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70話 噂

 カズトとリディアがしばらくの間反省会を行い、彼女の体も大分楽に動かせるようになった頃。再び大箱の出入り口がノックされた。



「誰か来たみたいだ。出てくるよ」



 そう言ってカズトは治癒魔法を中断して立ち上がり、扉に向かう。そしてそれを開くとそこにはカルロスが立っていた。その手には両手で持てる程のそれなりに大きな箱がある。その箱に半ば意識を向けながらもカズトはカルロスと挨拶を交わした。



「カルロスさん、おはよう」

「おう、雷霊の調子はどうだ? 見舞いに来たぞ」

「調子は順調だよ。これなら今日の夕方ぐらいには完全に治ると思う」

「そうかそうか。そりゃよかった。入っても良いか?」

「えっとリディアさん、良いかな?」

「うん。大丈夫」



 リディアに許可を貰ったカズトはカルロスを中に入れ、扉を閉める。そしてリディアの方に振り返ると、カルロスは既にカズトが先ほどまで看病のために使っていた椅子に座って、上半身を起こしたリディアと話していた。

 カズトは近くにあった適当な椅子を、カルロスがいる場所からリディアのベッドを挟んで反対側に置き、そこに座る。するとカルロスが持ってきた箱から何かを取り出した。



「ほら、これ。お前さんの好物のパポイの実だ」

「おお、ありがと。嬉しい」



 リディアはカルロスが箱から取り出したそれを見て、目を輝かせながらそう言った。彼が箱から取り出したそれはレモン色の黄色い皮とリンゴのように丸い形が特徴の実だ。

 これはパポイの実といって、食べれば口の中に爽やかな酸味と優しい甘味が広がる果物なのだ。カズトもマーレの街にいた時に《熊の手亭》で何度か食べたことがあるので、その美味しさは知っている。



「これが二百個ある」

「さすがカルロス。分かってる」

「ええ!? 嘘だ!」



 カルロスの言葉を聞いてリディアはさらに嬉しそうな顔をしたが、それを聞いたカズトは逆に目を見開いて驚いた。なにせパポイの実は、大きいか小さいかは置いといて、片手に収まる程度の大きさなのだ。

 しかしカルロスが持っている箱はダンボール一つと同じくらいの大きさだ。そのためそこに片手で持てるサイズのパポイの実が二百個もはいっているなんて、考えるまでもなく有り得ない。

 だがカルロスとリディアはそんな彼を見て一瞬不思議そうな顔をした後、合点が行ったような顔をした。



「そうか。ダンジョン都市にいるやつらの間じゃあ知られているが、外から来たやつは知らねえのもしょうがないか」

「カズト君、これは亜空の小箱といって、私達が今いるこの亜空の大箱を小さくしたもの。当然亜空の腕輪や亜空の大箱と同じ様に、中にたくさん物を入れることができる」

「ほら、こんな風にな」

「おぉ……凄いな」



 そう言ってカルロスは大きく膨らんだ袋をそこから取り出して、その中身をカズトに見せる。するとその中はパポイの実でぎっしりと埋め尽くされていた。それを見てカズトは思わず感嘆する。

 するとカルロスは近くにあったテーブルを引き寄せた。そして亜空の小箱から次々と見舞いの品を取り出して、そこに置き始める。



「まずはこれだな。オークの角煮丼デラックス特盛りだ。これってこの街だけじゃなくてバッセルの冒険者ギルドの酒場にもあったんだな。知らなかったぜ」

「ありがと。私もあそこで初めてご飯を食べたとき驚いた。でも美味しさと量は変わらない」

「ほう、そうなのか。なら今度俺もあそこで食ってみるか。で、次はこれだなーー」



 そうしてカルロスは次から次へと亜空の小箱から料理を取り出して、テーブルの上にズラーッと並べていく。それらはどれもこれも両手でやっと持てるような大きさの皿にこれでもかというほど料理が収まっている。それらを見たカズトの顔が徐々に引きつっていく。



