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86話 ケジメ

 サンダーグリスリーアンデットの頭を粉々に吹き飛ばしたのを確認したカズトは、すぐさまリディアの方に目を向ける。



(リディアさんは……よし、生きてる!)



 笑顔でガッツポーズをして安堵したカズトの目線の先には、フラフラとした足取りで立ち上がりつつも、目を丸くして呆然とサンダーグリスリーアンデットを見ているリディアがいた。

 するとサンダーグリスリーアンデットの体が腹に響くような音を立てながら地に横たわる。

 その音で我に返ったのか、彼女は辺りを見回した。

 そしてその目がカズトを捉えた。

 その顔には、カズト君がサンダーグリスリーアンデットをやったの? という疑問がありありと出ている。

 彼女は、カズトはサンダーグリスリーアンデットを倒せる実力があると彼に言っていたが、まさか一撃で葬るなどとは想像していなかったようだ。

 信じられないほど驚いている。

 そんな彼女にカズトは笑顔で頷いてから、屋根を下りて駆ける。

 リディアもまた回復ポーションを口にしてからカズトに向かって走る。

 そしてやがて二人は自然と笑顔を浮かべて近づき、その手が触れあったーー直後、凄まじい轟音と衝撃が彼らを襲った。



「わっ!?」

「何!?」



 衝撃が彼らに達する数瞬前に陸亀守護獣の指輪が自動的に反応し、カズトの魔力を使って強固な結界を構築した。

 その結界の中に幸いリディアも入っていたため二人とも無事ではあったが、彼らの周りはそうではなかった。

 もうもうと土煙が立ちこめる中、二人が周りを見回そうと顔を上げると、彼らの目にそれが入ってきた。



「な、なに、これ?」

「鉄塊……?」



 それは縦横共に彼らの身長の二倍以上もの大きさがある鉄の塊だ。

 それがカズトとリディアの二人を潰そうとでもしていたかのようにそこにあった。


 彼らはこの攻撃をしてくる相手を知っている。

 いや、これだけ強烈な攻撃ができる相手はスタンピードにいた魔物の中に残り一体しかないため、必然的にそいつが元凶だと断言出来ると言った方が正しい。

 残っている最後のランクA魔物、マシンガンビートルだ。

 リディアがサンダーグリスリーアンデットを引き付けた結果、彼らは知らず知らずのうちにマシンガンビートルの縄張りに入ってしまったのだろう。

 その証拠に侵入者を排除せんとマシンガンビートルが羽を羽ばたかせ、遠くからゆっくりと彼らの下に近づいてきている。

 それを見たカズトはゆっくりと口を開いた。



「僕が一人であれを殺るよ」

「……え?」



 まるで独り言のように静かに、けれど決意に満ち溢れた言葉。

 しかしその突拍子もない言葉を聞いたリディアは目を丸くして驚いた。



「ど、どういうこと?」

「そのままの意味だよ。僕が一人であいつを倒す」



 それを聞いたリディアは自身の耳を疑った。

 しかしカズトが二度もそう言っているのだから、聞き間違いのはずがない。

 そのため彼女はすぐさま否定的な言葉と共に口を開いた。



「カズト君が一人でランクAの魔物を倒せるのは分かってる。けどそれでも一人は危険すぎる。それはカズト君も重々承知のはず。それにカズト君が戦っている横で一人何もせずに傍観するわけにはいかない」



 するとその言葉を聞いたカズトは微笑みを浮かべながら首を横に振った。



「僕を信頼してくれているのは嬉しいし、何もしないわけにはいかないって気持ちは痛い程よくわかるよ。現にさっき僕がリディアさんに置いていかれた時、今のリディアさんと同じ気持ちにだったから」



 そういってカズトは顔を俯かせた。

 その顔には情けなさと申し訳なさ、そして少しばかりの羞恥心が表れている。

 だが次の瞬間にはそれを振り払うように顔を上げた。

 その目線の先はゆっくりとこちらに飛んできているマシンガンビートルの姿がある。



「けどそれでもリディアさんの手を借りるわけには行かない。リディアさんを守れるくらい強くなると誓ったのにサンダーグリスリーアンデット相手に情けない姿を晒して、あまつさえまたリディアさんに死にかけるような思いをさせた。そんな思いをこれから先リディアさんにさせる訳には行かない。だから僕はもっともっと強くなる」



