親父
「おらぁー!」
正拳付きを放つ葛城。
「ぐあーっ!」
それは百キロはあろう巨漢のどてっ腹に直撃する。勢いよく後方に吹き飛んだ。
「ウチのクラスに襲撃とは、恐れ入るなぁ」
机や椅子の散らばった教室内、呆れたように吐き捨てる葛城。その周りを数人の生徒が取り囲んでいた。
今は三時限目、他の生徒達は体育の授業で不在だ。葛城だけが一人サボっていたところを強襲された。そんなところだ。
「ナメるな葛城! ……俺は入学式での屈辱、忘れてねーんだぞ!」
後方でモヒカンの生徒が吠えた。バットを振り上げて葛城の右肩に振り落とした。
「入学式での屈辱だって?」
しかし葛城はびくともしない。それを右手で握り締めて、ゆっくりとモヒカンに振り返る。
「誰だおめぇ?」
すかさず右のストレートを顔面に叩き込んだ。モヒカンはがっくりと膝を着き、そのまま崩れ落ちる。
「古い話じゃねーか。そんな昔の話、誰も覚えちゃいねーんだよ」
対する葛城はなんらダメージはないようだ、懐から煙草を取り出して火を点ける。
それをじりじりと取り囲む男達。
「流石は狂犬、その首獲る価値はあるぜ」
「狂犬葛城誠、獲るには単発はムリだ! 全員、纏めてかかれ!」
雪崩れ込むように一斉に葛城に襲い掛かる。
「はっ、獲れるモンなら獲ってみな。てめーらに、それだけの力量があればな!」
こうして室内は一気に戦場と化す。響き渡る怒号、弾け飛ぶ血渋き。多数が相手だろうと葛城は躊躇わない、尽く相手をを打ち倒していく。
葛城の喧嘩には特徴がある。それは防御など一切無用の消耗戦ということ。相手にダメージを刻まれれば、その倍のダメージを相手に刻み付ける。どんなにダメージを受けようとも、最後に立ち尽くす者だけが勝者、それを如実に表す戦法だ。
その様子はまさに闘犬、肉を切らせて骨を断つ、己の命よりも勝利を欲する。葛城誠が狂犬と渾名される由縁でもある。
その時突然、葛城のスマホ着信音が鳴り響いた。曲は“止まらないHa~Ha”。
「おっと、いい曲だ。血がたぎるぜ!」
それは葛城のスマホだ。
「悪りいんだけど、少し待ってな」
眼前に立ち尽くす茶髪を右手一本でねじ伏せると、左手でスマホを取り出して通話を開始する。
「英兄いか…」
通話の相手は英二のようだ。
「くそっ、戦の最中に電話とは。なめやがって」
その後方で先程の巨漢が立ち上がっていた。両手で机を握り締めて葛城の隙を窺っている。
「……なんじゃと!!」
不意に葛城の表情が強張った。
「死にやがれ!」
その隙を突いて机を持ち上げる巨漢。その軌道が狙うのは葛城の脳天だ。
「電話の最中なんだよ。静かにしてな!」
振り向き様の回し蹴りを放つ葛城。それは巨漢の股間にヒットする。持ち上げた机が自らの脳天を直撃して、敢えなく倒れ込んだ。
その様子を愕然と眺める男達。改めて葛城の強さを思い知らされる。
開いた窓からは体育をする生徒達の和やかな声が聞こえてくる。初夏の爽やかな光景が連想された。
暫くの沈黙。そして葛城が通話を終えた。
「電話は終わりか、狂犬?」
男の一人が訊いた。
「……ああ、終わったぜ」
抑揚なく言い放つ葛城。ゆっくりとスマホを懐にしまう。それと同時に、その場の誰もが気付く。辺りの空気が変化したと。
「悪いが時間が無くなった。纏めて排除させてもらうぜ」
葛城の表情は一変していた。先程までと違う危機迫った表情、その身から放つのは全てを破壊し尽くす狂気。狂犬と呼ぶに相応しき表情だった__
ここは病室。英二達 錚々《そうそう》たる葛城組幹部がベッドを取り囲んでいる。
「ジジイ! 大丈夫なのかよ!?」
そこに葛城が激しい剣幕で駆け込んで来た。
「坊ちゃん、落ち着いて下さい。オヤジ、意識も落ち着いて、今は鎮静剤で寝てるだけっすから」
それを英二が慌てて制した。
ベッドでは文左衛門が寝ている。スヤスヤとやすらぎの表情、一刻を争う状態ではないようだ。
「……そうか、そいつは良かった」
ホッと安堵し身体の硬直を解く葛城。それでも室内に漂う空気は重く沈んだものだ。一時的な危険は回避出来た、しかしそれだけだ。依然危ない状況に変わりはない。
「……ま……こと……」
その時、不意に文左衛門が囁いた。夢でも見ているのだろうか? それとも昔の出来事を思い出しているのか? 幾多の修羅場を潜り抜けてきた男とは思えぬ程、和やかな表情だ。
「組長、実子の名前呼んでるよ」
「歳をめしてからの息子だから、かわいいんだろうな」
それを認めて男達の表情も和らぐ。場に安堵の空気が流れ出した。
「いい親父さんじゃないっすか」
英二が呟いた。しかし葛城の表情は他のそれとは違う。
「はっ、ただのエロジジイさ」
覚めたように吐き捨てる。それも肉親故の成せる業であろう。
「それより栄兄い、今日は貴神会の定期総会だろ? ……良いのかいつまでもここにいて?」
この日は組織本部にて、定例の会議が執り行われていた。葛城組にとって貴神会は親組織、例え肉親が死に目にあったとしても、出席せねばいけなかった。
少しばかり言い澱む英二。言葉にするには儘ならない実情が垣間見える。
「……実は坊ちゃん」
神妙な面持ちで切り出した__