「カルロスさん、流石にこれは多過ぎだよ……」

「ん? そうか? 雷霊ならこれくらい食えるだろ」

「もちろん。カズト君、私を侮ってもらっては困る」

「いや、侮ってなんてないけど……。ま、まぁ、リディアさんが良いならそれで良いか」



 そしてカルロスは持ってきた全ての料理を出し終えた。それらは全て合わせて大きな長机が二つも埋まる程の量だ。それでもリディアは嬉しそうにしているため、カズトは彼女なら食べられるのだろうと無理矢理納得することにした。そしてカズトはリディアの代わりにそれらの料理をテーブルごと動かして隅の方に寄せる。



「あ、言い忘れてたがこれらの料理は全てダニーのやつの差し入れだ」

「うぇ」



 カルロスがそう言うと、リディアは露骨に嫌そうな顔をした。しかし本人はここにおらず、また彼女は食事をすることが好きなため、それらを全て廃棄するといった暴挙は侵さない。もっともそれが美しいバラやチューリップといった物であれば即処分していただろう。そんな彼女の反応にカルロスが苦笑していると、カズトは料理をテーブルごと端に寄せながらふと思った疑問を口にした。



「あれ? ダニーさんは来ないの? あの人ならリディアさんのことを心配してすぐに来そうなものだけど」

「来ないでいい」

「そう言ってやるなよ。あいつも結構心配してたんだからな」



 カズトの質問に対して即時にそう言ったリディアにカルロスが宥めるように話す。しかしそれでもリディアの顔から不快な表情が無くなることは無い。どうやら彼女は相当ダニーを嫌っているようだ。

 そんな彼女を横目に、カルロスはダニーが見舞いに来ない理由を話した。



「昔色々とあってな。ダニーの奴は男ならともかく女が入院した場合は絶対に見舞いに行かねぇのさ」

「そうなんだ……」



 カルロスは声のトーンを落として、悲痛な顔でそう言った。そんな彼を見て何か不幸な出来事が過去にあったのだと悟ったカズトとリディアは、何か別の話題がないか考えを巡らせる。そしてリディアが口を開いた。



「ダニーの事はともかく、なにか新しい噂とかってないの?」

「ともかくって……。まあいい」



 この世界の大多数の人間にとって噂は一種の娯楽である。そのためリディアは懸命に頭を働かせてごく普通の話題として話を振った。しかし彼女はダニーに対して苦手意識などがあるためか、ぞんざいな言い方になってしまったようだ。

 だがカルロスは彼女がダニーの事を毛嫌いしていることは知っているため、その言い方について特に何かを言うようなことはなく、単に呆れた顔をするだけだ。そして先程の悲痛な顔とは打って変わり、カルロスは愉快気な顔をして口を開く。



「新しい噂はたくさんあるぞ。その中でも目白押しなのはカズトに関しての噂だな」

「え、僕?」

「ああ。突然現れた名も知れぬ冒険者。そいつが何故かこの街に現れてから数日で、ランクB冒険者且つ二つ名持ちの雷霊の目に留まり、パーティーを組んでいるんだ。そりゃあ噂にもなる。それに……」



 するとそこでカルロスはニヤリと笑みを浮かべ、からかうような表情をして口を開いた。



「誰かさん達は昨日見張りを免除されたとはいえ、亜空の大箱の中で一夜を過ごしてたんだ。皆が気になるのも当然だな」

「なっ!?」

「ちょ、違うよ!?」

「ほー? 違うのか? 昨日雷霊が死にかけた時にカズトに何を頼んだのか俺とダニーは聞いてるんだが?」

「そ、それはー……」



 そう言ったカルロスに対してカズトとリディアは一気に顔を赤くし、言葉に詰まる。そんな二人の様子を見て心底楽しそうな顔をしたカルロスはそれ以上二人の関係について追求することはなかった。

 いや、二人の反応を見て追求する必要はなかったと言うべきか。もっともカルロスが思っている程二人の関係は進展していないのだが。ともかくそうしてカルロスは一通り楽しんだ後、再び口を開いた。

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