恋は盲目
そして数時間が経った。店内は先程までの喧騒が嘘のように静まり返っている。いつしか降り出した雨音がしとしとと響いていた。
「そろそろ終わりの時間だな」
時計を見据えるシュウ。両手を開き伸びをした。
「シュウ、終わる前に表のゴミ箱、掃除しといてくれな」
モーリーが言った。
「ウッス、やっときます」
こうしてシュウは表に出て行った。
店の外は静寂の中にあった。通りを一匹の野良犬が横切る。迫り来る車のヘッドライトに驚いて、路地裏の奥に走り去っていった。
その寂しげな光景の中、一人ガサゴソとゴミ箱内の袋を交換するシュウ。
「クシュン」
不意にくしゃみをするような音が後方から響いた。訝しく思い視線を向ける。
「てめー、まだいたのかよ」
そして呆れたように投げかけた。
コンビニの片隅、隣の店舗と隣接するつなぎ目、そこに琴音が佇んでいる。傘は差していない、降りしきる雨でずぶ濡れ状態だった。
「中にいては迷惑ですから、ここで……」
それでもその状況に関わらず笑い返す。
「まったく、呆れたな」
だがシュウは興味を示さない。淡々と仕事をこなすだけだ。しとしとと降り続く雨で体感以上に寒く感じられる。暦の上では夏だというのに、春に逆戻りしたようにも思えた。
「ひどい雨だよな」
モーリーも気怠そうに出てきた。そして琴音の存在に気付く。
「おいおい、あの娘まだいたのかよ」
すかさずシュウに歩み寄り、耳元に囁いた。
「らしいっすね」
「……らしいってシュウ、彼女ビショビショじゃんよ」
その状況を見つめ流石に困惑する。
「あいつが勝手に付きまとってんだ。しゃーないっすよ」
それでもシュウは淡々と仕事をこなす。
「……冷静だな、コエーくらいだ」
それにはモーリーも苦笑するしかない。
ドサッ。 不意になにかが倒れ込む音が響いた。二人、咄嗟に視線を向ける。それは琴音だ。壁に背中を預けて、その場に倒れ込んでいた。
「マジかよ?」
慌てて駆け寄るシュウ。モーリーも戸惑い気味に続いた。
「なんなんだよこの女? 帰れって言ってるのに、ここまで付きまとって」
その肩を押さえて抱き上げるシュウ。ゆっくりと額に手をあてた。
「熱があるな。……雨にうたれりゃ、風邪もひくぜ」
やけに青白い肌だ。うっすらと赤く染まる頬、ハーハーと息をする度に白い吐息が舞った。
その台詞を聞き入るモーリー。
「ガキだなシュウ。ヤッパガキだよシュウは」
しみじみと言い放つ。いつにない真剣過ぎる口調だ。
「えっ?」
その意外な台詞に、戸惑い視線を向けるシュウ。
「この娘はお前のこと好きなんだろ? そんなの誰だって分かるよ。……シュウ、お前はこの娘を見てムカつくのか?」
「いや、ムカつくってより、俺なんかに付きまとう神経が……」
テンパり返すシュウ。
「恋は盲目なんだよ。察してやれよ彼女の気持ちも。そして理解してやれ、必死にお前を求め、雨に打たれながらお前を待つ健気さを。それこそが男の生き様だと思うぜ」
その言葉にシュウは改めて琴音を見つめた。
確かにモーリーの言い分には一理あった。シュウ自身が否定している愛、または恋と言う感情。それはシュウにとっては、重荷以外の何物でもない。だけどその思いに突き動かされる琴音の行動力には、共感し得るなにかがあった。
「……まったく。こんな雨空の下、俺を見てるなんて、呆れた女だな」
呆れて苦笑した。
「似てんだな。俺とこの娘」
自らに言い聞かせるように、ウンウンと頷くモーリー。
「……なにが、っすか?」
「俺とミミちゃんの関係だよ。俺はミミちゃんの居住空間を追い求めて必死に駆けずり回っている。あの娘の全てを知るべきしてな。あの娘の全てが知りたい訳よ、普段はなにをしてて、パンツの好みはなにとかな。つまりだ……」
咄嗟に延々《えんえん》と喋り出すモーリー。
『……さっきの感動撤回。……自分への言い訳じゃん』呆れて言葉もないシュウだった。
そして改めて琴音を見つめた。
モーリーは未だベラベラと喋くりまわってる。流石にこの男に任せる訳にはいかない。こんな場所に置いても行けない。
意を決したように、琴音を抱きかかえたまま立ち上がった。
「シュウ、どうするんだその娘?」
問い質すモーリー。
「仕方ねーから、俺んちつれて帰りますよ」
シュウが言った__