 カズトはそういうと顔をリディアに向けた。



「そんな僕にとって、これは弱い僕を捨てるためのケジメをつけるチャンスなんだ。だからここは僕一人でやらせて」



 その顔はつい先日、リディアがマーレジャイアントによって瀕死の重傷を受けた時に必死になって彼女を助けようと決意した顔よりもなお男らしい顔だった。

 愛する人のそんな顔を見て、その覚悟を聞いて、首を横に振る女などいるだろうか。

 リディアは胸をキュッと締め付けられるような思いをしながら、恥ずかしさで彼から顔を背けてコクリと首を縦に振った。

 その返事を受けたカズトは柔らかい笑顔を浮かべて、ありがとう、と礼を言い、マシンガンビートルに顔を向ける。

 そして彼は魔法を発動するためのイメージを構築し始めた。

 その魔法は先程彼がサンダーグリスリーアンデットに放った魔法を巨大にしたものだ。


 

(既に一度あの魔法を放っているから頭の中でイメージは出来ている。それを単純に巨大化させればいいだけだ。だからさっきよりも短時間で、より鮮明なイメージを構築できる)



 彼はマシンガンビートルを睨みつけるように見据えながら、イメージを構築していく。

 そのイメージは彼が思った通り短時間で、先程よりも数倍鮮明なものとなっていく。



(空気を圧縮させながら同時にパイプ結界も構築する。放つ弾丸はたった今マシンガンビートルが撃ち込んできたこの巨大な鉄塊だ。それにあわせてパイプ結界の太さも、圧縮させる空気の量も増やす)



 そうしてカズトがイメージを構築し始めると、マシンガンビートルがその大砲のようになった角から巨大な鉄塊の弾丸を放った。

 それは空気を切り裂き唸り声を上げながら、カズト達の下へと一直線に飛んでいく。

 しかしカズトはそれを見ても表情を変えない。

 マシンガンビートルの攻撃は既に陸亀守護獣の指輪の自動防御機能で防げることは既に分かりきっていることだからだ。

 案の定マシンガンビートルが放った弾丸はカズト達を包んでいる結界に弾かれ、遥か後方に飛んでいく。

 それを知覚しながらも、カズトは意識の殆どをイメージを構築することに割く。



(力の大きさは運動方程式から考えて、物体の質量と加速度の積だ。つまり物体の質量が、そして加速度が大きければ大きいほど、力はより大きくなる。ならさっきの鉄釘よりも数百倍重いこの巨大な鉄球と、さっきよりも数倍長くしたことによってより長時間加速させ続けることができるパイプ結界を使えば、サンダーグリスリーアンデットに与えたダメージを遥かに上回るダメージをマシンガンビートルに叩きつけることができる)



 マシンガンビートルの攻撃が止まらない。

 カズト達を攻撃が効かない厄介な相手だと見なしたのか、マシンガンビートルは無数の鉄塊を間髪入れずに撃ち込んでくる。

 しかしそれらの攻撃は全て結界に弾かれるか、狙いが外れて彼らの横の地面を抉るかの二通りの結果しか生まない。

 だがそれでもその間断無く鳴り響く轟音は、辺り一体が戦場になったかのような錯覚さえ感じるほどだ。

 そしてそれによって耳から入ったその轟音は、人間的の根源的な恐怖を引き起こす。

 古来より雷の音が恐れられるようなものと同じだと思えばいい。

 その雷の音を数十倍にしたような轟音がカズトの鼓膜をひたすら叩く。


 だがそれでもカズトは揺るがない。

 表情を変えない。

 彼は強くなると決めたから。

 それは魔法を使って戦う実践的な強さだけじゃなくて、精神も強くなるということだ。

 彼は本当の意味で“強く”なろうとしていた。


 そしてやがてカズトはポツリと呟いた。



「……これまでの弱い僕とは、ここでお別れだ。さようなら」



 その声と同時にパチン、と指を鳴らす。

 すると次の瞬間、カズト達の目の前にあった鉄塊が消失した。

 だがそれに気づいた時には既にマシンガンビートルの顔に風穴が開き、遥か後方に吹き飛ばしていた。

 巨大な鉄塊が気圧の力によって音速を超えた速さで飛んでいき、マンシンガンビートルを貫いたのだ。

 そしてその結果を見たカズトの顔には、それまで日本にいたただの高校生の面影はなく、一人の戦士のような顔をしていた。

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