせ彼はヘルテーのダンジョン都市を占領していたランクA魔物の内、マーレジャイアント、サンダーグリスリー、サンダーグリスリーアンデット、マシンガンビートルを実質一人で倒しておりましたから。さらに言えば彼のパーティーメンバーが致命傷を負ったにも関わらず、それをたったの一日で治しておりました。魔法の腕は帝国軍を基準にしてもトップクラスのものかと」

「そうか、そこまで力がある男なのか……。我が帝国の他にもそれだけの力を持った人間が他国にいるとはな……。それだけの実力があるのならば、失敗して魔人になったとしても最上級騎士と同じくらいの強さになるだろう。うむ。それならばそのカズトとやらを急いで連れてこい。多少乱暴に扱っても構わん」



 そう言ってアドルフは一度言葉を切ると、次の瞬間には冷酷な顔をして言葉を紡ぐ。



「ただしそいつが我らの害になるような人間ならば迷わず殺せ」

「はっ」



 アドルフの言葉にローナンが短くそう返事をすると、次の瞬間にはローナンの姿は跡形もなく消えていた。

 だがアドルフはその異常事態に気にすることなく一人思案げに呟く。



「……全世界で殆ど同時に起きたスタンピードの内、我が国の次に対応が早かったヘルテー。一度魔物達に占領されていたにも関わらず、ここまで短時間で奪還するとは思ってもみなかった。それに加えてその街を奪還した連中の中でも一際強い力を持つカズト。一体どんな人間なのか……」

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