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頭の中の爆弾


「ジジイ!」

 とある病院の一室。そこに葛城が血相を変えて走り込んできた。


 室内には数人の男達で混みあっている。高級そうなスーツを着込む者、ラフにジャージを着込む者、派手なシャツを着込む者と多種多彩だ。それでもその身から放つのは独特のオーラ。ある種の者だけが持つ、危険な匂いを放っていた。

 しかし葛城は視線もくれない。それらを掻き分けて、中央部に歩み寄る。普段にない真剣な面持ちだ。祈るように、グッと歯を噛み締める。

「……チッ」

 だが瞬時にイラついたような表情に成り変わる。

 その視線の先、ベットに居るのは白髪頭に痩せこけた老人。

「はーい、“文ちゃん”」

「ホッホッホ。おいちぃなぁ」

「文ちゃん、メロンも美味しいよ」

 数人の若い女に取り囲まれて、箸渡しにフルーツを食していた。

「嬉しいな、こうして美鈴みすずママに食べさせてもらうなんて」

「イヤだ文ちゃん、人が見てるわよ」

「いいんじゃ。みんなワシの可愛いムスコじゃもん」

 しかもその胸元に顔をうずめて恍惚の表情だ。

 辺りの男達はそれを覚めたように見つめるだけ。葛城の胸中、ムカつきの感情が支配する。



「ジジイ! 死にそうだって聞いて来てみれば、なんだその女共は!」

 女達を指差し、巻くし立てる。それでようやく老人も、不意の来訪者の存在に気付く。


「なんじゃ誠、まだ学校じゃろう。こんな時間になにをしに来たんじゃ?」

 飄々と投げ掛けた。老人の名は葛城文左衛門。御歳おんとし七十八歳。広域指定暴力団・貴神会系葛城組々長たる人物だ。


「……なにをしに来たって。俺は“英兄えいにい”からジジイがヤバいって訊いて……」

「ほほぉー、“馬鹿息子”でも“父親”の心配はしてくれるのじゃのぉー」

 葛城の思いも余所に、伸びたあご髭をさすり、満足そうに微笑む。

 かなりの高齢を誇る文左衛門ではあるが、れっきとした葛城誠の父親だ。

「うるせー、クソジジイ!」

 真っ赤に紅潮こうちょうする葛城。

「……キャバクラの女を呼ぶ元気があるなら、さっさと退院しろ!」

 吐き捨てて病室を後にした。

「ホッホッホ、流石は我が息子。口の悪さは天下一品じゃ」

 満足気に高笑いを繰り出す文左衛門だが、周りを取り囲む男達は気が気では無かった。

「すんませんオヤジ。失礼します」

 五十代程のオールバックの男が、慌てて退室していった。


「坊ちゃん!」

 長い廊下の先、葛城の後ろ姿に呼び掛ける。

「英兄い。……坊ちゃんは止めろって!」

 背中越しに声を荒げる葛城。

「……すんません……実子」

 俯き加減に伝えるオールバック。

 午後三時を過ぎた院内は入院中の患者や看護師の姿が見える。それらが何事かとばかりに視線を向けている。

「……くっ」

 グッと天井を見据える葛城。拳を握り締めて呼吸を整える。

「……“英二えいじ”さん。親父の様態は?」

 そして向き直り神妙な面持ちで訪ねた。

 外は相変わらずの雨模様だ。雨で白く煙る光景、全てが微睡みの中、静寂の中にある。だが視線を凝らせば理解する。人目を避けるように、数人の男達が配されていることを。それは葛城組々員、及び私服の刑事デカ達だ。互いに相手の動向を探り、場合によっては己の使命を賭けて動き出しそうな狂気が窺える。嫌が応でもピリピリした緊張感が包み込んでいた。


 葛城と英二は、ロビーに設えてあるソファーに並んで腰を下ろしていた。

 目の前を通院患者、見舞いの客、看護婦などがいそいそと行き交う。診察の為に患者を呼び出すアナウンスが響いていた。

 その連絡を受けたのは、一時間程前だった。『オヤジさんが倒れました!』との逼迫ひっぱくした英二からの連絡だった。

「大騒ぎだったんですよ。……若い奴らギャアギャアと慌てふためいて、救急車呼ぶつもりがサツに通報しちまったり。……たまたま御見えになってらした“オスカー”の美鈴ママが、店の娘総出で見舞いに来たりで」

 膝の上で祈るように手をかざし、俯き加減に伝える英二。

「成る程。部屋内の女共や、辺りを探ってる警察デコスケ共はそのせいか」

 呆れたように吐き出す葛城。

「大目に見て下さいや。それだけ、みんなに信頼されてるんですよ。オヤジは情に篤い御方だから」

「……それで、どうなんだよ?」

「今は意識も取り戻し、気丈に振る舞っています。医者の先生も、暫く入院して安静にしてれば、問題ないだろうと……」

「……古傷だろ? ……頭ん中の爆弾が、悪さしてる」

 英二の言葉を遮り、葛城が言い放った。

 愕然となり葛城を見つめる英二。

「……知ってましたか」

 やがてうつろに天を見上げた。

「オヤジは、貴神会の為に心血を注いで来ましたから。……数十年前にコメカミに喰らった“一発”……血管に絡み付いて今でもそのままですから」

「へっ、クソジジイだよ。……俺がガキの頃は、その傷痕見せて自慢してたくせによ。『こいつはワシの勲章 じゃ、会長に放たれた凶弾の盾になった』なんてな」

 葛城の口元に笑みが浮かぶ。哀愁漂うような、淋しげな笑みだ。

 そしてその思いは、英二の中にも染み入る。

「とにかく、頭ん中検査して、その結果が出んと、詳しくは分からんのです。そんなに気い落とさんで下さいや実子。大丈夫ですってオヤジは不死身ですから」

 憂いを払うように葛城の背中を叩いた。

「ば……馬鹿野郎が。誰が気い落としとるじゃと? 俺は……」

 困惑気味に立ち上がる葛城。気恥ずかしさを押し殺すように巻くし立てる。

「はっはっは、それでこそ坊ちゃんじゃ」

 英二が笑った。

「ボケ! 英兄いハメおったな!」

 和やかに笑う英二と、ムカつき加減に声を荒げる葛城。

 他の人々が訝しく窺っているが、それでも二人は気にしない。血の繋がりはなくとも、二人は兄弟のような存在だから__

「組のこと、任せたぜ“若頭”。貴神会の定例会、近いんだろ?」

「ええ、任せて下さいや、坊ちゃん」

 絆という繋がりで結ばれた、誰にも恥じることない関係だから__


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